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1924年の創業以来、水中ポンプの専業メーカーとして日本のインフラを支えてきた株式会社鶴見製作所。建設需要が減少する中、3代目として代表取締役社長に就任した辻󠄀本治氏は、下水道や海外市場へ舵を切り、売上高を拡大させた。「本業から逸脱しない」という先代の教えを守りつつ、部品製造の内製化や「スマッシュポンプ」の開発、M&Aなど次々と新たな一手を打ち出す。「何もしないことは最大のリスク」と語り、自律的に動ける組織をつくり上げてきた辻󠄀本氏に、改革の歩みと次なるビジョンをうかがった。

「夢がなかった」少年時代と無駄を憎み現場を歩いた青年期

ーーご自身のキャリアの原点について教えてください。

辻󠄀本治:
小学校4年生くらいの時に、「なぜ自分には夢がないんだろう」と悩んだ時期がありました。周りの友達は「プロ野球選手になりたい」「パイロットになりたい」と言っているのに、私だけ「ポンプ屋になる」と決まっていたからです。そのことを高校生だった姉に相談すると、「社長ってすごく面白いんだよ。白いキャンバスに自分で絵を描いて、みんなを動かして活躍できるんだから」と勇気づけてくれました。当時の私には、その言葉の真意はよくわかりませんでした。しかし、この言葉をきっかけに自分の中のわだかまりが消え、そこからは何の迷いもなく、まっすぐ家業を継ぐ道を歩んできたのです。

大学を卒業してすぐに家業に入りましたが、これからは海外ビジネスを伸ばさなければならないと考え、1年半ほどアメリカへ留学しました。帰国後は、工場、営業本部、管理部など、毎年のようにさまざまな部署をローテーションで回りました。

ーーさまざまな部署を経験されて、どのような気づきがあったのでしょうか。

辻󠄀本治:
行く先々で、社内の無駄を強く感じました。40年ほど前の話ですが、当時は月次決算などの計算書類を電卓を叩いてすべて手作業で作成していたのです。私は「こんな非効率なことはない」と考え、表計算ソフトを駆使して、2人で1週間かかっていた作業を1人で1日で終わるように改善しました。当時は20代半ばの若造でしたが、配属された先々の現場で先輩たちに働きかけ、業務改善を一つずつ積み重ねてきました。

現在でも執行役員から毎月報告を受けていますが、幅広い業務を経験してきたからこそ、彼らの抱える課題がよくわかりますし、的確なアドバイスができるのだと思います。その結果、32歳で取締役に就任し、40歳で社長を引き継ぐことになりました。

売上高40億円減のピンチを好機に 建設不況下で実行した大改革

ーー社長に就任された当時はどのような状況でしたか。

辻󠄀本治:
父の時代は、高度経済成長に伴う建設需要を確実に取り込み、19人の会社が820人の規模にまで成長し、東証一部(現・東証プライム)上場も果たしました。当時、弊社は建設向けの水中ポンプで8割のシェアをもっていました。しかし、私は「建設向けに依存していては会社の伸びしろがない」と強い危機感を抱き、専務や副社長時代から、下水道や官公庁などの設備市場へ参入するよう社内に働きかけたのです。ところが、当時は建設ラッシュの真っ只中で「今の建設向けの営業だけで十分数字は達成できる」と、現場はなかなか動きませんでした。

ーーそこからどのようにして改革を進められたのでしょうか。

辻󠄀本治:
私が社長に就任した1998年は、証券会社の破綻などを機に深刻な建設不況が始まった年です。建設需要の落ち込みで、弊社の売上高も一気に40億円近く減少しました。しかし、私はこれを「最大のチャンス」と捉えました。「建設向けが悪くなった今だからこそ、社員を説得して新領域に展開しよう」と考えたのです。そこから、温めていた新製品や新しい仕組みを一気に発表し、全国の支店や営業所を伝道師のように飛び回って方針を浸透させました。建設業界の同業他社が赤字に転落する中、弊社は設備業界に徐々に浸透し、V字回復を遂げることができました。ピンチの時こそ、会社を新しい方向へ舵を切る絶好のタイミングだったのです。

