
福島県いわき市および双葉郡の9市町村をホームタウンとし、日本のサッカー界に新たな旋風を巻き起こしている「いわきFC」。運営する株式会社いわきスポーツクラブの代表取締役、大倉智氏は、Jリーガーとしての現役引退後、日本サッカー界の未来を見据え、スポーツ経営を学ぶためにスペインの大学へ進学し、その後、Jリーグに加盟するプロサッカークラブの要職を歴任した異色の経歴を持つ。東日本大震災での葛藤を経て、なぜゼロから「いわきFC」を立ち上げたのか。そこには、被災地の思いを背負う確固たる覚悟と、スポーツを通じた人づくり・まちづくりへの並々ならぬ情熱があった。
スペインでの学びと「負け方が大事」という教訓
ーー現役引退後、指導者ではなく経営の道へ進まれた理由を教えていただけますか。
大倉智:
現役時代から、経営者がプロフェッショナルでなければ日本のサッカー界は悪くなってしまうという危機感を持っていました。日本サッカー界の未来を見据えた時、引退後は指導者ではなく、スポーツビジネスやマーケティングを学ぶ必要があると考えたのです。
当初はアメリカへ渡ったのですが、偶然母が、元オランダ代表のサッカー選手、ヨハン・クライフがスペインでスポーツマネジメントを学べる大学を立ち上げたという記事を見つけ、送ってくれました。その記事を読み「これだ!」と直感し、すぐに連絡してスペインのヨハン・クライフ国際大学へ進学しました。そこで得た学びと人との出会いが、その後の私のキャリアの大きな財産になっています。
ーー帰国後はどのような道を歩まれ、どんな教訓を得たのでしょうか。
大倉智:
帰国後、セレッソ大阪で統括ディレクターを務めることになりました。32歳という若さでの就任だったこともあり、現場ではさまざまな失敗も経験しました。チームの成績が上がったり落ちたりする中で痛感したのは、「負け方が大事」ということです。当時は上手くいかないと「選手が期待通りに動かない」などと嘆いていましたが、重要なのはそこではありません。クラブとして何を目指し、どんなフットボールをするのかという確固たるビジョンを持つこと。そして、それに合う監督や選手を選ぶという組織づくりの重要性、つまり「会社経営と同じレイヤー」での整理が必要なのだと気づきました。
震災での葛藤と被災地の思いを背負う「覚悟」
ーーその後、なぜいわき市でゼロからクラブを立ち上げるに至ったのですか。
大倉智:
その後、湘南ベルマーレの社長に就任したのですが、私にとって大きな転機となったのは2011年の東日本大震災でした。震災でJリーグがストップした時、「自分のやっているスポーツの仕事は社会に必要とされていないのではないか」と強い葛藤と無力感に苛まれました。しかし時間が経つにつれ、やはりスポーツの力は社会に必要だと再認識したのです。
そんな時、「アンダーアーマー」の日本総代理店である株式会社ドームの安田秀一氏(現 いわきFC オーナー)と再会しました。彼は震災復興のためにいわき市に物流センターを作り、地域経済を活性化させようとしていました。彼らと共に「スポーツを通じて社会価値を創造する」をミッションに掲げ、復興の一助となるクラブをつくろうと決意し、2015年に「いわきFC」をゼロから創設したのです。
ーークラブ運営において、スタッフや選手に求めていることは何ですか。
大倉智:
「覚悟」です。クラブが設立されてから約10年が経ち、当時のことを知らない新しいスタッフや選手も増えました。だからこそ、クラブ設立の経緯を決して忘れず、「なぜこのクラブができたのか」「どんな思いでつくられたのか」を毎年必ず伝えています。被災者の方々が全てを失った場所に私たちが入り、スポーツで復興を掲げていること。その重みと、「応援されることは当たり前ではない」という感謝を絶対に忘れてはいけません。スタッフや選手に対して、被災地の思いを背負って働く「覚悟」を求める人材育成こそが、私たちの組織の根幹です。
新スタジアム構想と「浜の光」となる未来

ーー次に見据えている展望はありますか。
大倉智:
この10年間、ゼロからスタートした私たちを信じ、共に歩んでくださったファンやスポンサーの皆様の存在こそが、クラブの最大の財産です。その強固なつながりという土台ができた今、次なるブレイクスルーとして「民間主導による新スタジアムの建設」に注力していく方針です。
行政に頼りきりになるのではなく、私たちが事業主体となり、資金調達も含めてイニシアチブを取ります。この新スタジアムは、単にサッカーの試合を行う場ではなく、市民の生活向上、教育の発展、そして防災機能も兼ね備えた「スポーツコンプレックス」として、他業種や地域と連携するまちづくりのハブとなることを目指しています。地域の子どもたちが主体となって意見を出し合う「ユースプロジェクト」を立ち上げるなど、プロセスの段階から住民の皆さんと対話を重ねています。「地産地消でみんなでつくる」という当事者意識を醸成しながら、日本スポーツ界の新しいモデルケース確立に挑戦しています。
ーー最後に、貴社が目指す目標についてお話しいただけますか。
大倉智:
将来的にはJ1昇格も視野に入れていますが、それはあくまで一つの手段であり、結果に過ぎません。私たちの最大の目的であり永遠にブレない軸は、「スポーツを通じて社会価値を創造し、人づくり・まちづくりに貢献すること」です。私たちは「浜を照らす光であれ」という夢を掲げています。時代と共に移り変わる地域課題に真正面から向き合い続け、「いわきFC」が浜通りの人々にとっての「生きる光(道しるべ)」であり続けることこそが、弊社の描く未来への揺るぎない目標です。
編集後記
スポーツビジネスの最前線を駆け抜けながらも、その視線は常に「地域」と「人」に向けられている大倉氏。東日本大震災という未曾有の危機に対し、自らの葛藤や無力感と向き合い、そこから「スポーツを通じて社会価値を創造する」という揺るぎない信念を紡ぎ出したプロセスに強く心を打たれた。「負け方が大事」という冷静な経営視点と、被災地の思いを背負う熱い「覚悟」。この2つを併せ持つ「いわきFC」が、新スタジアム構想を通じてどのような未来のまちづくりを実現していくのか。日本のスポーツ界に新たな歴史を刻むその挑戦から、今後も目が離せない。

大倉智/1969年、神奈川県川崎市出身。東京・暁星高校時代、全国高校サッカー選手権大会に出場、早稲田大学時代、全日本大学サッカー選手権大会で優勝。日立製作所、ジュビロ磐田、ブランメル仙台、米国ジャクソンビル・サイクロンズでプレーし、1998年に現役引退。引退後はスペインのヨハン・クライフ国際大学でスポーツマーケティングを学び、セレッソ大阪でチーム統括ディレクター、湘南ベルマーレで社長を務めた。2015年12月、株式会社いわきスポーツクラブを共同設立し、代表取締役に就任。