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1918年の創立以来、日本で最初の火災報知機メーカーとして、今年で108年目を迎えるホーチキ株式会社。長きにわたり社会の安全を守り続けてきた同社は、現在「人と技術の力で世界中にLife Safetyを創造する」というビジョンのもと、新たな挑戦を打ち出している。営業や経営企画、海外事業部門等を経てトップに就任した代表取締役社長執行役員の細井元氏に、組織変革の歩みと未来へのビジョンをうかがった。

出版業界からメーカーへ 「ストックビジネス」への転換点が会社の未来を変えた

ーーまずは、貴社に入社された経緯について教えていただけますか。

細井元:
もともと文系で本が好きだったこともあり、就職にあたっては文字に関わる仕事をしたいと考え、最初は出版・印刷系の会社に入社しました。しかし2年ほど経ち、さまざまなお客様と話をする中で、次第に「ものづくりをしているメーカー」への興味が湧いてきたのです。転職活動を進める中で、社会的意義が高く、大正時代から「安全安心」を使命としてきたホーチキという会社の存在を知り、非常に面白いと感じたのが入社のきっかけです。最初の配属は東京の営業部隊で、主に電気サブコン(設備工事業者)様を担当し、現場に足を運んで実際に仕事を受注する直接部門の営業担当として13年間経験を積みました。

ーーキャリアにおける大きなターニングポイントとなった出来事はありますか。

細井元:
30数年の歩みの中で最大の転換点となったのは、経営企画時代に、全国に8社あった当時のメンテナンス子会社をホーチキ本体に統合したことです。

実はその前、私は営業を13年経験した後、北海道から九州まで展開していたそのメンテナンス子会社のうち、東京のメンテナンス子会社へ3年間出向していました。当時、子会社の経営に参画できるポジションで仕事を任せていただき、そこで経営に携わることの面白さや弊社が持つ将来性に気づくことができたのです。

その後、40歳で経営企画部門に移った当時、弊社のメインビジネスは新築工事にいかに我々の機器システムを入れていただくかというものでした。そこから派生する法定点検などのメンテナンス業務はあくまで「付随するもの」という位置づけであり、当時の子会社はローコストオペレーションの中で最適化を図っている状態だったのです。しかし、私は出向先での経験から、世の中がフローからストックへと移行していく時代背景もあり、長年培ってきたメンテナンス契約件数という潜在的なポテンシャルこそが、事業モデルを大きく変えると確信していました。

設備を導入して終わりではなく、定期契約による維持管理、そして老朽化に伴うリニューアルからまた点検へとつなげる「建物のライフサイクルに沿ったワンストップのソリューション」こそが企業価値になると考えたのです。この一気通貫の体制を作るため、別会社になって断絶していたメンテナンス子会社8社を本体に統合しました。この一連のプロセスは私にとって非常に大きな経験となり、その後48歳での取締役就任へとつながっていきました。

現場の矛盾を共感に変える「チーム経営」で組織のポテンシャルを解放

ーー当時のご経験で特に印象に残っていることはありますか。

細井元:
経営企画部門で会社や業界を俯瞰的に見る経験を積んだ後、「戦略を考えるだけではなくて、自分で数字の責任を持て」ということで、突然全国1000人以上の営業部隊のトップを任されたことです。その時考えていたのは、「1000人の営業部員が一人ひとりの能力を10%引き上げることができれば、それは100人増員したのと同じことだ」ということです。個人の資質や能力に依存した属人的な営業から脱却するため、CRM(営業情報管理システム)を活用し、データをベースにした戦略・戦術的な営業スタイルへと変えることを2年間徹底して行いました。

ーー組織に対してどのような課題を感じていらっしゃいましたか。

細井元:
社長に就任した際も、営業本部長時代と根底にある思いは似ていました。ホーチキは「いい人の集まり」であり、社員同士のつながりが非常に強い会社です。しかし、その素晴らしい資質が必ずしも会社の目標に直結していないという課題がありました。

私を含めた経営陣は常に会社を良くしようと先のことを考えていますが、現場で働く第一線の社員たちは「今日目の前にある問題」という課題に直面し、日々苦労しています。この間には相当な矛盾やギャップが存在しており、それがホーチキの良さが結果に表れない要因だと感じていたのです。組織の文化を強みに変え、現場の資質を最大限の価値にするためには、このギャップを「共感」や「エンゲージメント」に変えていく必要がありました。

ーーその課題に対し、どのような施策から着手されたのでしょうか。

細井元:
まず「チーム経営」を掲げ、経営陣・幹部・現場の各チームが縦横に連携する仕組みを作りました。

その第一歩として行ったのが、工場を含む全国の拠点を回る「タウンホールミーティング」です。私の思いを伝えるとともに、「現場の課題をざっくばらんに話してほしい」と求めました。そこで上がってきた数多くの課題に対し、役員間で徹底的に議論し、具体的な施策としてPDCAを回していきました。こうした対話を重ねることで、新しい方針が少しずつ現場にも浸透してきたと感じています。

「守られている」を実感できる次世代の安全ソリューションへ

ーー改めて、貴社の強みを教えてください。

細井元:
実は国内のイメージが強いかもしれませんが、我々が海外展開を始めたのはもう60年以上前になります。現在、世界129カ国に我々の製品が導入されており、グローバルベースで火災防災を通じて社会貢献を行ってきた実績があります。

