※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

明治11年創業以来、京都を拠点に法衣や仏具の製造販売を手がける株式会社安藤。同社は浄土宗総本山・知恩院と密接な歴史を持ち、明治初期の廃仏毀釈という仏教界全体の受難期においても、困窮する寺院へ無利子で資金を融通するなど、互いの存続をかけて苦難を共に乗り越えてきた背景を持つ。全国の寺院へ足を運び、「人と人とのつながり」を重んじる同社は今、職人不足の課題に直面しつつも、最高級ブランド確立や自社での職人育成など次世代を見据えた挑戦を始めている。29歳で代表取締役に就任し、2024年に5代目「宇助」を襲名した安藤宇助氏に独自の組織論と未来への展望をうかがった。

家業へ戻る前提での就職 異業種で学んだ「営業の極意」

ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせください。

安藤宇助:
大学卒業後は、自動車販売の株式会社ヤナセに入社しました。父がまだ若かったこともあり、すぐに家業へ入るのではなく、まずは違う分野を経験してみたいという思いがあったためです。数年後には家業へ戻る前提で、興味のあった自動車業界に身を置くことを決めました。

ーー自動車販売での営業経験は、今のビジネスにどう活きているのでしょうか。

安藤宇助:
ヤナセ時代に先輩から「車を売る前に自分を好きになってもらえ」と教わったことが非常に大きく、現在の寺院向け営業の基礎となっています。一生懸命にお客様と向き合い、自分を気に入ってもらえれば、必ず車は売れますし、そうやって人間関係が築けていればトラブル時の対応もスムーズになります。これは法衣や仏具の営業でも全く同じで、いくら商品が良くても、人間関係ができていなければ商売は成り立ちません。

ーー代表に就任された当時の状況をお聞かせください。

安藤宇助:
私が代表に就任した際、前社長である父はあっさりと身を引き、代表権のない会長になりました。父自身が若くして先代を亡くし、相談相手がいなくて苦労した経験があったため、「自分が生きている間はよき相談役になる」と言ってくれたのです。いっさい口出しはせず、相談にはしっかり乗ってくれる理想的な環境でした。

「つくれない」危機への挑戦と時代に合わせた営業スタイル

ーー貴社の強みと、現在直面している課題について教えてください。

安藤宇助:
弊社の強みは、沖縄を除く全国の寺院への訪問を続けている点です。いくつかの宗派を扱っておりますが、特に浄土宗に関しては、京都にある4つの本山すべてに「用達(ようたつ)」として出入りさせていただいております。ありがたいことに、浄土宗の寺院様であれば弊社の名を知らない方はおらず、地方へ出向いても名前を伝えれば「ああ、安藤さんか」と言っていただけるような認知をいただいております。

また、法衣は基本的に既製品ではなく、一人ひとりに合わせたオーダーメイドで制作していることもこだわりの一つです。一方で最大の課題は、深刻な職人不足です。コロナショックを機に高齢の職人の引退が進みました。また、昔のような大きな家からマンションへと住環境が変化したことで、物理的に場所を取る縫製などの内職を続けることが困難になっています。注文があっても作り手が足りないという危機を解消するため、現在は内職に頼るだけでなく、自社で若手社員を雇用して技術を継承する取り組みを始めています。

ーー直近で何か新たな取り組みはされていますか。

安藤宇助:
これまではハガキで訪問を告知してから全国を回っていましたが、今後はLINEの公式アカウントを活用したやり取りへのシフトを模索しています。ただ、最後は「人と人とのつながり」が重要であるという信念は変わりません。IT化を進めて効率化を図りつつも、寺院への訪問機会は決して減らさないことを大切にしています。

明るい職場が顧客を呼ぶ 最高級ブランドの確立と次世代へのバトン

ーー社内の組織づくりにおいて、大切にされていることは何ですか。

安藤宇助:
先代がつくった「私達社員はお互いを信頼し、お互いに協力しあって明るく楽しい職場作り達成のために努力しよう」という社訓を何より大切にしています。社内がギクシャクせず、社員が楽しく働いていれば、自ずとお客さんはついてくると考えているからです。最近では、社員が自発的にカタログの発送費削減案を出してくれるなど、経営者と同じ目線で考え、自主的な改善提案をしてくれる頼もしい声も挙がってきています。

ーー今後の展望についてお話いただけますか。

安藤宇助:
単なる薄利多売の商売ではなく、京都の伝統技術を結集した最高級ブランドの確立を目指しています。ブランド力の強化に向けた拠点として京都の店舗の改装を行い、1階を展示場、2階を歴史的資料の展示スペースにしました。知恩院からの感謝状などを展示し、弊社の長い歴史や寺院との深いつながりをPRできる活動も進めています。

ーー最後に、組織のリーダーとして大切にされている信念をお聞かせください。

安藤宇助:
私が何より大切にしているのは、私自身が日々楽しんで仕事に向き合う姿を周囲に見せ続けることです。組織のトップが苦労ばかりを口にするのではなく、心から楽しそうに働く姿を見せる。それを見た社員や次世代の子どもたちが「自分もあんなふうに働いてみたい」と自然に思えるような環境をつくることこそが、私の果たすべき使命だと考えています。社訓にある「明るく楽しい職場作り」を自ら体現し、次世代が自発的に一歩を踏み出したくなるような組織であり続けたいと願っています。

また、経営理念として「すべての人に愛される会社を目指して」を掲げています。先代がつくったものですが、この「すべての人」には、お得意先様だけでなく、仕入先様や職人の方々、取引業者様まで、弊社に関わるすべての方々への思いが込められています。今後もこの思いは引き継いでいきたいと思っております。

編集後記

100年以上の歴史に甘んじることなく、常に前を向く安藤氏。「自分が楽しんで働く姿を見せる」というシンプルな信念が、社員の自発性を引き出し、ひいては全国の寺院からの厚い信頼へとつながっているのだと感じた。職人不足という逆境にも自社雇用という形で真っ向から挑み、LINE活用などのIT化と対面の価値を融合させる同社。京都の伝統を結集した最高級ブランドが今後どのように展開されていくのか、その飛躍が楽しみだ。

安藤宇助/1972年京都市生まれ。1994年関西大学社会学部社会学科を卒業後、株式会社ヤナセに入社し、営業職を経験。1996年株式会社安藤に入社。2001年12月、同社代表取締役に就任。4代目逝去の後を受け、2024年9月1日に5代目「宇助」を襲名。現在、京都府仏具協同組合理事、京法衣事業協同組合理事、東山納税協会副会長を務める。