ーー「本業に徹する」という教えについてお聞かせください。

辻󠄀本治:
私が副社長の頃、バブル真っ只中で経営者はこぞって株式投資をしておりました。父も例外なく株式投資を行っており、かなりの利益も出していました。しかしある日突然、「今日で株は全部やめる」と言い出したのです。理由を聞くと、「こんなことで儲けるのを見て社員が浮き足立ったら、本業がおろそかになる。ポンプを1台ずつ売って利益を積み重ねるのがツルミの本来の商売だ」と。会社が大きくなると別の事業に手を出したくなるものですが、私はこの「本業に徹する」という父の言葉を一番の心に留めています。

ポンプから逸脱した商売は一切やらない。しかし、何もしないことは最大のリスクですから、本業の枠組みの中で毎年必ず新しい動きをつくり出すことを心がけてきました。その結果、かつて8割を占めていた建設向けの売上高は減少させずに設備向けを拡大し、現在の販売比率は建設:設備で4:6になるという事業ポートフォリオに転換してきたのです。

海外市場の開拓と他社が真似できない一貫体制の構築

ーー海外展開について当時の状況を教えていただけますか。

辻󠄀本治:
当時社内では、海外事業は「二の次扱い」されていました。国によって電圧もコンセントの形状も異なるため、工場からは「生産が面倒だ」と後回しにされていたのです。しかし、これからの成長には海外市場の開拓が不可欠です。私は工場の意識改革を強く促し、海外向け製品の標準化を進めさせました。弊社の強みは圧倒的な「耐久性」です。過酷な現場で使われる建設用ポンプで培った耐久性は、海外でも高く評価されています。

その証に、各国でポンプメーカーが存在するEU市場でも、耐久性が評価され建設市場では25%のシェアを獲得しています。中国の現地工場でも、地場サプライヤーから部品を調達してコスト競争力を高めるなど、各地域の戦略を緻密に練り上げ、かつて20億円程度だった海外売上高を10倍以上にまで引き上げることができました。

ーー製造の現場ではどのような工夫をされていますか。

辻󠄀本治:
他社に頼らず、自前でやるための大規模な投資を進めています。日本の産業構造が変化し、鋳造業者が激減する中で、弊社は部品調達を外部に依存し続けることに危機感を持ちました。そこで、2018年には砂型プリンターを導入し、木型レスでの鋳造技術に挑戦しました。

さらに、調達のネックとなっていたモータについても、大手モータメーカーの動向に左右されないよう、自社での内製化を進めました。2025年には京都工場の隣接地に新しいモータ工場を稼働させ、最新の工作機械を導入して20時間の連続無人稼働を目指しています。鋳造からモータまで、すべてを自前で手がける一貫体制こそが、他社には真似できない弊社の最大の強みです。

ーー過去の企業買収(M&A)で、特に今後の飛躍の原動力となった出来事はありますか。

辻󠄀本治:
2004年の民事再生手続きに入っていた株式会社粟村製作所の買収です。同社は官公庁向け市場で1000カ所ほどの導入実績を持っており、弊社の総合力と合わせれば、その卓越した技術資産を再生させ、さらなる事業拡大が可能になると確信していました。

しかし、最大の難関は会長である父でした。父は「潰れる会社には理由がある。なぜわざわざ火中の栗を拾いに行くのか」と大反対したのです。鶴見製作所は、当時でも自己資本比率が70%以上あり、銀行に頼らずとも社内からすぐ資金を出せる強固な財務体質でした。それを築き上げたのは、祖父であり父でした。もちろん私は既に代表権もあり、独断で進めることはできましたが、父が嫌がることに父の承認なしで強引に進めることは自分としても嫌でした。

私は粘り強く議論を重ねて父を説得し、ようやく承諾を得ました。買収後は60億円以上の設備投資を行い、建屋から工作機械まですべてを刷新。それまで資金不足で新しい機械が導入できず、持てる技術を十分に発揮しきれなかった現場の職人たちが、存分に腕を振るえる環境を整えたのです。この決断が、現在の弊社の大きな成長へとつながっています。

絶対に詰まらない「スマッシュポンプ」と買収がもたらす未来

ーー最近の製品開発で特に注目されているものはありますか。

辻󠄀本治:
2021年に発売した「スマッシュポンプ」が非常に好評です。これは、下水道で布やゴミが絡まってポンプが停止してしまうという長年の課題を解決した製品です。私たちが考案した特殊な羽根の形状により、タオルや分厚いゴム手袋、ロープなどが流れてきても、スマッシュ機構が能力を発揮し詰まりをほぼゼロにしました。他社製のポンプを導入していたある下水処理場では、1日2回も詰まり、そのたびに重いポンプを引き上げて清掃するという過酷な作業が発生していました。

