※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

重量物の吊り上げに不可欠な「アイボルト」の国内トップシェアメーカー、浪速鉃工株式会社。同社は長年培った鍛造技術を核に、建設や産業機械など幅広い分野を支えている。この伝統ある企業を率いるのが、代表取締役の堀川忠彦氏である。一度は家業を離れ、海外での経験やファッション業界の最前線で活躍したユニークな経歴を持つ。家業復帰後は、守りの経営から攻めの経営へと大胆な改革を実行。さらに、製造現場で働く社員への思いから美容・健康事業を立ち上げるなど、その情熱はとどまるところを知らない。常識にとらわれない発想で企業を変革し続ける堀川氏に、その原動力と未来への展望を聞いた。

「一流」を知ることから始まったキャリア 家業に戻るまでの道のり

ーー社会人としての原点となった経験についてお聞かせください。

堀川忠彦:
もともと家業を継ぐ予定で、大学卒業後は英語力を磨くためアメリカへ留学しました。現地の大学を卒業し、帰国後はメガネフレームの専門商社に就職します。同社では最年少で昇進を重ねながら、世界中を飛び回り営業や開発、人事まで幅広く経験しました。特に、当時のオーナー社長から受けた影響は計り知れません。一流のサービスや立ち居振る舞いを肌で学ぶなかで、「お客様とは常に対等であれ」というオーナー社長の姿勢に強い影響を受けました。

また、お客様、協力会社様、そして同僚という三方にファンをつくることで仕事が円滑に進むという考え方も、深く心に刻まれています。最高の仕事をするための準備を怠らないという当時の学びは、今も私の信念となっています。

ーー家業復帰を決意された経緯について教えてください。

堀川忠彦:
前職では次期社長候補に名前が挙がるほどの評価をいただいていましたが、どれほど実績を積んでも、最終的な決断を下すのはオーナーでした。自身の力を最大限に試したい、もっとやれることがあるはずだという、有り余るほどの情熱をどこへぶつけるべきか葛藤していたのです。

そのような折、44歳のときに製造部門を経験して役員になった弟から「営業を強化したいから戻ってきてほしい」と誘いを受けました。この言葉が大きな転機となり、弊社への入社、そして六代目を継ぐ決意へとつながっています。

守りから攻めへ 情熱で実行した「社員が誇れる会社」づくり

ーー入社後、まずどのような改革から着手されたのでしょうか。

堀川忠彦:
入社後すぐに、全社的な意識改革に着手しました。まず取り組んだのは、会社の顔であるホームページと社員の制服の全面刷新です。さらに、オフィスの改装もしました。鉄鋼業界には昔ながらの堅いイメージがありますが、社員の家族が訪れた際に「こんなに綺麗なオフィスで働いているんだ」と誇りに思ってもらえる環境をつくりたかったのです。

また、それまでの「守りの経営」を脱し、年間10回ほど展示会へ出展、全国のお客様への訪問など、積極的に情報を発信する「攻めの営業」へと大きく舵を切りました。

ーー社員が働きやすい会社にするため、特に意識していることは何ですか。

堀川忠彦:
福利厚生にはかなり力を入れています。たとえば、会社が所有するクルーザーを社員が自由に予約して利用できる制度などを設けています。ほかにも、ホテルの最上階を貸し切る望年会は、ベストドレッサー賞や仮装大会を企画し、毎回大いに盛り上がるのが恒例です。

これらは単なるイベントではありません。前職で、経営者だけが楽しむ姿を見て抱いた違和感が原点にあります。だからこそ、弊社では「仕事には厳しく向き合う一方で、遊ぶときは思い切り楽しむ」というメリハリを大切にしたいのです。夏場にアロハシャツ着用を導入しているのも、常に遊び心を忘れないようにという思いの表れです。

ーー社内のコミュニケーションで最も重視されている考えをお聞かせください。

堀川忠彦:
「言葉を尽くすこと」を重視しています。言葉が足りないと意図が正しく伝わらず、組織として間違った方向に進んでしまう可能性があるからです。私自身、かつて教育係を務めていた経験から、自己開示を含めた丁寧な対話を心がけてきました。

特に管理職には、リアルタイムでの情報共有を徹底するよう厳しく求めています。現場の状況が即座に上がってこなければ、正しい経営判断は下せません。メンバー一人ひとりが経営者目線に立ち、迅速かつ正確に情報を共有し合える組織が理想です。

