
140年を超える歴史を持ち、栃木県民に親しまれてきた株式会社下野新聞社。情報化社会が進み新聞業界が転換期を迎える中、同社は従来のモデルにとらわれず、独自の生成AI開発やデジタル事業など新たな収益源の確保に向けた改革を推し進めている。全国紙での豊富な現場経験を経て、2022年に代表取締役社長に就任した若菜英晴氏は、「昨日と同じ今日であってはいけない」と力強く語る。地方から社会の深層をすくい上げてきた報道人としての歩みと、歴史ある組織を未来へつなぐための変革の軌跡についてうかがった。
「地方から国を眺める」報道の最前線で見つけた記者の使命
ーーまずは、報道記者としての原点を教えてください。
若菜英晴:
1982年に株式会社毎日新聞社へ入社後、和歌山、鳥取、奈良の各支局や大阪本社で取材活動を長く経験しました。転機となったのは、東京の政治部へ応援で行き、国会や選挙の取材に携わったことです。東京生まれの私は、政治の中心地での仕事に意欲を燃やしていました。しかし、永田町での取材を重ねるうち、「永田町ばかりを見ていては、この国が分からなくなってしまうのではないか」と違和感を抱いたのです。一歩距離を置き、地方から国を眺めることで、かえって日本の真の姿が浮き彫りになる。そう気づいたとき、地方報道の持つ意義を強く意識するようになりました。
ーー特に印象に残っている報道はありますか。
若菜英晴:
大阪社会部長を務めていたリーマンショック当時の報道です。ある記者が大阪の中学校の保健室を取材した際、熱を出した生徒が「医者に行けないから湿布をください」と訪ねてきたという事実を耳にしました。背景を調べると、親が失業して保険料を払えず、無保険状態に陥っていることが判明したのです。それを受けて、記者は「せめて子どもたちが医療を受けられるようにしなければならない」と強い危機感を抱き、『「無保険の子」救済キャンペーン』というキャンペーン報道を展開しました。
結果として国会が動き、無保険の子どもにも特別な保険証を発行し、診療を受けられる制度の創設へとつながりました。この報道は後に新聞界のグランプリである「新聞協会賞」を受賞するなど、大きな反響を呼びました。地方の一つの保健室で見つけた事実が、国を動かした。地方にこそ日本の社会を映し出す鉱脈があり、それを見つけて伝えることこそが記者の使命だと実感した出来事です。
140年の歴史にあぐらをかかない「前例踏襲」からの脱却

ーーその後、経営の道へ進まれ、社長就任後に見えた組織課題は何でしたか。
若菜英晴:
下野新聞社には、仕事に対して誠実で真面目な社員が数多くいます。一方で、140年以上続く伝統が、時に「これまでやってきたことを守り続ける」という保守的な意識を生んでいました。悪気はなくても、「去年と同じことを今年もやればいい」という前例踏襲は、変化の激しいデジタルの時代において致命傷になりかねません。
そこで、就任2年目から中期経営計画の策定に着手し、1年間かけて練り上げました。経営陣が上から目標を押し付けるのではなく、現場を統括する各局の担当者と徹底的に議論を重ね、ボトムアップで計画を構築。目標を「自分ごと」として捉え、指示を待つのではなく社員一人ひとりが自主的に考え、動ける組織に変えるための重要なプロセスでした。
ーー組織課題の解決に向け、どのような改革や新規事業に取り組まれているのでしょうか。
若菜英晴:
長年、紙の新聞の購読料と広告収入という二つの柱で成り立っていましたが、既存のモデルだけで今後の成長を描くことは困難です。そこで、不動産の有効活用や異業種との連携、デジタル技術を活用した新規事業など、新たな収益の芽を育てることに注力しています。
その一環として、昨年12月に『下野新聞生成AI』を開発しました。本紙の過去15年分の記事データを学習させた、地域特化型の生成AIです。生成AIには情報の正確性や著作権に関する懸念がつきものですが、私たちが蓄積してきた確かなニュースソースを活用することで、安全性と信頼性を担保。現在は自治体や法人向けに提供を開始し、デジタル分野における新たなビジネスモデルの構築へ向けた大きな一歩を踏み出しました。これに先がけ、デジタル限定のオリジナル記事を配信するなど、紙の新聞に触れてこなかった若い世代へ情報を届ける仕組みづくりも進めています。
「変わらないこと」を恐れる次代へつなぐジャーナリズムの価値
ーー情報が溢れる現代において、報道機関が果たすべき役割についてどうお考えですか。
若菜英晴:
SNSなどで真偽不明の情報が瞬時に拡散される時代だからこそ、丹念に裏付けを取り、正確な事実を発信する報道機関の存在意義は高まっています。どれほどAIが進化しようとも、自らの足で現場へ赴き、何に問題意識を持ち、どう切り込むかを判断できるのは人間だけです。この「取材の価値」は絶対に変わらないし、変えてはならない私たちの根幹です。
ーー最後に、読者や未来の仲間へメッセージをお願いします。
若菜英晴:
私が社員に繰り返し伝えているのは、「昨日と同じ今日、今日と同じ明日ではいけない」という強い危機感です。過去の成功体験や古いビジネスモデルにしがみつくのではなく、時代に合わせて自らをアップデートし続けなければなりません。だからこそ、私は社内で「変わろうとしないことを恐れよう。変わらないことこそが怖いのだ」と強く呼びかけています。
伝統とは、単に古いものを守り抜くことではなく、絶え間ない新しい挑戦の積み重ねによって紡がれるもの。確かな情報を発信するという使命を胸に、デジタルの力も掛け合わせながら地域社会へ貢献していく。その変革のプロセスを共に楽しみ、挑んでくれる仲間たちと、下野新聞社の次なる時代を創り上げていきます。
編集後記
地方の保健室で見つけた小さな声が国を動かした経験。ジャーナリストとしての熱い矜持と、経営者として「前例踏襲」を打破する冷静な眼差しが、若菜氏の中には同居している。1世紀半近い圧倒的な歴史を持ちながらも、「変わらないことが怖い」と語り、デジタル領域への先進的な挑戦を続ける同社。確かなジャーナリズムの精神を土台に、未来へ向けてしなやかに形を変えていく「老舗報道機関」のさらなる進化に期待が高まる。

若菜英晴/1959年生まれ。早稲田大学卒業後、1982年に毎日新聞社へ入社。2012年、同社大阪本社編集局長。2020年、同社取締役西部本社代表。2022年、下野新聞社の代表取締役社長に就任。