※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

出版から書店、図書館運営まで、「知」の生成から流通までを一貫して担う独自の立ち位置を築く、丸善CHIホールディングス株式会社。同社は自らを「知のインフラ企業」と定義し、デジタル化や社会構造の変化といった時代の要請に応えるべく、新たな挑戦を続けている。大日本印刷株式会社(DNP)で長年、研究開発やネットとリアルの融合事業に携わってきた経験を持つ代表取締役社長、五味英隆氏に話を聞いた。同氏が描く「10年後になくては困る企業」の姿、そしてその根底にある学び続けることへの思いから、知の未来を展望する。

DNPの研究職から書店改革へ 技術で挑んだ「本」の未来

ーーどのようなキャリアからスタートされたのですか。

五味英隆:
私は理系の物理専攻で、プログラミングが得意だったことから、1986年にDNPの研究所へプログラマーとして入社しました。当時はちょうど印刷業界のデジタル化が始まった頃でしたので、紙をベースにしていた編集工程をデジタル機器での処理に移行する業務などを担当することになったのです。

もともと本が好きでしたから、その制作現場に携われることに大きな面白さを感じていたことを懐かしく思います。刷り上がったばかりの雑誌が一面に並ぶ光景を目の当たりにし、多くの人が関わって一冊の本が作られているのだと感動したことは、今でも忘れられません。

ーーこれまでのキャリアで、特に印象に残っている仕事はありますか。

五味英隆:
印象深いのは、CG事業の立ち上げと、ハイブリッド型総合書店「honto」での取り組みです。CG事業では、携帯電話の新モデル発売に向け、実機完成前にプロモーション画像を用意する必要がありました。そこで、設計用CADデータから直接CGを生成する手法を考案しました。不足技術を補うべく、ハリウッドやドイツの企業へ協業を打診するなど世界中を奔走し、多様な人材と共に価値を創造した経験は大きな糧となっています。

その後の「honto」では、ネットとリアル店舗の融合に注力しました。共通ポイントの導入や、購入履歴を一元管理する「本棚機能」の構築など、双方をつなぎ、新たな本との出会いを創出する仕組み作りに挑戦しました。

10年後も日本に不可欠な企業へ 知的好奇心を武器にイノベーションを

ーー貴社社長に就任されてから、まずはどのようなことに着手されたのでしょうか。

五味英隆:
まず取り組んだのが、初の中期経営計画の公表です。グループ全体として、中長期的にどう成長していくのかという戦略が十分に共有できていないという課題感があったことが背景にあります。そこで、5年後の目標を明確にするとともに、出版から流通までを担う独自の立ち位置を生かし、新しいことに挑戦することで持続的な成長を実現する方針を示しました。

これらを通じて目指すのは、10年後もその先も「日本に丸善CHIホールディングスがなかったら困る」と言われるような企業になることです。私たちが担う「知のインフラ」をより確固たるものにするため、事業会社間の連携をさらに進めていきます。書店や図書館、大学といったネットワークを組み合わせることで、地域創生などの新たな価値を生み出し、環境の変化に合わせて柔軟にサービスを提供していく考えです。

ーーこれまでのご経験を通じて、変わらずに大切にされている価値観は何ですか。

五味英隆:
「日々鍛錬して来たるべき機会に備えよ」という言葉を大切にしています。人は誰しも、自ら学び続けなければいけないというのが私の信念です。私自身、今もサックスを習いに音楽教室に通っていますが、いくつになっても、自分より優れたものを持つ人から吸収しようとする謙虚な姿勢がなければ、新しい知を積み上げることはできません。そして、学びの根源にあるのは知的好奇心です。現状に対して疑問を持つこと。イノベーションはそこから生まれるのだと思います。

日本の歴史を振り返っても、海外から新しい文化や技術を取り入れ、独自の形に昇華させてきました。この知的好奇心こそが日本の強みであり、その知の文化を未来につないでいくことが私たちの責務です。

