※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

海外での日本語・マインドセット教育を強みに、外国人材の紹介事業を展開する株式会社ガイア国際センター。同社が掲げるのは、勤勉に働くことの尊さを通じて、日本の職場に活気を取り戻す「勤勉革命」という独自の理念だ。かつては旅行会社の添乗員として世界を飛び回り、その後自身の会社でオーダーメイド旅行を手がけていた代表取締役の楠田祐里氏。東日本大震災を機に大きな事業転換を決意し、人材不足に悩む日本の未来を切り拓く現在の事業を「天命」と語る。差別を受けた原体験を原動力に変え、国境を越えた相互理解を目指す同氏に話を聞いた。

添乗員の夢から起業へ “感動の創造”を掲げた旅づくり

ーーどのような経緯で旅行業界を志したのでしょうか。

楠田祐里:
小学校高学年の頃からの夢でした。当時、『なるほど!ザ・ワールド』(フジテレビ系)といった海外を紹介するテレビ番組が人気で、お金をもらいながら世界中へ行ける添乗員という仕事に強く憧れました。その思いは学生時代も変わらず、短大卒業と同時に派遣会社に入り、添乗員としてのキャリアをスタートさせました。入社後は最短で海外添乗資格を取得するため、ハードな業務を自ら志願し、1年足らずでその夢を叶えました。

ーー添乗員として、特に心がけていたことは何ですか。

楠田祐里:
何よりもお客様の安全管理です。携帯電話もクレジットカードもない時代でしたから、“一人も死なせない、物は盗ませない”を徹底していました。また、最大40名のお客様のお名前を午前中に全員覚えることも自分に課していました。お客様一人ひとりにしっかりと関心を寄せることを大切にしていました。

ーーどのような経緯でご自身の旅行会社を設立されたのでしょうか。

楠田祐里:
夫が病気を患い、私が一家を支えなければならなくなったことがきっかけです。子育てをしながら地方で安定した職を見つけるのは難しく、“こうなったら自分で起業しよう”と決意し、2006年に株式会社たびきちインターナショナルを設立しました。「感動の創造」を経営理念に掲げ、現地を知り尽くしている強みを生かしたオーダーメイドの旅行をつくっていました。

インターネットの普及により旅行業界の在り方が大きく変わりつつあった当時、愛知県の登録窓口で「今から(既存のモデルで)旅行業を始めて大丈夫か」と問われました。しかし私は「旅行業をきっかけとして、必ず他の道(新たな事業領域)へ行きます」と確信を持って宣言し、変化を見据えた第一歩を踏み出したのです。

震災がもたらした転機 経営者の声と留学生の願いが導いた道

ーー2006年の設立時に予言されていた「別の道」への転機は、どのような形で訪れたのでしょうか。

楠田祐里:
2011年の東日本大震災が大きなきっかけです。日本中が自粛ムードになり、旅行のキャンセルが相次ぎました。設立当初から抱いていた「いつか業態転換が必要になる」という予感がいよいよ現実味を帯びたのです。まさに正念場に立たされていた時、地元の有力経営者の方々から「これからは長く日本に留まってくれる外国人が必要だから連れてきてほしい」と助言をいただきました。さらに同時期、弊社でアルバイトをしていた国立大学の留学生からも「日本での就職を支援してほしい」という切実な願いを託されました。

「経営者の悩み」と「若者の希望」、この二つが重なった瞬間、これこそが私の進むべき道なのだと確信し、現在の外国人材紹介事業への舵を切りました。

ーー実際に事業を開始してみて、手応えややりがいをどのように感じられましたか。

楠田祐里:
最初は制度と現実の壁にぶつかり、数年に及ぶ生みの苦しみを経験しました。しかし、それを乗り越えていく中で、現在の仕事こそが私の「天命」であり「宿命」なのだと確信するようになりました。理由は3つあります。

1つ目は、飲食店を営む実家で、高齢の従業員が重労働をこなす姿を見てきたこと。2つ目は、添乗員時代に多くのお客様である経営者から、人手不足の深刻な悩みを聞いていました。そして3つ目は、私自身の原体験です。幼い頃、お世話になった在日韓国人の方が理不尽な差別を受ける姿を目の当たりにし、さらに16歳で訪米した際、1ヵ月の滞在で3回もの差別を経験しました。

こうした経験があるからこそ、国籍による偏見をなくし、相互理解を深めることで「日本に来てよかった」と思える環境を作る。この事業こそが、私がこれまでの人生で見てきた課題をすべて解決する道なのだと感じています。

