
京都府を拠点に、食品の共同配送事業を展開するフジモト運輸株式会社。同社は、超冷凍から常温まで異なる温度帯の商品を一台のトラックで運ぶ「異温度帯共同配送」を強みとし、顧客の物流コスト削減と効率化に貢献する。幼稚園教諭から運送会社の代表取締役社長へというキャリアを持つ山本奈美氏は、稲盛和夫氏の経営哲学を胸に、コロナ禍という厳しい状況下で経営の舵取りを担ってきた。社員の心身の健康を第一に考え、着実な基盤づくりを進める山本氏に、その歩みと事業にかける思い、そして会社の未来像について話を聞いた。
幼稚園教諭から運送業界へ 異色のキャリアを歩んだ背景
ーー貴社の社長に就任されるまでの経緯についてお聞かせください。
山本奈美:
もともとは、子どもが好きだったこともあり、2年ほど幼稚園の先生をしていました。その後、父が経営する弊社に入社し、経理を担当することになりました。しばらくして、父がM&Aをしたグループ会社の社長を任され、10年ほど経営を経験。そして4年ほど前に、父から事業を引き継ぐ形で私が就任したという経緯です。
ーー運送業界には、当初どのようなイメージをお持ちでしたか。
山本奈美:
やはり男性中心の社会というイメージがあり、その活気ある雰囲気は入社後も変わりませんでした。かつては稼げる職業でしたが、2024年問題(※)による労働時間の短縮などもあり、昔のように稼げる仕事ではなくなってきていると感じます。若い世代が大変な仕事を避ける傾向もあり、業界全体で深刻な人手不足に陥っているのが現状です。
(※)2024年問題:2024年4月からトラックドライバーの時間外労働に上限規制が適用されたことで、輸送能力の低下やドライバーの収入減少、人手不足などが懸念される問題。
ーー幼稚園教諭としてのご経験は、現在の経営にどう活かされていますか。
山本奈美:
幼稚園教諭としての経験があるからか、私は社員のことを、どこか家族のように大切に思う気持ちがあるのかもしれません。ドライバーに対しても、そのような思いで接している部分があります。経営者としての特性という点では、女性ならではの視点を活かせているのかもしれません。
経営を立て直した「売上最大経費最小」の教訓
ーー経営についてはどのように学ばれたのでしょうか。
山本奈美:
もともとは弟が後継者でしたが、価値観の相違で急遽私が会社を継ぐことになったのです。グループ会社で社長の経験はありましたが、弊社は規模が大きく不安があったため、経営を基礎から学ぼうと京セラの創業者である稲盛和夫氏が主宰する「盛和塾」に入りました。
「盛和塾」では、経営手腕というよりも「人として経営者としてどうあるべきか」という考え方を深く学びました。そこで得た仲間との横のつながりも、今ではかけがえのない財産です。コロナ禍で大変だった時期も、仲間の経営者と相談し、アドバイスをもらいながら乗り切ることができました。
ーー学びをどのように実践し、会社を導いてこられたのでしょうか。
山本奈美:
稲盛氏の「売上を最大に、経費を最小に」という言葉を常に意識しています。私が社長に就任した当時はコロナ禍で、会社は赤字でした。そこで、まずは徹底的に無駄な経費を削減することから着手し、同時に、ほぼ全ての取引先と値上げ交渉を行い、売上の向上に努めました。その結果、会社の経営状態は大きく改善し、以前は取引を断られた銀行から「また融資をさせてほしい」と言われるまでになりました。
会社の成長を支える健康経営の徹底

ーー社員の方々と向き合う上で、大切にされていることは何ですか。
山本奈美:
社員の健康は会社の健康そのものであると考え、「健康経営」には特に力を入れてきました。具体的には、体に良い玄米酵素を支給したり、健康セミナーを開催したりと、心身ともに元気で働ける環境づくりを徹底しています。
また、仕事においては「ワンチーム」であることを意識しています。「会社の利益が出たら、賞与や手当として必ずみんなで分け合う」というのが私の信条です。その分、日々の業務では「会社の経費を自分の家計と同じように大切にしてほしい」と伝え、電気代の節約など、一人ひとりがコスト意識を持つようお願いしています。