「知のインフラ」を次代へ 生成から流通まで担う独自の再設計

ーー改めて、貴社の事業内容と特徴を教えてください。

五味英隆:
弊社はホールディングス体制をとっており、その下に複数の事業会社を展開しています。一般の方向けに書籍や文具などを販売する株式会社丸善ジュンク堂書店、大学図書館向けの蔵書販売や運営、教科書販売などを担う丸善雄松堂株式会社、そして主に公共図書館の運営受託や書籍販売を行う株式会社図書館流通センターの3つが大きな事業の柱になっています。その他、理工系分野中心の専門書を刊行する丸善出版株式会社、会計・税務に関する電子専門書籍の読み放題サービスを運営する株式会社丸善リサーチサービスもあります。

このようにコンテンツを作る出版から、書店、図書館や大学というリアルな場でのお客様との接点に加え、デジタル化時代における新たな接点まで、知の生成から流通までをグループ全体で設計できるのが最大の強みです。同業界の中でも、非常に幅広い領域で事業を展開していると自負しております。

ーーなぜそこまで事業を展開されてきたのでしょうか。

五味英隆:
私の中では、端的に言えば「知のインフラ」としての役割を担うというイメージを持っています。

書店や図書館が社会からなくなることは考えられません。出版業界が厳しい状況にある中でも、このインフラを維持し、発展させていくのが私たちの使命です。そして、そのインフラの形も時代とともに変化させていかなければなりません。かつては紙が中心でしたが、今はデジタルもありますし、知の源泉は本だけではないのです。多様な形で知を味わう楽しさを届けられるよう、知の流通を再設計していく必要があると考えています。

ーー新たに取り組んでいることがあればお聞かせください。

五味英隆:
大きくデジタル、地域創生、事業多角化の3点に注力しています。まずデジタル分野では、2023年に会計・税務書籍の読み放題サービス「丸善リサーチ」を開始しました。公認会計士や税理士といった実務家の方々にとって、膨大な紙の書籍から必要な情報を探し出す作業は非常に大きな負担です。そこで、デジタルならではの「検索性」という強みを活かし、キーワードひとつで必要な解説へ容易にたどり着け、引用機能などにより業務効率化を支援しています。また、このサービス形態をIT分野にも展開し、2025年に設立した合弁会社であるテックリブ株式会社において、ITエンジニア向けの技術書籍読み放題サービスを開始し、ITエンジニアの人材育成をサポートしています。

地域創生に関しては、福井県敦賀市の公設民営書店「ちえなみき」が象徴的な例です。従来の図書館や書店のようにジャンルごとに本を並べるのではなく、独自の「テーマ別編集」を施すことで、探していた本以外の未知なる知識と出会える空間をつくり上げました。自治体が持つ地域インフラと、私たちが培ってきた選書・運営のノウハウを掛け合わせることで、人が集う新たなコミュニティの場を創出しています。

事業多角化の面では、大阪・関西万博のオフィシャルショップ運営を受託しました。出版業界が厳しい状況にある中、紙の書籍販売だけに頼るのではなく、本に登場するキャラクターを軸としたグッズ展開など、収益性の高いモデルへの転換を急いでいます。これまで「EHONS(エホンズ)」などの運営で積み上げてきた雑貨・文具などの物販の知見が、万博という国家的なプロジェクトにおいても高く評価されました。今後も人が集まる場において、知を味わう楽しさを多様な形で届けていく考えです。

編集後記

DNPでデジタル技術の最前線に立ち、ネットとリアルの融合を模索してきた五味氏。その経験は、歴史ある出版・流通の世界に新たな視点をもたらしている。同氏が体現する学び続ける姿勢は、個人の成長のみならず、変化の激しい時代を生き抜く企業戦略そのものだ。書店や図書館という「場」の価値を再定義し、デジタルや地域創生といった新たな領域へ果敢に挑む姿は、日本の「知のインフラ」の未来を明るく照らしている。

五味英隆/1960年生まれ、愛知県出身。早稲田大学大学院卒業後、1986年大日本印刷株式会社に入社。2014年同社hontoビジネス本部副本部長、丸善CHIホールディングス株式会社執行役員経営企画部長、2015年同社取締役、2019年常務取締役などを経て、2023年4月代表取締役社長に就任。「知は社会の礎である」の価値観のもとに、社会への貢献と持続的成長の実現のため、次の時代を見据えた変革に取り組んでいる。