※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

モリカトロン株式会社は、ゲームAIの研究開発や導入支援を行う、日本初のゲームAI専門会社だ。代表取締役社長の森川幸人氏は、PlayStation用ソフト「がんばれ森川君2号」などの開発者として知られ、長年AIの可能性を探求し続けてきた。同社は現在、エンターテインメント領域で培った技術を応用し、メンタルヘルスケアや各種マッチングといった社会課題の解決にも貢献している。「AIは人間が思いつかないことを教えてくれる」と語る森川氏に、独学でAIの世界へ飛び込んだ経緯や、AI時代における人間の役割、そしてテクノロジーと共存する未来について話を聞いた。

知識ゼロでも「やります」と即答 直感が切り拓いたAIへの道

ーーキャリアのスタートについてお聞かせください。

森川幸人:
実は、もともとは大学の芸術学部で学んでおり、30歳を過ぎるまで就職経験すらありませんでした。映画ばかり見て過ごす日々でしたが、転機となったのは独学でCGアニメーションの制作を始めたことです。その活動がきっかけで、ソニーから「ゲームをつくりませんか」と声をかけられました。当時、ゲーム制作の経験もAIの知識も全くありませんでしたが、直感的に面白そうだと思い、「やります、やれます」と即答しました。

そこから書店にあるAI関連の本を全て買い込み、半年間仕事を止めて独学で猛勉強したのが始まりです。学べば学ぶほど、ゲームそのものよりも、AIが持つ人間が思いつかないようなことをやってくれる可能性に魅力を感じるようになりました。

ーー未経験の分野に飛び込むことに、不安や躊躇はなかったのでしょうか。

森川幸人:
あまり慎重に考えすぎると、リスクばかりが目につき、「何もしない」ことが正解になってしまいます。私は自分の力量や知識はいったん置いておき、直感的に面白いと思ったらまずは「やります」と手を挙げるようにしてきました。もしできなければ謝ればいい、くらいの気持ちで最初の一歩を踏み出すことが大切だと考えています。この「とりあえずやってみる」という精神が、結果としてAIという新しい世界への扉を開いてくれました。

ゲームの「楽しさ」が武器 AIで挑むメンタルヘルスと婚活

ーーゲーム開発の技術は、他分野でも活用されていますか。

森川幸人:
現在は非エンターテインメント領域にも事業を広げています。具体的には、メンタルヘルスケアや婚活など各種マッチングサービスのDX支援などを行っています。

メンタルヘルスケアのアプリ開発では、アンケート回答を「苦行」と感じさせない工夫を凝らしました。ユーザーがキャラクターと軽いゲームや会話を楽しむ裏側で、AIが生活の記録や会話のトゲトゲしさなどを分析し、心の変調を検知する仕組みを組み込んでいます。ゲーム的な楽しさを取り入れることで、継続率を高め、より本音に近いデータを取得できるようになりました。

ーー婚活サービスでは、AI技術をどのように活用しているのでしょうか。

森川幸人:
婚活サービスにおいては、単なる条件マッチングではなく、AIでつくった自身の「クローン」を活用するシステムを開発しています。ユーザーとの対話から価値観や性格を学習したクローン同士を、まずはバーチャル空間でデートさせる仕組みです。そこで相性が良ければ、初めて本人が直接会話をするというステップへ進みます。いきなり知らない人と話すのは疲れますし、ミスマッチも起こりやすいでしょう。クローン同士、クローンとの会話をワンクッション挟むことで、心理的な負担を減らし、より精度の高い出会いを提供できると考えています。

ゲーム業界で徹底して追求してきた「使いやすさ」や「楽しさ」の知見は、他業界の課題解決においても非常に強力な武器になると確信しています。

AI操作は部下育成と同じ ベテランの経験と「選ぶ力」が鍵

ーーAI技術が急速に進化する中で、人間とAIはどう付き合っていくべきだとお考えでしょうか。

森川幸人:
これからは、人間がAIという優秀なアシスタントを何人も率いて働くスタイルが一般的になります。ここで重要になるのは、AIとの適切な役割分担です。

たとえば弊社では、中高年のベテランプログラマーとAIの組み合わせが今のところ最強です。ベテランは、体力や記憶力の衰えをAIに補わせる一方で、経験の浅い新人にはできない高度な「指示出し」を行えます。人を育てた経験を活かし、AIという部下のポテンシャルを最大限に引き出す。こうした「AIとの協調」が、これからの働き方のスタンダードになるでしょう。

ーーこれからの時代、人間にはどのような役割が求められるとお考えですか。

森川幸人:
最初の「ひらめき」や、AIが出した多くの答えからどれがいいか「選ぶ力」は依然として人間の領域です。AIは膨大な選択肢を提示してくれますが、その中から「どれが面白いか」を判断することはできません。

「なんとなく違う」という第六感的感覚を持って、最後のリテイクを出せるのは人間です。評価やチョイスは人間にしかできない役割として、今後さらに重要になります。人間がやるべきところと、AIに任せるところの住み分けを学んでいくことが大切です。

ーー今後の展望について教えてください。

森川幸人:
会社をいたずらに大きくするのではなく、少数のコアメンバーとAIがチームを組むような形を目指しています。各分野の専門集団と柔軟に連携することが、最も身動きがとりやすいからです。

今後は、日本のアドバンテージであるゲームやアニメや漫画などのコンテンツに特化して、AI技術をかけ合わせていきます。巨額の資金力を誇る海外勢と正面から競うのではなく、私たちが一番世界に誇れる強みに特化することが、生き残る道だと考えています。

編集後記

「できない理由を考えるより、まずは直感に従ってやってみる」という森川氏。失敗を恐れずに最初の一歩を踏み出す姿勢が、同社の独創的なサービスを生む原動力となっている。ゲームづくりで培った「楽しさの追求」が、メンタルヘルスや婚活などの社会課題の解決につながっている姿も印象的だ。少数精鋭のコアメンバーがAIと協調し、軽やかに未来をつくる同社の挑戦に、今後も注目していきたい。

森川幸人/岐阜県出身。1984年筑波大学芸術専門学群卒業。2017年モリカトロン株式会社を設立し、同社代表取締役に就任。ゲームAI設計者として「がんばれ森川君2号」など全52タイトルの制作・AI設計を手がけ、「くまうた」で文化庁メディア芸術祭審査員推薦賞を受賞。主な著書に「マッチ箱の脳」「ヌカカの結婚」「イラストで読むAI入門」など。筑波大学非常勤講師。