
富山県に拠点を置き、医薬品の製造販売を祖業とする株式会社MAE。同社は今、国の社会保障制度に依存する事業モデルからの脱却を図り、“身体・心・地域の健康”を一体で捉えるヘルスケアカンパニーへと変革を遂げようとしている。その象徴が、食や香り、宿泊などを通じてウェルビーイングを追求する施設「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」である。単なる事業の多角化にとどまらない“村づくり”という壮大な構想を掲げ、地域の未来を創造する同社の代表、前田大介氏に話を聞いた。
危機からの再生と事業変革の決意
ーー前職でのキャリアを経て、入社を決意された経緯をお聞かせください。
前田大介:
大学卒業後、まずは経営を俯瞰して捉える力を養うため、地元の会計事務所で7年ほど働きました。財務の基礎から企業再建、M&A(※)、さらに医療法人の立ち上げまで、多岐にわたる経営の現場に深く携わり、いわば「経営の実学」を徹底的に叩き込まれました。この経験が、数字という客観的な指標で会社を動かす現在の経営手法の礎になっています。
もともと家業を継ぐことは既定路線ではありませんでしたが、2008年、30歳を目前にしたタイミングで入社を決意しました。父が経営を担う背中を見て、自分も当事者として家業を支えていきたいと考えたからです。
(※)M&A:Mergers and Acquisitionsの略。企業の合併・買収のこと。
ーー入社後、まずはどのようなことから着手されたのでしょうか。
前田大介:
入社後は製造現場に入り、工場で実際に手を動かすところからスタートしました。そこで感じたのは、非常に家族的で温かい風土がある一方で、合理化が全く進んでおらず、明確な成長戦略が見えないという実態でした。当時は国民皆保険制度に支えられ、製薬会社として辛うじて存続できている状態。会計事務所で多くの企業再建を見てきた私には、この事業モデルのままでは30年、50年、ましてや100年先はない。そう直感し、強い危機感を抱きました。現場の持つ熱量を活かしつつも、より戦略的な体制を構築し、会社の仕組みそのものを再設計しなければならない。そう強く確信したのは、まさに現場の土を踏んだからこそでした。
その確信を形にする第一歩として、2010年ごろに「生産管理グループ」を自ら立ち上げ、現場の業務改善に着手しました。そうして改革を進めていた2014年、前社長の退任に伴い、急遽私が社長に就任することになったのです。
ーー社長就任後は、どのようにして会社を立て直したのでしょうか。
前田大介:
当時、不祥事を受けての社長就任でしたから、まさに待ったなしの状況でした。しかし、このタイミングだからこそ過去の延長線上にない改革ができると腹を括りました。
まず着手したのは“選択と集中”です。当時、弊社は塗り薬や貼り薬、飲み薬など手広く手がけていましたが、競争力のない内服薬の事業からは完全に撤退しました。そして、研究開発のノウハウがあり、自社で価格コントロールが可能な外用剤の領域に経営資源を集中させることにしたのです。同時に、品質と安全性を最優先する企業哲学を徹底し、それを担保するための教育やチェック体制も全面的に見直しました。また、設備投資を行い、生産性を飛躍的に高めることで、3年で黒字化を達成し、同時に過去最高の利益を出すことができました。
製薬会社が挑むヘルスケアという新領域
ーー既存事業の立て直しに成功された後、次はどのような事業展開を目指されたのでしょうか。
前田大介:
外用剤への集中によって経営は再生しましたが、依然として「社会保障制度に依存する事業モデル」であることに変わりはありませんでした。人口減少や国の財源逼迫を考えれば、病気になってから治す「治療(医薬品)」の市場はいずれ縮小します。そこから真に脱却するには、病気を防ぐ「予防」や「健康維持」といった、人々の生活に寄り添うヘルスケア領域を自らつくり出すべきだと考えました。社会保障に頼らず、人々が自らの意思で健康を守る時代に即した事業体へと、会社を根本から変革しようと決意したのです。
ーー具体的に、どのような形でその構想を具現化されてきたのでしょうか。
前田大介:
