
「IT業界に入ったのは興味からではなく、給料が良かったからです」。そう率直に語る石橋範隆氏は現在、株式会社MiraXの代表取締役として、革新的な自社サービスの開発を牽引している。未経験からエンジニアとなり、数々の大規模プロジェクトを経験した同氏は、前職で債務超過2億円という絶望的な状況から会社を救った実績を持つ。石橋氏がいかにして過去の困難を乗り越え、現在次世代のITビジネスをどのように描いているのか、その軌跡と展望に迫った。
どん底から奇跡のV字回復 全社員との対話と縁が紡ぐ軌跡
ーーIT業界に入られたきっかけについてお聞かせください。
石橋範隆:
実は、初めからITに強い興味があったわけではありません。2000年問題などで業界全体が人材不足に陥っていた時期に、ただ「給料が良いから」という理由で、3000人規模のマンモス企業に新卒で入社しました。未経験でしたが、3ヶ月の研修後にはすぐに現場へ配属され、プログラマーとしてのキャリアがスタートすることとなります。
配属後は、大手通信会社の大規模なシステム開発などに携わっていました。特に印象に残っているのは、ガラケーの開発業務です。当時はリリース時期が厳格に決まっており、不具合も多く、徹夜や休日出勤が当たり前の環境にありました。月360時間労働という過酷な状況で多くの人が辞めていく中、私は逃げずにプロジェクトを最後まで完遂。この「逃げない姿勢」を評価してもらえたことが、その後のキャリアの基盤になったと感じています。
ーーその後、どのようなご経験を積まれて、起業に至ったのですか。
石橋範隆:
もともとは独立志向があったタイプではありませんでした。しかし、29歳のときに、「自分自身で一度チャレンジしてみよう」という思いが芽生え独立し、フリーランスのエンジニアとして活動を始めました。横のつながりがあったため仕事には困りませんでしたが、上場企業などの大手と直接契約を結ぶには法人格が必要であり、同じ志を持つフリーランス仲間が集まり、前職となる会社を立ち上げました。会社が50人規模に成長した頃、ちょうどリーマン・ショックに見舞われました。この危機を乗り越えるため、それまでの「フリーランスの集まり」という形態を改め、組織として一丸となるために「社員化」を進めることにしたのです。まさに、会社として新たなスタートを切るための、大きな正念場となりました。
私自身は35歳のときに、エンジニアとしての集大成となる仕事に関わりました。それが、Android初号機のBluetooth通信機能の開発です。36歳で現場を離れて営業へと転身し、そして39歳のとき、前職の会社の代表に就任することとなりました。
ーー代表に就任された当時の会社の状況についてお聞かせください。
石橋範隆:
就任当時は3期連続の赤字で、債務超過が約2億円、借入も約2億円という、まさにどん底の状態でした。会社の存続すら危ぶまれる中で私が最初に行ったのは、徹底したコストカットと、全社員との対話です。土日も含めて、従業員約40人全員と1人2時間ずつ時間をかけ、会社の現状と今後の方針を包み隠さず説明し、給与の引き下げをお願いしました。退職者が多数出ることも覚悟していましたが、結果的にそれが理由で辞めたのはたった1人でした。この地道なコミュニケーションが功を奏し、1期目で黒字化を達成することができたのです。
その後は「奇跡の連続」でした。私が以前所属していた会社の先輩が20数人のメンバーを引き連れて合流してくれたり、取引先の事業所閉鎖に伴って20数人が移籍してきたり、九州の別会社の社長が約15人のメンバーと共に合流してくれたりと、人の縁に恵まれ、一気に150人規模の企業へと拡大し、経営破綻寸前の状態から売上高もV字回復を遂げることができたのです。この約10年間の社長業での経験が、経営者としての私の大きな財産となっています。
現場の課題を解決する自社サービス電子ペーパーとAI動画マニュアルの躍進

ーー貴社へ移られた経緯と事業内容を教えてください。
石橋範隆:
前職を退任後、社会貢献を主軸とした別事業に取り組んでいましたが、縁あって親会社の社長からお声がけいただき、2024年4月に弊社の代表取締役に就任しました。
現在、弊社の事業はSES(システムエンジニアリングサービス)が約40%、受託開発が約40%、そして自社サービスが約20%という構成です。SESや受託開発で基盤を安定させつつ、今後はエンジニアの価値を最大化できる自社サービスを大きく伸ばしていく戦略をとっています。
ーー具体的にどのような自社サービスを展開されていますか。
石橋範隆:
主軸となっているのが「3T's(Three T's)」と「お車価さま」という2つのサービスです。「3T's」は、機能を極限までシンプルにした使いやすい動画マニュアル作成ソフトです。135カ国語への自動翻訳機能や、AIが動画の内容から自動で確認テストを作成する機能を備えています。製造業や飲食業などで働く外国人労働者の教育ツールとして、非常に高い評価をいただいています。
もう一つの「お車価さま」は、中古車販売店向けの電子ペーパー価格表示タグシステムです。自動車の支払総額表示が義務化され、毎月の価格差し替え作業が現場の大きな負担になっていました。このサービスを導入すれば、在庫管理ソフトと連携して、全国どの店舗でも本部から一括で価格表示を変更できます。すでに大手企業様にも導入いただき、現場のDX化に大きく貢献しています。
3D・AI技術で社会課題に挑むAI時代に求められる「人の力」とは
ーー現在、開発中のサービスについて教えてください。
石橋範隆:
現在は弊社の強みである3D技術とAIを組み合わせた、3つ目となる新しいプラットフォームの開発を進めています。たとえば防災分野では、実際の地形の3Dデータ上に、津波が押し寄せる様子をリアルにシミュレーションできるシステムを構築しました。VRやXR技術を活用し、「自分の家から見た時に、津波がどのように迫ってくるか」を疑似体験できます。避難訓練のリアリティを高めるだけでなく、今後は建築や物流、エンターテインメントなど、さまざまな分野へ展開できる基盤として期待しています。
ーー最後に今後の展望と組織づくりについてお話いただけますか。
石橋範隆:
生成AIの進化により、AI駆動型開発が当たり前の時代になりつつあります。作業効率が劇的に上がる一方で、プログラミングを書かずに育つ若手エンジニアが増えることに危機感も抱いています。AIが生成したコードの不具合を見つけるには、結局のところ深いプログラミング知識が必要だからです。
技術の進化によってエンジニアの在り方が変わる中、私たちが今後最も強化すべきは「AIには絶対に代われない領域」、すなわち対人コミュニケーションと「営業力」だと考えています。どん底の時代を救ってくれたのも、結局は地道なコミュニケーションでした。今後も一人ひとりとの対話を大切にしながら、新しい価値を創造し続ける組織をつくっていきます。
編集後記
「給料が良かったから」という理由でIT業界に飛び込んだ石橋氏。しかし、その言葉とは裏腹に、過酷な現場から逃げ出さず、一人ひとりの社員と正面から向き合い、奇跡のような企業再生を成し遂げたその足跡には、確固たる信念と人間味があふれていた。AIがシステム開発を自動化していく時代においても、「結局最後は人の手」と言い切る同氏の視線は鋭い。現場の痛みを誰よりも知る泥臭さと、最新テクノロジーをかけ合わせた同社の挑戦は、これからも社会に驚きを与え続けてくれるだろう。

石橋範隆/1974年大阪府生まれ。新卒で大手ソフトハウスでシステム開発に従事。29歳でフリーランスとして独立後、複数企業のCTOやCEOを歴任。2025年10月に株式会社MiraXの代表取締役に就任。一般社団法人ミラクリンの代表として社会貢献の活動にも注力。