※本ページ内の情報は2026年4月時点のものです。

創業から約50年、日本の音楽文化を根底から支えてきた株式会社池部楽器店。同社は現在、単なる新品と中古の楽器販売にとどまらず、それにエンターテインメントをかけ合わせた独自の「イケベフライホイール」構想のもと、組織のハイブリッド化と事業の大胆な変革を強力に推し進めている。異業種での多彩な経験を持ち、「雑種は強い」と力強く語る代表取締役社長の田中義章氏に、老舗楽器店が果敢に挑む次なる50年への生存戦略と、未来の音楽業界に対する熱いビジョンについて詳しくうかがった。

エンジニア出身の論理的思考とアパレル小売の感性「雑種は強い」という経験則

ーーまずは、これまでのご経歴についてお聞かせください。

田中義章:
私はもともとエンジニア出身で、「AI元年」と呼ばれた1985年頃には人工知能のプログラムを書いていました。その後、小売業や中南米のカラフルな雑貨・アパレルを扱う事業などを経験しました。全く異なる領域を歩んできましたが、実は私の中には「雑種は強い」という経験則があります。製造業やITの知見と、小売業の経験の血を掛け合わせることで、新しいイノベーションが生まれやすくなるからです。

ーーアパレルなどでのご経験は「楽器」という商材にどう結びついたのでしょうか。

田中義章:
中南米の伝統的な衣服は非常にカラフルで、身に着ける人をハッピーにする力があります。池部楽器店に来てギターを見たとき、手作業で丁寧に磨かれ、美しく塗装されたその姿が、アパレル時代に扱っていた伝統工芸品と全く同じだと感じました。人をワクワクさせ、ハッピーにするプロダクトであるという点で、私の中で両者は完全につながったのです。また、弊社の創業時、創業者が小さな店舗の地下にスタジオをつくり、お客様が演奏を楽しめる場を提供していましたが、この「楽しければ人が集まり、栄える」という創業当時のDNAも、現在の私たちのエンターテインメント戦略と本質的に同じだと感じています。

「1年で9割が辞める」課題への挑戦 挫折を防ぎ循環を生む仕組みづくり

ーー現在の事業戦略の核となる部分を教えてください。

田中義章:
楽器業界には「ギターを買った人の9割が1年後に辞めてしまう」というデータがあります。せっかく楽器を始めても、弾けずに挫折してしまうのです。この課題を解決するために私たちが特に注力するのは、事業の探索領域であるエンターテインメント事業の自走化です。ライブや配信、イベントを通じて「楽器を演奏する楽しさ」を提供し続けることで、プレイヤーの挫折を防ぎ、新品・リユースの循環を生み出します。

ーーそれが貴社の成長モデルにつながる仕組みになっているのでしょうか。

田中義章:
そうです。演奏を長く楽しく続ければ、新しい機材が欲しくなり、古い機材は中古として循環します。新品、中古、そしてエンターテインメント。この3つを連動させる循環モデルを「イケベフライホイール」と呼んでいます。

楽器専門店が一堂に会した旗艦店であるのと同時に、エンターテインメント・カルチャーの発信基地としての側面も持つ、音楽・楽器の次世代型ストア
イケシブ(IKEBE SHIBUYA)1階 世界最大規模のエフェクターペダル2000台規模を展示している音作りの公園「WORLD PEDAL PARK(ワールドペダルパーク)」

「楽器屋」からエンタメ企業へ 次なる50年を描く組織改革

ーー組織面ではどのような改革を行ってこられましたか。

田中義章:
私が就任した当初は店舗ごとの運営が中心で、本社機能がほぼない状態でした。そこで、マーケティングや広報、そしてエンターテインメントを専門に担うチームを立ち上げ、本部機能を大きく強化しました。

また採用面では、他業界から来た中途採用者を引き入れ、組織に多様性を持たせています。長年楽器店で働いてきたベテラン社員の知見と、異業種出身者の新しい知見を混ぜ合わせることで、組織もハイブリッドになるのです。また、社員がAIエージェントの開発など、新しいことに主体的に挑戦できる環境を整備しました。こうした新しい刺激と挑戦の機会があるからこそ、社員一人ひとりがやりがいを感じ、ワクワクしながら働ける環境が実現できると考えています。

ーー最後に今後のビジョンをお話いただけますか。

田中義章:
2030年に向けて掲げるのは、「イケベフライホイール」を高速で回転させ、売上高100億円を優に超える高収益体質を実現すること。そして、社員、お客様、取引先のすべてがハッピーになる「みんなが豊かになる経営」の具現化です。人間が存在する限り、音楽が持つ癒しや安らぎの機能は不可欠です。将来的には、音楽が持つ癒やしや安らぎの機能を社会に提供し、人々の心を健康にする存在になることを目指しています。

合言葉は「Rock the Future-未来を揺さぶれ-」。ここでいう「ロック」とは、音楽ジャンルの話ではなく、「揺さぶる」「揺り動かす」という言葉本来の意味に則り、既存の楽器店の概念や、まだ見ぬ未来を自分たちの手でダイナミックに変えていくという、私たちの挑戦の姿勢を象徴しているのです。昭和から続く「楽器屋」という定義を自ら塗り替え、新しい時代のエンターテインメント企業として、弊社は次なる50年へと力強く突き進んでいきます。

編集後記

「雑種は強い」という田中氏の言葉からは、多様な経験を論理的に結びつけ、業界の常識を覆そうとする強い意志が感じられた。創業時から受け継がれる「楽しさ」のDNAを、現代のテクノロジーとエンターテインメントという形で再定義し、「イケベフライホイール」として回し続ける。単なるもの売りから脱却し、人々の心に豊かさを提供する同社の挑戦は、斜陽と言われる業界に確かな希望の光を灯している。

田中義章/2019年7月、株式会社池部楽器店に取締役社長室長として入社し、10月に同社代表取締役社長に就任。松下電器産業出身。「衆知を集める経営」の実践者。20年超にわたりさまざまな分野の事業再生に取り組む。池部楽器店では「イケベビジョン2026:みんなが豊かになる経営」の創造に向け社員と共に奮闘中。2021年3月、旗艦店「イケシブ(IKEBE SHIBUYA)」を開業。エンターティンメントと楽器小売を融合した次世代型楽器ストアを構築。