その上で申し上げますと、我々の事業は消防法という厳格な基準の中で成り立っており、消防機器は検定に合格することが最低条件です。その中で差が出るのは、商品の独自性、つまり「いかに高性能なセンシング機能を持たせるか」という精度です。煙や熱、炎など本当の火災を迅速に見つけ出し、非火災(誤作動)の要因には反応しない技術を磨き続けています。また、設置後のアフターサービスやメンテナンスを通じて常に建物を最適な状態に保つ「トータルソリューション力」も、お客様から高い評価をいただいている大きな強みです。

ーー現在、特に注力されている新しい取り組みはありますか。

細井元:
法令の枠を超えた領域への挑戦です。消防法の枠内だけで精一杯事業を営んでも、火災被害や亡くなる方をゼロにすることは残念ながらできません。被害を最小限に抑えるため、昨年の4月から「HOCHIKI as a Service(HCKaaS)」という防災クラウドサービスを開始しました。

従来、建物内の火災情報は建物の中だけでクローズし、管理者が初期消火や避難誘導を行っていましたが、現在は建物管理を担う人材が減少しているという社会課題があります。そこで我々は、火災情報をクラウドに集約し、建物OS等のプラットフォームやさまざまな設備と連携させる仕組みを作り、取り組んでいます。

たとえば、外部のホテル客室のビデオオンデマンドシステムと連携して多言語対応を行いながら避難誘導につなげたり、建物内のAIカメラによる画像解析を用いて、逃げてはいけない方向には避難させず、安全な方向へ誘導したりといった高度な機能を提供したいと考えています。また、大空間などセンシングに限界がある場所でもAI技術で早期発見や予防につなげ、普段は意識されない防災という領域において、我々のソリューションに「守られている」と日々実感していただけるレベルを目指しています。

グローバル展開の加速と未来へつなぐ「人的資本」への投資

ーー最後に、今後の展望と中長期ビジョンについてお聞かせください。

細井元:
2030年に向けて「人と技術の力で世界中にLife Safetyを創造する」というビジョンを掲げています。足元の2026年度までは事業基盤の再構築期間と位置づけています。事業拡大に伴う工場の生産キャパシティの限界や、建設労働人口の減少、「2024年問題」などの社会環境の大きな変化に対応するため、業務のスマート化などによるDXを進め、基盤整備を急いでいます。

その上で、グローバル化を強力に推進していきます。我々は日本国内以外にもアメリカとイギリスに開発・生産拠点を持っていますが、これは世界の二大規格であるUL規格(米国)とEN規格(欧州)にタイムリーに対応するためです。現在はまだ、海外では機器販売のみで終わるケースが多いですが、これからは日本のように受信機や周辺デバイスも含めたシステム全体を納入するモデルへの拡張を強化していきます。防災業界は世界的にM&Aが非常に活発に行われており、複数の巨大なコングロマリット企業が競合として存在しています。そうした巨大資本のコンペティターと戦う上で、日本特有のきめ細やかなアフターサービスである「テクニカルサポート」を強力な武器にし、差別化を図っていきます。

ーーそうした変革に向けて、力を入れている分野は何でしょうか。

細井元:
まず、「人的資本経営」を基本方針に掲げ、人材に積極的に投資を行っています。

具体的には3つの柱があり、一人ひとりの能力が公正に評価される「人事制度の刷新」、事業戦略に合致した人員体制を構築する「計画的な採用投資」、そして世代や役割に応じ自発的な自己啓発を促す「教育カリキュラムの整備」を進めています。

また、生成AIやRPAを活用した社内業務の効率化といったDXも並行して推進しています。全社プロジェクトとして「シンプルWORKプロジェクト」を立ち上げ、単なるデジタル化にとどまらず、業務プロセスそのものを刷新して効率を上げる取り組みも行っています。DXの究極の目的はイノベーションですから、防災という確固たるコアを守りつつ、新たな価値創造に挑戦する。このダイナミズムに共感し、共に歩んでくれる仲間と、社会へ貢献し続けていきたいと考えています。

ーー最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。

細井元:
「人と技術の力で世界中にLife Safetyを創造する」という大きなビジョンを掲げていますが、その根底にある「火災による災害から人命と財産を守る」という我々のDNAやコアが変わることはありません。防災という広範な領域の中で、ホーチキにしか出せないバリューを定義し、ソリューションをより高度化させることで、社会にしっかりと貢献していきたいと考えています。

我々の強みや中核力を活かしながら事業価値を高め、会社として大きく変わろうとしている過渡期です。まだまだチャレンジングな領域も多くありますが、このダイナミズムに共感していただける方々に、ぜひ我々のメッセージが届けば嬉しく思います。

編集後記

創業100年超の歴史を持ちながら、現状に甘んじることなく次なる安全のカタチへ挑み続けるホーチキ。細井氏への取材で強く感じたのは、徹底した現場主義と社員への深い信頼だ。「タウンホールミーティング」で現場のリアルな声に向き合い、組織のポテンシャルを横断的に引き出す姿勢は、まさに変革期のリーダーにふさわしい。日本が誇る技術と手厚いサポート体制を武器に、「世界のHOCHIKI」がいかなる飛躍を見せるのか。今後のグローバル展開から目が離せない。

細井元/1964年、東京都生まれ。1987年日本大学文理学部教育学科卒。卒業後に2年間ほど印刷会社に務めた後、1989年ホーチキ株式会社に入社。2013年取締役に就任後、常務取締役営業本部長、海外本部長などを経て、2024年4月に代表取締役社長執行役員に就任。