
日本を代表するお茶のブランドとして、多くの人に親しまれている「福寿園」。寛政2年の創業から230余年、一貫してお茶の道を歩み続けてきた老舗企業だ。現在は9代目となる福井正興氏のもと、伝統を守りながらも、高価格帯のボトルドティーや新ブランド「FUKUCHA」のカフェ展開など、革新的な取り組みを続けている。急激なお茶離れや茶農家の減少が進む現代において、福寿園はどのような未来を描いているのか。お茶への深い愛情と、自然への敬意を胸に挑戦を続ける福井氏に話をうかがった。
偶然の出会いから「お茶文化」の深淵へ
ーーまずは、家業である「お茶」の世界に入られるまでの経緯を教えていただけますか。
福井正興:
実は、子どもの頃は「自分が後を継ぐ」という意識は全くなく、大学時代も普通に就職活動をして、一度は外に出ようと考えていました。ただ、大学時代に偶然の重なりから茶道部に入部したことが、振り返れば大きな経験となりました。当時は男性が茶道を習うことが気恥ずかしい思いもありましたが、4年間続けるうちにお茶が好きになったのは事実です。茶道部での経験があったからこそ、茶道界のさまざまな方と接点を持ち、お茶の文化的な側面に深く興味を持つことができたのだと思います。
ーー実際に貴社へ入社し、社長に就任されるまではどのような歩みだったのでしょうか。
福井正興:
就職活動をしている時に、静岡にあった農林水産省 野菜・茶業試験場の研修生制度を紹介されました。当時を振り返れば、茶道以外の「茶」に関することを何も知らず、将来のためには必要と思い、栽培や製造の知識を学ぶために挑戦を決めました。実際には、福寿園への入社式を終えた直後、そのまま2年間出向という形で静岡へ行きました。
試験場では全国から集まった茶農家や、私と同じような家業の後継ぎたちと一緒に、茶葉の栽培から荒茶加工まで一通りを学びました。茶の手揉みの資格を取ったり、トラクターの免許を取ったりと、農家さんが行う作業を2年間イチから学んだのです。その後、会社に戻り、営業本部長や専務など様々な業務の経験を積んだ後、2013年に社長に就任しました。
ーーこれまでのご経験を経て、経営者として大切にされている信念を教えてください。
福井正興:
現場で土づくりから加工まで自然とのつながりを学べたこと、そして文化的な面を知れたことは今の経営にも大きく活きています。経営者として大事にしているのは、お茶は単に喉を潤すだけでなく、「心を潤す」存在であるということです。その日本が誇る唯一無二の日本茶文化を、世界中の多くの人に伝えていきたいと強く思っています。
「お茶一筋」を貫き製造から小売までを一貫して手がける

ーー貴社の事業の強みはどこにあるとお考えですか。
福井正興:
最大の強みは、創業以来「茶一筋」でやってきたことです。百貨店やスーパーで展開している子会社も含め、私たちはすべてお茶に関する事業しか行っていません。私たちは製造から小売までを一貫して手がけ、独自の研究所を持ちながら茶一筋で230年余年にわたり歩み続けています。
ーー飲料以外にも展開されていると聞きましたが、どのようなものを展開されているのですか。
福井正興:
お茶を飲むことだけでなく、お茶を使った和食からフランス料理、お菓子、そしてアートまで、ありとあらゆる形で「お茶」を表現しています。ここまでお茶だけに特化し、一貫した世界観で事業を展開している企業は、世界的にも珍しいのではないでしょうか。私たちが目指しているのは、お茶を通じてお客様の「人生を潤す」ことです。
自然から「拝借」する 適正価格で守る茶農家との未来
ーー現在のお茶業界を取り巻く環境をどのように捉え、今後のビジョンを描いていますか。
福井正興:
残念ながら、急須でお茶を飲む習慣が信じられないスピードで失われつつあり、それに伴って全国の茶農家数も年々減少し続けています。その背景には、生産性や効率を優先するあまり、産地に無理を強いてきたこれまでの流通構造の課題があるのも事実です。私たちの事業は、自然の恵みがあってこそ成り立っています。茶の芽が枝葉になろうとする生命力を、私たちは「拝借」してお茶にしているのです。だからこそ、流行り言葉としての「環境配慮」ではなく、私たちも自然の一部であるという自覚を持ち、自然に対する敬意と感謝を抱きながら、共に成長していく会社でありたいと考えています。
ーーそのために取り組まれていることはありますか。
福井正興:
一つは、価値ある茶葉を適正な価格で買い取る仕組みづくりによる茶農家さんとの連携です。たとえば、現在私たちは1本3万円以上のボトルドティーを販売しています。200円でペットボトルのお茶が買える時代ですが、お茶も抹茶も高価格帯で勝負できるブランドとして、手間暇かけて高価で価値ある茶葉をつくってくださる農家さんから、適正な値段でしっかりと買い取らせていただく。そして、その価値をお客様に理解し納得して買っていただく。相場という次元を超えて、農家さんと連携しながら、お茶の本当の価値を伝える商品を順次発売しているところです。
「淹れたて」の感動を 次世代へつなぐ体験型事業の挑戦
ーーお茶に馴染みのない世代や海外の方に向けては、どのようなアプローチをされていますか。
福井正興:
お茶の良さを啓蒙していくために、観光事業や新しい体験の場づくりに注力し、お茶に親しんでもらえるような仕組みをつくっています。2025年にオープンした「福寿園山城館」をはじめとした施設で、実際にお茶の文化に触れていただく機会を提供しています。また、2019年からは「茶寮 FUKUCHA」という新しいブランドを立ち上げました。ここでは、急須でお茶を淹れる習慣がない方々に向けて、ドリップ形式でお茶を提供するカフェスタイルも提案しています。淹れたてのお茶の香りをその場で体験してもらうことで、家庭でお茶を淹れる習慣に馴染みのない若い世代や海外の方々にも、お茶の本来の魅力に気づいていただけるのではないかと期待しています。
ーー最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
福井正興:
もし私たちの思いやお茶の文化に興味を持っていただけたなら、ぜひ弊社が運営する「福寿園山城館」に足を運んでみてください。ここは私たちの創業の地であり、歴史的にも文化的にも非常に価値のある場所だと思っています。現地に来て、五感で感じていただければ、私たちがなぜ何百年も同じ場所でお茶をつくり続けているのか、その理由がきっと理解していただけるはずです。本物のお茶の息吹を、ぜひ体感しに来てほしいですね。
編集後記
今回のインタビューを通して伝わってきたのは、福井氏のお茶に対する揺るぎない愛情と、自然への深い畏敬の念だ。長きにわたる歴史に甘んじることなく、茶農家の課題や若者の「お茶離れ」といった現代の困難に真正面から向き合う姿勢が印象的だった。高価格帯のボトルドティーや新しいブランド「FUKUCHA」の展開は、単なるビジネス戦略ではなく、日本が誇る「心を潤す」文化を次世代へ紡ぐための挑戦である。創業の地・山城から世界へ、株式会社福寿園の革新はこれからも続いていくのだろう。

福井正興/1971年生まれ。1994年同志社大学商学部卒業後、株式会社福寿園に入社。入社後2年間、農林水産省の野菜・茶業試験場にてお茶づくりの基礎を修業。同社副社長などを経て、2013年に第9代社長に就任。京都府茶協同組合副理事長。サントリーとのコラボレーション「伊右衛門」など、伝統を礎にした革新的な取組みで知られる。日本青年会議所第60代会頭なども歴任。