コア技術である外用剤の知見を活かし、まずはスキンケア化粧品の開発から着手しました。さらに、原料となるハーブの栽培からアロマ事業へ、そして農業を通じて飲食や宿泊事業へと、その領域を広げていきました。製薬会社としての信頼とものづくりへの姿勢を、未病やウェルネスの領域に展開することで、人々の健康に多角的に貢献しようとしています。
Healthian-wood(ヘルジアンウッド)が描く未来の村づくり

ーー原料となるハーブの栽培は、どちらで行っているのでしょうか。
前田大介:
立山連峰を望む立山町にHealthian-woodという自社施設を保有しており、そこで栽培を行っています。直訳すると“健康な人たちの集まる森”ですが、私はここを単なるハーブ園やリゾート施設ではなく、一つの“村”をつくっている場所だと考えています。身体、心、地域を一体のものとして捉え、それらがすべて健康になるようなモノ・コト・空間・コミュニティをこの場所から生み出していきたいのです。
ここに来ることで心と身体が健康になり、生まれ変わるような体験ができる。そんな村を目指しています。
ーーなぜ「村づくり」というアプローチなのでしょうか。
前田大介:
この地域はもともと9世帯20人ほどが暮らす、いわば衰退した村でした。合理化の中で「捨てられてしまった」場所を再生させるプロセスそのものに、大きな価値があると考えています。2040年までに、ここに300世帯1000人が暮らす村をつくりたい。実際にここで働くスタッフの約3割は、元々は旅行者として訪れ、このビジョンに共感して移住してきた人たちです。
ーー貴社の事業の核はどこに置かれていますか。
前田大介:
私たちは薬をつくるのではなく、“健康的な村をつくる”ことを事業の核に据えています。その実現のため、2025年10月にランドデベロッパー事業部を立ち上げました。製薬会社が不動産開発を手がけ、世界から注目されるような健康的な村を創造する。この取り組みこそが、私たちの最も大きな挑戦だと考えています。
地域と共に創る1000億円企業への道筋
ーー今後のビジョンについて教えてください。
前田大介:
2040年に売上高1000億円、経常利益100億円という目標を掲げています。しかし、単に企業の規模を大きくしたいわけではありません。100億円の利益から税金や返済を差し引いた約65億円を、社会に再投資できる企業になりたいのです。
ーー「再投資」とは具体的にどのようなお考えでしょうか。
前田大介:
背景にあるのは、地方自治における「公助(行政サービス)」の限界への危機感です。行政が立ち行かなくなる中で、民間企業が「共助(コミュニティの支え合い)」の領域に積極的に投資し、地域を支えていく必要があります。民間がキャッシュを蓄えるだけでなく、その資金で学校の再生や共同住宅の整備など、地域に必要なインフラを自らつくり出す。民間が「共助」の主役となり、地域に新しい産業と新陳代謝を生む。私たちは、その役割を担えるだけの力を持つ企業になることを目指しています。
ーー将来的な最終目標をお聞かせください。
前田大介:
この村づくりを成功させ、“薬の都”富山を、世界的な“ヘルスケアバレー”へと進化させる旗振り役になりたいです。行政と同じくらい「ありがとう」と言われるような、地域から心から尊敬される企業になることが私たちの最終的な目標です。
編集後記
「製薬会社」という既存の枠組みを鮮やかに超え、前田氏が見据えるのは「地域創生」という壮大な未来図であった。危機的状況からの再生を成し遂げた冷徹なまでの経営手腕と、豊かな「村」を構想する温かな視座。その両輪を回しながら突き進む前田氏の挑戦は、閉塞感漂う地方の課題に対する、力強い回答となるに違いない。

前田大介/1979年富山県生まれ。同志社大学卒業後、会計事務所でのコンサルタント勤務を経て2008年に家業の前田薬品工業株式会社(現・株式会社MAE)に入社。2014年、不祥事による前社長の辞任を受け、34歳の若さで3代目社長に就任。瀕死の状態だった経営をわずか3年で再建させ、外用剤国内トップクラスの企業へ成長させた。現在は「人と社会に新陳代謝を」を掲げ、ハーブを軸とした村づくり「Healthian-wood(ヘルジアンウッド)」など多角的な事業を展開している。