※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

生産者と消費者、そして都市と地方をつなぎ、日本の農林漁業が抱える課題解決に挑む、株式会社CRAFTED JAPAN。「生産者と消費者を物語でつなぐ」をミッションに掲げ、都内での飲食店経営や地方でのビール醸造所の事業承継など、多角的に事業展開している。同社を率いるのは、大手証券会社から食と農林漁業の世界へ転身した経歴を持つ代表取締役の仲野真人氏だ。同世代の生産者たちとの固い絆、そして「誰かがやらなければならない」という強い使命感に突き動かされ、事業に邁進する同氏の信念と、同社が描く日本の食の未来について話を聞いた。

人事異動を契機に選んだ仲間とのつながりを最優先する道

ーーまずは、独立に至るまでの歩みをお聞かせいただけますか。

仲野真人:
新卒で野村證券株式会社に入社し、大阪と東京の支店で計約7年間、個人向けの資産運用営業に従事しました。当時はリーマン・ショック直後で厳しい環境にありましたが、このときの経験が現在のコミュニケーション能力や度胸の土台になっています。

転機が訪れたのは29歳のときです。社内で新設された農業コンサルティング会社、野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社の公募を見つけたのです。このまま支店営業を続けていくキャリアに疑問を感じていた時期で、違う世界を見てみたいと手を挙げました。

幸いにも、私一人だけが選考を通過し、そこから7年間は全国を飛び回って農業経営者の事例調査やコンサルティングに携わりました。この活動を通じて多くの生産者と出会い、現在の事業の礎となるネットワークを築くことができました。

ーー安定した環境から、あえて独立という道を選ばれたのはなぜでしょう。

仲野真人:
大きなきっかけは、予期せぬ人事異動でした。農林漁業分野の仕事にやりがいを感じ、さらに学びを深めるためにビジネススクールへの進学も決まっていた矢先、本社に戻るよう辞令が出たのです。その部署は情報管理が厳しく、これまで築いてきた生産者の仲間たちとの関係が断絶されてしまう環境でした。

安定したキャリアを捨てることになっても、築いた生産者仲間とのつながりを失いたくない。その思いが勝り、37歳のとき、退職を決意しました。独立後の具体的な展望があったわけではありませんが、信念に従い一歩踏み出したのが本音です。

現場の苦悩を解消する販路開拓と生産者主体の経営姿勢

ーー現在の事業形態に至るまでの背景と、事業を行う上で大切にしている信念について教えてください。

仲野真人:
独立後は生産者支援のコンサルティングを一人で行っていましたが、助言する立場で、事業リスクを負わないことにもどかしさを感じていました。生産者の最大の悩みである販路を自ら作り、本気で取り組む同世代の生産者仲間と共に歩みたいと考え、3人の生産者に出資してもらって弊社を設立しました。そこでまず取り組んだのが、彼らの食材を直接消費者に届ける直営店「田町鮨 惠万 〜Evan〜」の開業です。

事業を行う上で、常に生産者を主語にして考えることを最も大切にしています。たとえば、運営する飲食店で物価高騰により経営が苦しくなっても、生産者からの仕入れ値を安くすることは絶対にしたくない。それを実行しては、創業の意義が失われるため、仲間である彼らとの信頼関係こそが事業の根幹にあります。

ーー多角的な展開を進める中で、新たな転機はどのように訪れたのでしょうか。

仲野真人:
次なる展開を模索していたとき、「飛騨高山麦酒」の事業承継について話をいただきました。創業30年の歴史を持ち、高山市で最も古く、岐阜県内でも2番目に長い歴史を刻んできたクラフトビール醸造所です。もともと私は、岐阜県で「農業塾」の講師を務めるなど縁があったため、興味を持って現地を訪ねました。

当時、社長は75歳を迎え、後継者不在に悩んでおり、ご自身の代で幕を閉じることも覚悟されていたそうです。そこで私は、単なるビジネスの条件交渉ではなく、社長がビール造りを始めた情熱や、肥育農家としての歩みなど、人生そのものに耳を傾けました。

そして、私の第一次産業への深い理解と敬意が社長からの信頼に繋がり、大切なバトンを託していただけることになったのです。単にビール事業がしたかったわけではありません。高山に拠点を持つことで、地域の優れた産品を東京や世界へ発信するハブにできると確信したことが、承継を決めた最大の理由です。

生産から販売までを一貫して担う日本縦断型6次産業化

ーー日本の食の未来を見据え、今後はどのような展望を描いていますか。

仲野真人:
飲食店や製造拠点を増やし、事業規模を拡大することで、生産者のための販路をさらに広げたいです。将来的には、飲食だけでなく物販やカフェなども展開し、全国の産地と繋がりながら生産から加工、販売までを一貫して手がける「日本縦断型6次産業化」を実現したいと考えています。

私たちが東京に拠点を構えることで、地方の生産者がつくった良いものを、独自のネットワークを通じて発信していく。都市と地方の「物」と「人」の交流を促す、そんな存在を目指しています。

ーー共に課題へ挑むにあたり、どのような志を持つ仲間を求めていらっしゃいますか。

仲野真人:
報酬のためだけでなく、「何かを成し遂げたい」という強い目的意識を持つ人と共に働きたいです。故郷である地方を元気にしたい、衰退しつつある日本の農林漁業を何とかしたい、といった社会課題にビジネスで挑みたい人にとって、弊社は非常に面白い舞台だと思います。ここで得たノウハウやネットワークを活かし、いつか故郷に戻って活躍してくれる未来も大歓迎です。

日本の第一次産業は、このままでは衰退の一途をたどります。それは、誰かが変えていかなければならない差し迫った課題です。私たちは、その「誰かがやらなければいけないこと」を、生産者という仲間と一緒に自分たちでやろうと決めています。簡単な道ではありませんが、価値のある挑戦だと信じています。少しでも私たちの思いに共感し、活動に興味を持ってくださる方がいれば、ぜひ声をかけていただけると嬉しいです。

編集後記

「誰かがやらなければいけないことを、自分たちがやる」。仲野氏の言葉には、日本の食の未来に対する強い使命感が満ちていた。大手証券会社という安定したキャリアを捨ててまで同氏が守りたかったのは、全国の生産者という仲間とのつながり。そのネットワークを力に変え、多くの人が目を背けてきた課題に真正面から向き合う同社の挑戦は、社会課題の解決という壮大な目標だけではなく、目の前の一人ひとりとの関係性を地道に築くことから始まるのだと教えてくれた。

仲野真人/1982年千葉県生まれ。立教大学経済学部卒業後、野村證券株式会社に入社。2019年4月に株式会社食農夢創を設立し、生産者支援のために全国各地を奔走。2023年10月に生産者の販路の課題を解決するため、生産者からも出資を受け、株式会社CRAFTED JAPANを設立。2024年6月1日に「田町鮨 惠万」をオープンし、2025年岐阜県高山市の「飛騨高山麦酒」を事業承継。「日本縦断型6次産業化」の実現を目指す。