また、社員には感謝の言葉を伝える大切さも話しています。「ありがとう」というひと言は当たり前のことですが、非常に重要なことだと考えています。

国内トップシェアを誇るアイボルト事業の強みと未来

ーー貴社の主力製品における最大の強みは何だとお考えですか。

堀川忠彦:
鮮やかなオレンジ色が目を引く「マルチアイボルト」は、従来の常識を覆す画期的な製品です。これまでの「アイボルト」は構造上、真上にしか吊り上げられず、誤って横方向に荷重がかかると破損し、重大な事故につながる危険性がありました。

そこで、弊社が独自に開発したのが、横吊りや斜め吊りにも対応できる可動式の設計です。これは弊社の特許技術であり、建設現場や工場の安全性を格段に向上させるものとして、現在では国内シェア約55%を獲得するほど高く評価されています。

ーー事業拡大に向けてどのような改革に取り組まれてきたのでしょうか。

堀川忠彦:
商社任せの営業スタイルを改め、私自身がユーザーであるお客様のもとへ直接足を運ぶ同行営業を徹底しました。現場で「なぜこの製品が選ばれるのか」「どう使えばもっと便利なのか」を直接ヒアリングし、その声を写真や動画に収めていたのです。

得られた具体的な事例をもとに、導入を迷われている他のお客様へ「このように使えば安全です」と視覚的に提案を重ねました。現場特有の懸念を一つひとつ解消していく地道な活動でしたが、これが結果として、特殊商品であるマルチアイボルト事業の売上高を私の就任時から18倍にまで拡大しました。やり方次第で企業はいくらでも成長できるのだと、身をもって証明できたと思っています。

社員への思いが形に 異業種参入で生まれた美容・健康事業 「魔法の耳かきメディカルピック」

ーー現在、新たに挑戦されている取り組みについてお聞かせください。

堀川忠彦:
実は、本業の鉄工とは全く異なる美容・健康事業を立ち上げました。きっかけは、腰痛や関節の痛みに悩む製造現場の社員たちを何とかしたいと思ったことです。私自身、体の仕組みを一から学び資格も取得しました。自身のエネルギーを注ぎ込み、理想を形にしたいと考えたのです。

開発にあたっては、有効成分を浸透させる技術にこだわりました。半年かけて独自の特許技術を持つ企業を探し出し、納得できる品質を実現できたことが事業化の決め手です。完成したマッサージクリームは、元プロ野球選手の能見篤史氏をはじめ多くのアスリートにも愛用されており、鉄工で「安心・安全」を、この事業では「笑顔」を届けたいと考えています。

ーー最後に、今後の展望を見据え、どのような方と共に働きたいか教えてください。

堀川忠彦:
出身や経歴は問いませんが、常に「次は何をすべきか」を考え、自ら動ける好奇心旺盛な方を求めています。単に安定を望むのではなく、「この事業を任せてほしい」と言えるほどの気概が必要です。挑戦する意欲があれば、会社は成長の機会を惜しみません。

また、お客様や取引先、そして仲間のなかに「自分のファン」をつくれる方と共に働きたいと考えています。これは私自身が大切にしてきた信念ですが、周囲に応援してくれる人がいてこそ、大きな成果を上げられるからです。手間のかかる仕事や苦労を厭わず、ワクワクする気持ちで挑戦し続けられる方。そんな方と、これからの弊社をつくっていきたいと願っています。

編集後記

家業を継がず、海外や異業種で一流を学んだ経験。そのすべてが、現在の同社を力強く牽引する原動力となっている。堀川氏の言葉からは、現状に満足することなく常に高みを目指す圧倒的なエネルギーと、社員一人ひとりへの深い愛情がうかがえる。鉄工という伝統的な事業を基盤としながら、社員への思いから生まれた美容事業に果敢に挑む姿は、挑戦に年齢や業界の壁はないことを示している。苦労を厭わず、ファンをつくり、挑戦し続ける。同氏が体現するその姿勢は、新たな価値を創造しようとする人にとって、進むべき道を照らす一つのヒントになるのではないだろうか。

堀川忠彦/1962年4月9日大阪府生まれ。1984年3月日本の大学卒業、1987年5月米国の大学卒業。1987年6月株式会社ナカニシオプティカルに入社。アイウエアの開発から営業に携わり、世界各国の顧客を相手に幅広くビジネスを経験。2006年7月浪速鉃工株式会社に入社し、6代目社長に就任。2020年10月新規事業部としてNEO BRILLIANCE株式会社を設立。安心安全のものづくりを継承し続ける鉄工メーカーと安心安全の化粧品販売にも力を注ぐ。