日本に「勤勉革命」を 海外でのマインドセット教育が強み

ーー貴社の事業内容について改めて教えてください。

楠田祐里:
外国人専門の人材紹介会社ですが、単に人材を紹介するだけではありません。私たちは、海外に学校を設立し、日本に来る前の段階から教育を手がけています。そこで教えるのは日本語だけではなく、「勤勉に働くことの尊さ」や「仕事を通じて社会に貢献する幸福感」といった価値観です。この勤勉な若者たちが日本の職場で化学反応を起こし、日本の若者にも良い刺激を与える。これを、私たちは「勤勉革命」と呼んでいます。

ーー海外の学校では、どのような方が学んでいるのでしょうか。

楠田祐里:
国や学校によってさまざまです。たとえばインドネシアでは、教育省の事業として専門学校と提携し、そこから学生を募集しています。ミャンマーやスリランカでは、日本で働くことを希望する若者の中から、私たちの理念に共感してくれる人材を選抜してクラスを編成しています。私たちが一貫して大切にしているのは、「日本が大好き」という純粋な想いと、強い意志を持って学びに来てくれる若者を選抜することです。日本を信じてやってくる彼らの期待を裏切らないためにも、入り口となる教育の段階で、私たちの理念に共感してくれる人材を丁寧に募っています。

文化の壁を越えるために 受け入れ企業とつくる共生の未来

ーー外国人材を受け入れる上で、どのような課題があると感じていらっしゃいますか。

楠田祐里:
最も大きな課題は、来日後のギャップです。彼らは日本を「綺麗で安全で勤勉な国」と信じていますが、実際の職場で心ない上司に出会うと失望してしまいます。一方で、受け入れ企業側も、言葉や文化の違いに戸惑い、どう接すればよいか分からないという課題を抱えています。本当は受け入れたくないけれど、人手不足だから仕方なく、という後ろ向きな姿勢で導入を決める企業も少なくありません。

ーーその課題を解決するために、どのような取り組みをされていますか。

楠田祐里:
受け入れ企業の日本人上司向けに、『おれの部下は外国人』を無料で公開しています。現在、外国人スタッフ向けに『私の上司は日本人』という啓蒙漫画を作成中です。これは、私たちが長年研究してきた現場のリアルな声をもとにした実話です。この漫画を読んでもらうことで、双方が抱える文化的なギャップを埋め、相互理解を深める一助になればと考えています。

世界180カ国へ広げるガイアファミリー 100年計画で見据える未来

ーー今後、特に注力していきたい新サービスについてお聞かせください。

楠田祐里:
企業の採用計画に合わせ、海外に専用のクラスを設ける「オーダー教育」サービスに力を入れています。たとえば、2年後に工場の増設が決まっている企業のために、今から人材を育成するといった取り組みです。今後は、特定技能の在留資格に新たに追加される予定の“物流・倉庫”分野で、この「オーダー教育」を展開していきたいと考えています。

ーーこれからの20年、さらにはその先へ向けて、どのような展望を描いていらっしゃいますか。

楠田祐里:
世界180カ国に日本語学校をつくる「100年計画」を掲げています。社名の「ガイア」は地球そのものを意味します。私たちは何人(なにじん)であるか以前に、皆「地球の子」であり、互いに助け合う存在であるべきだという思いを込めています。

現在ガイアで働いている子たちの子どもや孫の世代まで、「ガイアファミリー」として助け合いの輪を広げていきたい。この事業を通じて世界中にネットワークをつくることで、100年かけて少しでも争いのない世界、互いに尊重し合える未来を実現したいと考えています。

ーー最後に、外国人材の採用を考える企業へメッセージをお願いします。

楠田祐里:
外国人を単なる労働力ではなく、共に未来をつくる“戦力”として育成できる企業は、必ず発展します。私たちは、そのための仕組みづくりを全力でサポートします。彼らの勤勉さとひたむきさが、必ずや貴社の未来を明るく照らすはずです。

編集後記

幼少期と米国で経験したという理不尽な差別。楠田氏が語るその原体験は、国籍を越えた相互理解を目指す現在の事業の、紛れもない原動力となっていた。「勤勉革命」や「100年計画」といったスケールの大きな言葉の裏には、単なるビジネスの成功ではなく、より良い社会を実現したいという強い意志が宿る。同氏が育てる「ガイアファミリー」が、日本の、そして世界の未来をどう変えていくのか。その壮大な物語の行方が注目される。

楠田祐里/1969年愛知県生まれ、南山短期大学英文科卒。旅行業を経て、2006年に株式会社たびきちインターナショナルを設立。2015年に株式会社ガイア国際センターに社名を変更し、旅行業から外国人材紹介業に転換。2022年には一般社団法人ガイア国際交流教育研究所「GIE」設立、研究成果の発表や自治体・教育機関との連携イベントを通じて、実践的な国際交流の推進に取り組む。