私は社長に就任する前から約20年間、この会社で彼らと共に過ごしてきました。互いの顔が見える関係性が築けていたからこそ、こうした私の考えもスムーズに受け入れてもらえたのだと感じています。
顧客の物流コストを削減する独自事業
ーー改めて、貴社の事業内容と強みについて教えていただけますか。
山本奈美:
弊社は食品輸送を専門としており、特に「異温度帯共同配送」が最大の強みです。これは、超冷凍・冷凍・冷蔵・チルド・常温といった異なる温度帯の商品を、一台のトラックに混載して配送する仕組みです。荷主にとっては、物量に応じてケース単位で依頼できるため、運送コストの大幅な削減につながります。
ーー「異温度帯共同配送」は、どのようにして始まったのでしょうか。
山本奈美:
先代である父が30年ほど前に始めました。当時はまだ誰もやっておらず、周りの経営者仲間からは「そんな儲からない細かいことをしてどうするんだ」と言われたそうです。しかし父は「他がやっていないからこそ成功する」と信じていました。一つの取引がなくなっても経営が揺らがないよう、リスクを分散させる狙いもありました。現在では約80社と取引があり、この事業モデルのおかげで経営基盤が安定しています。
Web戦略とスポンサー活動による採用強化
ーー採用活動では、どのような工夫をされていますか。
山本奈美:
時代に合わせて、これまでの紙媒体中心の募集から、InstagramやIndeedといったWebを活用した採用活動へ大きく舵を切りました。知人の協力もあり、現在はコストを抑えつつも効果的な情報発信ができています。
また、地元・京都の山城地域からJリーグ昇格を目指すサッカークラブ「マッチャモーレ京都山城」のサポーター企業にもなりました。
こうしたWeb発信や地域クラブへのスポンサー活動を通じて、弊社のアットホームな雰囲気が若い世代にも伝わるようになり、実際に20代・30代の方からの応募や入社につながっています。
ーー今後、どのような方に入社してほしいとお考えですか。
山本奈美:
仕事もトラックもあるものの、人材が不足している状況のため、ドライバーは経験を問わずいつでも歓迎しています。また現在、センター業務全体をまとめるようなリーダーシップのある方を求めています。また、将来の営業部門を担う人材も必要です。自分次第で管理職も目指せる、意欲のある方にぜひお越しいただきたいです。
ーー会社の今後の展望についてお聞かせください。
山本奈美:
中長期的な展望としては、現在5カ所ほどに分散している拠点を1カ所に集約し、大きなセンターを建設することを構想しています。そこで、トラックの駐車場から倉庫、事務所まで全てを一つにまとめたいと考えています。もちろん、そのためには会社の基盤をより強固にし、安定して利益を出せる体制を確立しなければなりません。5年後には、その目標に一歩でも近づいている会社でありたいです。
編集後記
元幼稚園教諭という経歴を持つ山本氏は、その経験を活かし、独自の視点での組織改革を実行してきた。その根幹にあるのは、「盛和塾」の教えと、社員を子どものように思うような深い愛情である。コロナ禍の厳しい状況で「売上を最大に、経費を最小に」を徹底し、会社の経営状態を劇的に改善させた冷静な判断力は、まさに経営者の鑑だ。さらに、健康経営を通じて社員の心身の健康を重視し、利益を全員で分かち合う「ワンチーム」の方針を掲げ、社内の一体感を高めている。社会のインフラを支える物流の未来は、同氏の情熱と着実な基盤づくりによって、さらなる発展を遂げるだろう。

山本奈美/1967年京都府生まれ。聖母女学院短期大学児童教育学課卒業後、幼稚園教諭として地元の幼稚園に就職。結婚退職後は家事育児に専念。子育てが一段落した2004年に祖父が創業したフジモト運輸株式会社の経理部に就職。2010年、グループ会社のホウキ運輸株式会社の代表取締役社長に就任を経て、2021年フジモト運輸株式会社の代表取締役社長に就任。