
茨城県ひたちなか市に本社を置く株式会社小野写真館。創業から続く写真館の枠組みを大胆に刷新し、現在はブライダルや成人式、宿泊施設の運営やアプリ開発まで多角的に展開している。外資系金融でのキャリアを捨て、家業の窮地を救うべく立ち上がった同社代表取締役の小野哲人氏。斜陽とされる写真業界において、いかに独自の勝ち筋を見出したのか。金融で培った資本効率の視点と写真の学びで得た感性を融合させ、業界再編の旗手として突き進む小野氏に、同社の強みと未来の展望を聞いた。
自発的な覚悟が窮地を救う原動力となった
ーーこれまでの歩みと、家業に戻られた経緯をお聞かせください。
小野哲人:
もともとは両親が営む写真館を継ぐつもりはありませんでした。将来は起業したいと考え、ビジネスの基礎を学ぶために、大学卒業後は外資系の金融機関へ入社しました。しかしある日、実家の経営状況が想像以上に悪化しており、倒産の危機に瀕している事実を知りました。「長男である自分がやらなければ、この会社はなくなってしまう」。その強い危機感が、家業を継ぐという決断へ突き動かしたのです。
ーー決意を固められた後、まず何から着手されたのでしょうか。
小野哲人:
写真の知識が皆無だったため、まずはアメリカの写真大学へ留学しました。30歳で帰国し正式に入社しましたが、待っていたのは想像を絶する現実でした。2期連続の営業赤字に加え、巨額の債務超過。「火の車」どころではありません。しかし、不思議と逃げ出したいとは思いませんでした。「親に頼まれた」のではなく、「自分の意志で決めた」という覚悟があったからです。この自発的な思いこそが、苦境に立ち向かう原動力となりました。
ーーその苦境を打破する上で、前職での経験はどのように活かされたのですか。
小野哲人:
金融業界で培った「資本効率」の視点と、アメリカでの学びで得た「感性」。この二つの融合が、再建の鍵となりました。通常、写真館経営は経験や勘に頼りがちですが、私はそこに企業価値の算定やM&A(※)戦略といったファイナンスの論理を持ち込みました。業界の常識を知らなかったからこそ、固定観念に囚われず、ビジネスとクリエイティブを掛け合わせた独自の展開が可能になったと考えています。
(※)M&A:Mergers and Acquisitionsの略。企業の合併・買収のこと。
ライフステージを横断し再来店を促す独自の仕組み

ーー貴社ならではの強みは、どのような点にあるのでしょうか。
小野哲人:
弊社はもともと一つの写真館でしたが、現在は赤ちゃん、七五三、成人式、ブライダルと、ライフステージごとのブランドを横断させる仕組みを整えています。一般的な写真館は、子どもの写真だけ、あるいは結婚式だけという「点」のサービスになりがちです。しかし弊社は、成人式で関わったお客様が10年後に結婚し、子どもが生まれてまた戻ってきてくれるような、循環する「円」の関係を築いています。
ーー写真館以外に展開している事業はありますか。
小野哲人:
「宿泊と撮影を掛け合わせれば、もっと特別な体験になるはず」と考え、静岡や栃木で宿泊施設の運営も手がけています。特に遠方からのお客様などには、当日撮影で慌ただしく移動するのではなく、撮影そのものを旅として楽しんでいただきたい。「撮って終わり」ではなく、そのまま施設でゆっくり過ごせる環境を整えることで、他にはない“オンリーワン”の満足度を目指しています。
ーー宿泊施設といった「ハード」の拡充に加え、デジタル領域などの「ソフト」面の展開についてはどうお考えですか。
小野哲人:
ソフト面、つまりオンライン事業の強化は、経営の安定性を高める「不可欠なピース」だと考えています。狙いは、社会情勢に左右されない事業ポートフォリオの構築です。コロナ禍でリアル店舗の売上高が急減した際、ハードに依存しすぎる経営のリスクを痛感しました。現在はアプリ事業などを通じて、実店舗に依存しない接点を増やしています。将来的には、全売上高の2〜3割をオンライン経由で生み出す体制を目指しています。
スタッフを信じて任せることで育まれる組織の力
ーー組織の環境づくりにおいて、特に注力されている点は何でしょうか。
小野哲人:
まず前提として、弊社の社員は9割が女性です。そのため、個々のライフステージに合わせ、柔軟に選択できる「インフラ」の整備を何より重視しています。産休・育休の取得はもちろん、短時間勤務の店長職や17時退社制度など、多様な選択肢を導入しました。大切なのは、会社が理想を押し付けるのではなく、本人が「どうありたいか」という意思を尊重すること。個人の尊厳を認める環境こそが、組織の柔軟性を生むと考えています。
ーー組織運営において、最も大切にされている信念をお聞かせください。
小野哲人:
「社員を信じて任せる」。この一点に尽きます。現場に権限を委譲し、自ら考えて決断してもらう。人間は、自分で決めたことでなければ本当の意味での成長は望めません。もちろん、失敗の責任は全て私にあります。だからこそ、私は「採用」に最も時間を割きます。全社員と最終面接で1時間以上じっくりと対話し、理念を共有する。この徹底した入り口のコミュニケーションがあるからこそ、現場を信頼して任せきることができるのです。
業界再編の旗手として感動の連鎖を世界へ広げる
ーー貴社が目指す今後のビジョンについてお聞かせください。
小野哲人:
素晴らしい技術を持ちながら経営に苦しむ写真館を支える、“ソリューションカンパニー”を目指しています。私たちは自社だけが勝つのではなく、他社をプロデュースして経営を効率化させたいと考えています。今後は全国の有望な写真館を仲間に入れ、再生の旗手として業界を再編していく方針です。
もちろん、相手を単なる子会社とは見なさず、文化を尊重し合う対等なパートナーシップを築けるようにします。上下関係ではなく、弊社の理念である「世界に笑顔、幸せ、感動を連鎖させる」という志を共有していきたいですね。また、将来的にはアジア展開も視野に入れ、日本発の感動体験を世界へ広げていきたいと考えています。
編集後記
「自分で決めた」という自発的な覚悟。経営者としての圧倒的な当事者意識が、小野氏の言葉の端々から伝わってきた。写真館を「思い出を撮る場所」から「感動体験を創出するソリューション」へと昇華させた同社の挑戦は、既存産業に新たな命を吹き込んでいる。業界全体の再生を掲げ、世界を見据える小野氏の歩みは、これからも多くの人々に笑顔の連鎖を届けていく。

小野哲人/1975年茨城県生まれ。青山学院大学卒。外資系金融で経験を積み、アメリカの写真大学で写真を学んだ後、2005年家業の写真館に入社し、2010年代表取締役に就任。水戸ホーリーホックの社外取締役も兼務。