※本ページ内の情報は2026年2月時点のものです。

世界的な分析機器メーカーでマーケティング本部長という要職を務めていた長瀬勝敏氏は、2025年、イタリアに本拠を置くテクニプラストの日本法人へとその身を投じた。そこにあったのは、単なる外資系企業の枠を超えた、創業一族による「人を人として扱う」深い温もりと、最先端の製品で患者の命を救おうとするイノベーターとしての矜持だった。長瀬氏が描く、日本のライフサイエンス業界における新たな「挑戦」の軌跡を追う。

恩師から受け継いだ「相手を思う」ということ

ーーまずは、この業界に足を踏み入れたきっかけについて教えてください。

長瀬勝敏:
実は、最初からこの業界を選んだわけではありませんでした。きっかけは、福井大学時代に所属していた物理化学研究室の神藤洋爾教授との出会いです。先生は非常に厳しい方でしたが、私にとっては「相手のことを思って叱ってくれる」エネルギーに満ち溢れた人でした。就職活動の際、神藤先生が「ここの社長となら馬が合うはずだ」と紹介してくださったのが、最初の就職先となる分析機器商社でした。信頼する教授が勧めるなら、という思いひとつで飛び込んだのが私のキャリアのスタートです。

ーー就職先では、どのような経験を積まれたのでしょうか。

長瀬勝敏:
入社1年目の時、親会社の取引先が倒産するという事態が起きました。その際、当時の社長が私を子会社の取締役会に同席させてくれたのです。社長は「何も答えなくていいから見ておけ」と言ってくれました。債権回収の生々しい現場や、そこからどう販売体制を再構築していくかという実体験は、どんな講義よりも今の私のベースを作っています。

自らハンドルを握り「人を尊ぶ」イタリアの風を日本へ

ーーその後、どのような経緯で代表取締役社長に就任されたのでしょうか。

長瀬勝敏:
前職である米国系メーカーでは、マーケティング本部長として大規模な組織のマネジメントを担い、ある意味で順風満帆なキャリアを歩んでいました。しかし、巨大な組織の中でどこか「助手席」で進路をサポートしているような感覚が拭えなかったのです。「自分自身が運転席に座り、自分でハンドルを握って方向性を決めたい」。そう考えていたタイミングで出会ったのが、テクニプラストでした。

ーー数ある選択肢の中で、参画を決断された理由は何だったのでしょうか。

長瀬勝敏:
イタリアの本国経営者であるベルナルディーニ一族の「人を人として扱う」カルチャーに強く惹かれたことです。彼らと対話する中で、その「ピエトロ・イズム(創設者の精神)」が全社員に浸透しており、それが顧客への真摯な対応に繋がっていることを肌で感じました。ここであれば、自分の求めていた「運転席」での挑戦ができる。その規模感と、何より経営者の実直な人柄に賭けてみたいと思い、次期代表として入社を決意しました。

ーー貴社をどのような会社にしていきたいとお考えですか。

長瀬勝敏:
本国にある「人を大切にする」文化を、日本法人でもより深化させていきたいと考えています。イタリアの経営陣は、社員一人ひとりのことを本当によく見ています。その温かさが、結果として製品の質やサービスの向上に繋がっているのです。私たちは今、「ベースがあるベンチャー」のようなフェーズにいます。強固な基盤はありつつも、3ヶ月前の常識が古くなるほどのスピード感で変化していく。自律的に動ける組織への変革は、今まさに始まったばかりだと思っています。

イノベーターとして 患者へ「価値」を届ける使命

ーー貴社はどのような分野で強みを発揮されているのでしょうか。

長瀬勝敏:
弊社は、実験動物関連機器や洗浄機の分野において、イノベーターという立場で価値を創造しています。たとえば、最先端の再生医療、特にiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた治療において、アイソレーターという機器があります。従来、こうした細胞の製造には部屋全体を無菌化する巨大なクリーンルーム(防塵・無菌室)の建設が必要でした。しかし、装置内部で無菌環境を完結できる私たちのアイソレーターを活用すれば、大規模な設備投資が不要となり、施設コストを大幅に抑えることが可能です。それは巡り巡って、患者様の治療費を下げ、一刻も早く治療を受けられる環境をつくることへと繋がります。

ーー優れた技術を社会へ実装していくうえで、どのような姿勢を大切にされていますか。

長瀬勝敏:
スピードを重視しています。良いものを作って満足するのではなく、それをいかに早く現場に届け、理解していただくか。それがイノベーターである私たちのミッションです。お客様である研究者やドクターの先には、常に顔の見える患者様がいる。その方々の人生に貢献できるという誇りを、社員全員が持って仕事に向き合える環境を作りたいと考えています。

共に未来をつくる仲間 売上規模3倍を目指して

ーー今後の事業ビジョンと、組織像についてお聞かせください。

長瀬勝敏:
2030年までに売上規模を現在の約3倍となる30億円規模へ拡大することを目指しています。しかし、単に規模を追うのではなく、一人ひとりが自ら考え、行動する「強い個の集まり」にしていきたいですね。大企業のプログラムに乗っかるのではなく、自分をどう成長させたいか、どうビジネスを動かしたいかを自ら考えられる人にとって、非常にやりがいのある環境だと思っています。

ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。

長瀬勝敏:
私たちは製品に絶対の自信を持っています。他とは明らかに違う価値を提供できるという環境に甘んじることなく、常にスピード感を持って挑戦を続けていきます。ライフサイエンスの力で社会を豊かにしたい、自分の実力を試してみたいという熱い思いを持った方と、ぜひ一緒に新しい歴史をつくっていきたいと思っています。

編集後記

長瀬氏のお話の中で最も印象的だったのは、ご自身の役割を「運転席」と表現された際の、決意に満ちた眼差しだ。グローバル企業での華々しいキャリアを背景に持ちながらも、その軸にあるのは「人を人として扱う」という温かい人間賛歌である。イタリアの伝統と日本の誠実さが融合した同社の変革は、日本のライフサイエンス業界に新たな光を投げかけるに違いない。

長瀬勝敏/1974年1月、京都市生まれ。福井大学工学部卒業後、分析機器商社のジャスコインタナショナル株式会社に入社し、輸入機器事業に7年間従事。2003年に米国Waters Corporation日本法人(日本ウォーターズ株式会社)へ入社、2019年マーケティング本部長に就任。2025年3月、テクニプラスト・ジャパン株式会社に入社、同年7月より代表取締役社長に就任。ライフサイエンス分野における革新的医療の発展と社会貢献に取り組む。