※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

日本で唯一、新生児・乳児用の人工呼吸器を開発・製造する株式会社メトラン。同社の強みは、単なる技術力だけではない。「もし自分の子供だったらどうしてほしいか」という徹底した当事者視点に基づき、費用対効果よりも“命の尊さ”を最優先する確固たる開発哲学にある。その姿勢は、国内外の医療現場から「メトランなら何とかしてくれる」という絶大な信頼を獲得してきた。民事再生という荒波を乗り越え、再び力強く歩み始めた同社。その苦難の道のりと未来への展望について、代表取締役社長の中根伸一氏に話を聞いた。

創業者との運命的な再会が導いた メトラン入社に至るまでの経緯

ーーまずは、入社に至るまでの経緯をお聞かせください。

中根伸一:
メトランとの出会いは、私が大学院で研究していた頃に遡ります。当時、睡眠時無呼吸症候群の治療装置について研究しており、製品化の価値があると考えて面識のあった創業者に研究成果を託したのが1999年のことでした。その後、私は大学院を修了しアメリカの企業へ就職しましたが、5年後に帰国した際、メトランがその装置の開発において特許問題に直面していることを知りました。創業者が私のことを思い出して声をかけてくれたのが再会のきっかけです。当時は別の会社に在籍していましたが、夜間や週末を使って開発に協力し、1年ほどで製品化を実現しました。その縁が繋がり、2005年に正式に入社することになったのです。

ーーその後、社長に就任されましたが、どのような背景があったのでしょうか。

中根伸一:
当時のメトランは30名規模の組織でありながら、複雑な新生児用生命維持装置を海外へ販売していました。しかし、創業者の「やるんだ」という情熱が先行するあまり、海外でのサポート体制などが追いついていない状況でした。そこで、英語ができる私がトラブル対応の矢面に立ち、組織的な体制構築に奔走しました。現場の混乱を収め、仕組みを整えたその姿勢を評価されたことが、社長就任の一因だったと思います。

ビジネスの論理より「親の視点」で命を背負う覚悟

ーー社長就任後、どのような組織づくりや理念を大切にされてきましたか。

中根伸一:
目指したのは、社員一人ひとりが「当事者意識」を持って仕事に臨める文化です。問題が起きた際、誰かの責任を追及するのではなく、解決をゴールとして「まずは私がやってみます」と手を挙げられる風土を作りたかった。失敗を恐れずに挑戦できる環境こそが重要だと考えています。

また、経営において最も大切にしている指針は、「もし自分の子どもがこの製品を使っていたら、会社にどう対応してほしいか」という視点です。私たちの製品は、今この瞬間も数百人もの赤ちゃんの命を支えています。たとえ年に1、2回しか発生しない不具合であっても、ビジネス上の費用対効果で切り捨てるのではなく、親としての立場で判断する。この思いを全社員で共有することが、何よりも大切なのです。

ーーその信念は、開発の現場へどのように反映されているのでしょうか。

中根伸一:
社員には定期的に医療現場へ足を運んでもらっています。実際に私たちの製品に命を託している小さな赤ちゃん、そのご家族、そして懸命に治療にあたる医療従事者の姿を目の当たりにすることで、自分たちの仕事の重みを肌で感じてもらうためです。以前、当社の人工呼吸器によって一命を取り留めた双子の男の子から、感謝のお手紙をいただいたことがありました。そうした経験の一つひとつが社員の原動力となり、より良い製品開発への執念へと繋がっていくのです。

民事再生という困難を乗り越え 信頼回復と共に挑む未来への展望

ーーコロナ禍を経て現在に至るまで、経営環境にはどのような変化があったのでしょうか。

中根伸一:
当時は「困っている人がいるなら助けなければ」という一心で、リスクを顧みず増産対応に奔走しました。しかし、結果として経営に過大な負荷がかかり、民事再生という道を通らざるを得なくなりました。お客様を支え続けるためには、まず会社自身が存続しなければならない。その責任の重さを痛感しました。民事再生を経験したからこそ、過去の選択を冷静に見つめ直し、信頼を回復させながら一歩ずつ前に進むことが私の使命です。現在はビジョンに共感してくれる親会社のもと、再び挑戦できる環境が整いました。

ーー再出発にあたって、貴社が譲れない「軸」は何でしょうか。

中根伸一:
「本当に必要なものを作る」という一点です。確かに、もっと容易に利益を上げられる事業はあるかもしれません。しかし私たちは、リスクが高くても、医療現場で本当に必要とされる製品を開発するという創業者の魂を受け継いでいます。日本国内で開発・製造しているからこそ、先生方から「こういうことはできないか」と直接ご相談をいただき、柔軟に対応できる強みがあります。この「メトランなら何とかしてくれる」という信頼こそが、私たちの存在意義であり、最大の誇りなのです。

「世界中の小さな命を救う」ために描く 今後の事業展開と組織論

ーー今後の事業展開について、展望をお聞かせください。

中根伸一:
まずは現在開発中の新製品を完成させることが最優先です。これは非常に大きな市場機会が見込まれる製品で、計画通りに進めば当社の大きな成長ドライバーになると確信しています。また、人口減少が進む国内市場だけでは成長に限界があるため、海外展開も積極的に進めていきます。すでにヨーロッパには15年来の信頼できるパートナーがおり、こうしたネットワークをさらに広げていく計画です。

ーー最後に、どのような組織を目指しているか教えてください。

中根伸一:
結局は「人」がすべてです。社員が良い仕事をできる環境をつくるのが会社の責任だと考えています。私自身、アメリカ企業での経験から、ワークライフバランスの重要性を強く感じています。まだ道半ばですが、優秀な人材が「ここで働きたい」と思い、仕事に集中できる環境を整えていきたい。そして、他社の模倣ではない、世の中にまだないユニークな製品を生み出し続ける会社でありたいですね。「メトラン=赤ちゃんを救う会社」という軸をぶらすことなく、これからも挑戦を続けていきます。

編集後記

「もし自分の子供だったらどうしてほしいか」。インタビュー中に中根氏が繰り返したこの言葉は、単なる経営哲学の枠を超え、一人の親としての切実な祈りのようにも響いた。技術や効率の追求は企業の宿命だが、メトランの根底には常に「体温の通った倫理観」が流れている。一度は経営の危機に瀕しながらも、決してぶれることのなかったその信念こそが、再起の原動力となったに違いない。同社の歩みは、困難な時代を生きる私たちに「仕事における誠実さとは何か」を静かに、力強く問いかけている。

中根伸一/1973年、神奈川県出身。1999年米国スタンフォード大学電気工学大学院修了後、カリフォルニア州シリコンバレーの経営コンサル企業に入社。その後、2001年にSun Microsystems社に転職後、2005年11月にメトランに入社。技術部長、専務取締役、代表取締役社長、代表取締役副会長などを経て、2025年9月に再び代表取締役社長に就任。