※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

1980年代から熱処理分野の最前線を走る株式会社日本テクノ。2025年に日立建機株式会社と共同実証した「常圧スマート浸炭技術」は、CO2排出ゼロを実現する革新的な技術として注目を集めている。航空工学の素養と探究心で裏方技術を磨き上げた代表取締役社長の椛澤均氏は、その功績から2025年に叙勲の栄に浴した。従業員50人規模で世界を相手にするドイツの中小企業をモデルに、量を追わず「ニッチトップ」を目指す同社の戦略と、属人的なブランドから次世代組織への変革について、力強いビジョンをうかがった。

40年貫いた裏方技術への自負と日本初の重み

ーー長年トップを走り続けるその原動力は何ですか。

椛澤均:
私の根本にあるのは、経営者である前に開発者としての探究心です。もともと大学では航空工学を学んだ経験もあり、最先端技術には常に興味を持っていましたし、前職でも15年ほど研究開発や設計に携わりましたが、当時から新しいものをつくることが好きでした。こうした姿勢は若い頃から変わらず、専門書に毎月数万円を投資し、知識をアップデートしています。叙勲という評価をいただきましたが、それを看板にして偉そうにするつもりもありません。あくまで技術者として現場に立ち続ける謙虚な姿勢を保ち、常にお客様のパートナーとして対等に向き合うことを大切にしています。

ーーその知見が日立建機と共同実証された「常圧スマート浸炭技術」につながっているのでしょうか。

椛澤均:
まさにその通りです。私たちが長年蓄積してきた独自の知見があったからこそ、8年もの歳月をかけて共同開発し、実現することができました。

熱処理はものづくりにおいて地味で裏方とされる分野ですが、日本のものづくりを支える根幹であるという誇りを持っています。従来の設備では大量のガスや電気を使い、CO2を多く排出していました。そこで、真空ではなく常圧に近い環境下で、アセチレンガスなどを制御しながら熱処理を行う技術を確立したのです。これは、CO2排出ゼロ(脱炭素)という「時代の要請」と、弊社の「真空技術へのこだわり」が合致した結果でもあります。

もともと真空の技術と熱処理の技術は、それぞれ専門が分かれていました。しかし、小さな会社である弊社は両方を手がける必要があったため、ならば「いいとこ取りをすればいい」と考え、アセチレンガスの制御などを用いた独自の知見を蓄積してきたのです。他社が模索するなかで一歩先を行けたのは、こうした長年の実験による裏付けがあったからだと自負しています。さらに、単なるエコではなく、無人操業も可能になり、現場が納得するコストや合理性を伴うからこそ受け入れられる、経済合理性の高い技術なのです。

「やってみな」で挑戦を促す 個人商店から組織ブランドへ

ーー組織のあり方として、理想とされている姿をお聞かせください。

椛澤均:
ありがたいことに、お客様からはよく「椛澤に電話すれば解決する」と言っていただけます。私個人を頼りにしていただけることは誇りでもありますが、私自身は、本音を言えば「ナンバーツーが好き」という特異な経営観を持っています。これは、トップとしての権力を振るうことよりも、現場で「新しい価値を生み出す技術者・開発者であり続けたい」という思いが根底にあるからです。だからこそ、会社を単なる個人商店にしたくありません。属人性から脱却し、次世代リーダーへ判断を委譲して組織としてのブランドへ転換していく過渡期にあると考えています。

ーー社内の風土づくりで意識されていることはありますか。

椛澤均:
「やってみな」「大したことないよ」と、まずは全肯定の姿勢で声をかけるようにしています。致命傷にならない程度の失敗なら許容し、経験として次に活かせばいい。これは、私が若い頃に「机に向かっているだけでは何も生まれない。やって失敗しても知見が得られる」と教わったことでもあります。上下関係を意識せず、挑戦を促し、出る杭をどんどん伸ばしていくのが弊社の社風です。

戦略的なマーケット設計とニッチトップの志

ーー今後の事業戦略において、どのようなマーケットを狙っていくのですか。

椛澤均:
過去にドイツの中小企業を視察して学んだのですが、彼らは50人ほどの規模でもオリジナルの技術を持ち、世界を相手にする「設備産業の戦い方」を実践していました。弊社もむやみに規模を拡大して焦点をぼかすのではなく、少数精鋭で独自の強みを磨く「ニッチトップ」を目指しています。ターゲットを明確にし、難易度の高い油圧関係や、核融合、航空宇宙といった先端分野へのテーマチェンジを図っているところです。

ーーあえて「量を追わない」という経営スタイルを貫くのはなぜでしょうか。

椛澤均:
設備産業は景気の変動を受けやすいため、固定費を抑えつつ品質を高める必要があるからです。そのため弊社では、自社工場では材料から溶接まで一貫してつくり込み、現地での工期を短縮する体制を整えました。いたずらに広げすぎるのではなく、技術の密度を高め、実直に「中身のいい会社」であり続けたいと考えています。

ーー最後に今後のビジョンをお話いただけますか。

椛澤均:
技術は日々進歩していますが、「製品を長持ちさせる(防錆・耐摩擦)」という、ものづくりの本質的な価値は絶対に譲りません。この不変の魂を持ち続け、耐久性を高めることで、結果的に環境負荷も減らせます。「熱処理なら日本テクノ」と真っ先に名前が挙がるような存在を目指したい。そんな思いでブランディングを強化しています。そして、欧州などの環境規制が厳しい市場を見据えていきたいと考えています。ただ、私たちだけで全てをまかなうには限界があります。これからは協力会社やマーケティングの専門家ともパートナーシップを組み、弊社の技術の認知を広め、広く社会実装していくことが目標です。

編集後記

40年にわたり裏方技術を極めてきた椛澤氏の言葉には、技術者としての揺るぎない誇りと、次世代へバトンを渡そうとする温かな眼差しが同居していた。「偉そうにしない」という謙虚さと、「やってみな」と背中を押す度量。その風土こそが、日本初となる革新的な技術を生み出す土壌なのだろう。「ニッチトップ」として世界を見据える同社が、今後どのようなパートナーシップを描き、社会に価値を提供していくのか。熱処理の未来を切り拓く同社の挑戦から目が離せない。

椛澤均/1947年群馬県生まれ、防衛大学校卒業。オリエンタルエンヂニアリング株式会社(工業炉製造業)に入社し、15年の研究・開発・設計を経て、1985年株式会社日本テクノを創業。ホンダ、トヨタ、日立、川重などの開発者との人脈を活かし、自ら開発・営業に注力してきた。創業42年目となる今、国や金融機関からの支援を糧とし、顧客・地域・産業界への貢献を胸に、同社の持続発展に挑み続ける。