しかし、弊社の「スマッシュポンプ」に入れ替えてからは、1年半にわたり一度も詰まっていません。「下水道展」(※)【技術フォーカス部門】にて2年連続で優秀出展者賞を受賞し、業界の注目製品となっています。作業員の負担を劇的に減らすこの技術は、人手不足が深刻化する現代において、計り知れない価値を生み出すと確信しています。

(※)下水道展:地方公共団体等を対象に、全国の下水道関連企業(団体)の技術開発の成果に基づき、下水道に関する幅広い分野の最新技術・機器等を展示紹介する、下水道に関する展示会。

ーー直近のM&Aの狙いについてお聞かせください。

辻󠄀本治:
2026年に買収したのは、大型ポンプのレンタルと整備に強みを持つ、業歴68年の名古屋の会社です。メーカーとしてよい製品をつくるのはもちろんですが、今後はポンプの据え付けや修理といったメンテナンスの分野では深刻な人手不足が起こります。若い世代が現場作業を敬遠する中で、インフラを維持するためには、メーカー自身がサービス体制を強化しなければなりません。今回のM&Aにより、自治体などのお客様に対して、製品の提供だけでなく、据え付けから整備までの一貫したサービス網を構築できるようになります。弊社の工場で働く人材と連携し、メンテナンス部門を強化していくことで、お客様の満足度をさらに高めていく計画です。

この買収に際しては、私自身が直接仲介会社とやり取りをし迅速にこの話を進め、発表後は既存のお客様に不安を抱かせることのないよう丁寧に説明して回りました。

さらなる飛躍への原動力 社員が活き活きと働ける会社へ

ーー最後に、今後のビジョンと組織づくりへの思いをお聞きかせください。

辻󠄀本治:
国内の人口が減少しても、下水道や水道のインフラ更新需要は必ず存在します。国内市場を主戦場と定め、これまでの実績を武器にシェアをさらに拡大していきます。同時に、インドや南米など未開拓の海外市場へも積極的に進出し、現地の販売代理店を買収するなどの戦略でグローバル展開を加速させます。

そして、こうした戦略を実行するのはすべて「人」です。どんなにIT化が進んでも、商売の基本は人と人とのつながりです。社員同士が互いを知り、真の連携を取れる風土があってこそ、会社は成長し続けることができます。実は来年、全社員を集めて大規模なパーティーを開催する予定です。12年前の90周年の際にも、素晴らしい歴史を築いてくれた父に感謝状を渡すことを最大の目的とし社員932名が集結した大規模な式典を開きました。当時は、会場が感動の涙に包まれました事を記憶しています。

今の若い世代は会社の行事を敬遠しがちだと言われますが、その逆境を何とか克服しパーティーを成功させ、同じ気持ちを持った人間が集まる喜びを感じてもらえるようにしていきたいと思っています。私の信条として、これからも現場との距離を近く保ち、社員一人ひとりが活き活きと働ける会社をつくっていきたいですね。

編集後記

創業100年を超える老舗企業でありながら、常にベンチャーのような機動力で変革を続ける鶴見製作所。インタビューを通じて最も印象的だったのは、辻󠄀本社長の社員に寄り添う温かな人柄だ。自ら現場のあらゆる部署を経験し、社員の喜びや痛みを分かち合ってきたからこそ、誰もが活き活きと働ける環境を築けるのだろう。全社員を喜ばせるためのパーティーを笑顔で語るトップの優しさが、強固な組織力を生んでいると感じた。日本のインフラを支える大黒柱として、同社の飽くなき挑戦はこれからも続く。

辻󠄀本治/1957年大阪府生まれ。1980年に同志社大学工学部を卒業後、株式会社鶴見製作所に入社。取締役経理本部経理管理部長、専務取締役営業本部長、取締役副社長兼開発部門統括などを経て、1998年6月に代表取締役社長に就任。「何もしないことが最大のリスク」を信条に、ポンプ技術を通じて地球環境に貢献すべく、未来を見据えながら新たな道を切り開き、2025年にチリに現地法人を開設。積極的なグローバル展開を推進している。