
大阪府岸和田市を拠点に、産業廃棄物処理を軸とした環境ビジネスを多角的に展開する興徳ホールディングス株式会社。特に、工場から排出される廃液や汚泥といった、専門的な知見を要する廃棄物の処理を得意とし、環境保全に大きく貢献している。2025年9月に代表取締役へ就任した片渕則人氏は、かつて柔道指導者としてイギリスで活躍したユニークな経歴を持つ。家業への参画後、営業として培った「情報の料理人」という独自の信念、業界全体が直面する物流問題への挑戦、そして兄弟で受け継いだバトンを未来へつなぐためのビジョンを聞いた。
英国での柔道指導から一転 父の声と妻の後押しで決めた家業承継
ーー社会人としてのキャリアはどのようにスタートされたのですか。
片渕則人:
大学卒業後、柔道部の恩師である山下泰裕先生のご縁で、イギリスのバース大学へ柔道コーチとして留学しました。これがキャリアの始まりです。もともと海外に興味があったので、まずは挑戦してみようという気持ちでした。
当初は1年間の予定でしたが、ナショナルチームの指導や世界各国への訪問を重ねるなかで、活動の充実度は増していきました。コーチとして収入を得るようになり、海外で柔道の指導員として生きていける確信を得たのも、この頃です。ところが、後任となるはずの後輩が来られない事態となり、予期せぬ状況の変化に見舞われました。その結果、留学生活は最終的に3年半もの歳月に及ぶことになったのです。
ーー家業を継ぐことになった経緯について教えてください。
片渕則人:
留学して3年が経とうとするころ、父から「そろそろ帰ってこないのか」と連絡がありました。当時は海外での生活が充実していたので、もし声をかけられなければ、そのまま指導者として現地に残っていたかもしれません。
決断の決め手となったのは、イギリスで出会った現在の妻の存在です。ちょうど彼女が日本へ帰国するタイミングで、「親が呼んでいるなら」と私の背中を押してくれました。父の言葉から半年ほど考えた末、さまざまなタイミングが重なった2007年12月に帰国。そして、父が経営する会社への入社を決意したのです。
期待を超える「情報の料理人」 組織改革で挑む産業廃棄物業界の未来

ーー入社後は、どのような業務を経験されてきたのですか。
片渕則人:
入社当初は、産業廃棄物の中間処理を行う現場での作業からスタートしました。現場の空気感を肌で感じた後はすぐに営業部門へ配属となり、そこからグループ会社の代表になるまでの約13年間、営業一筋でキャリアを重ねてきたのです。既存のお客様を訪問して困りごとをうかがったり、新たな廃棄物の相談を受けてサンプルを分析したり、常にお客様と向き合う仕事に従事していました。
営業として活動する中で、私はメンバーに「情報の料理人になろう」とよく話していました。お客様から「ジャガイモが好きだ」と聞いても、ただ茹でて出すだけでは「御用聞き」にすぎません。対話を通じて「実は牛肉も好きだ」という情報を得て、社内の知見も活かしながら、ジャガイモと牛肉を使った「カレーライス」を提案してこそ、そこに付加価値が生まれるのです。お客様からいただく情報と、社内の技術やノウハウを組み合わせて想像を超える提案をつくり出すこと、これこそが私たちの目指す営業の姿だと確信しています。
ーーグループ会社の経営に参画された際、まず何から着手されたのですか。
片渕則人:
2021年から、収集運搬を担うグループ会社、株式会社ケーシーエスの代表取締役に就任しました。当時の運行部はドライバーの管理や事故対応などで業務が非常に煩雑化しており、リーダーが疲弊しきっていたのです。会社として部門を分社化したものの、組織としての体制がまだ確立されていませんでした。このままではいけないと感じた私は、自ら運行部に入り込んで改革に着手したのです。
一番の問題は、運行管理者の一部が人手不足を理由に自らトラックのハンドルを握り、その影響で運行管理者も人手不足となり、管理業務がおろそかになっていたことでした。課題解決のための会議を開こうにも人が集まりません。これでは組織として前に進めないため、私は管理者に「トラックには乗らない」と宣言してもらい、特別なトラブルがない限りは管理業務に専念する体制を徹底しました。これにより、ようやく課題を議論し、解決策を実行していく土台ができたのです。
ーー現在の産業廃棄物業界全体については、どのような課題を感じていらっしゃいますか。
片渕則人:
ドライバー不足や残業規制といった、いわゆる「2024年問題」は、産業廃棄物業界にとっても極めて深刻な課題です。廃棄物の収集運搬の仕組みは、ここ20〜30年ほとんど変わっていません。このままでは、いずれ廃棄物を運びきれなくなる時代が来るでしょう。廃棄物が回収されなければ、メーカーは新たな製品を作れません。これは日本経済全体に影響を及ぼす問題です。もはや一社で解決できるレベルではなく、業界団体などを通じて国にも働きかけ、業界全体で効率化を考えていく必要があると強く感じています。
兄弟二人三脚での事業承継と100億円企業を目指す次世代育成
ーー先代からの事業承継は、どのような体制で進められたのですか。
片渕則人:
かつて父が「スーパーマン」のように、一人で何役も担っていた役割を、現在は私と弟の二人三脚で分担しながら経営を行っています。父から事業のバトンを受け継ぐにあたり、弟がいてくれることは非常に心強く、ありがたい存在です。弟の行うことに私は口出ししませんし、弟を全面的に信頼して任せています。優秀な幹部社員たちの支えはもちろんですが、この兄弟での事業承継という形があったからこそ、今の私があると思っています。
ーー今後の展望についてお話いただけますか。
片渕則人:
私は36歳のときに「66歳で引退する」と決めました。そのゴールから逆算し、現在は会社を売上高100億円規模の企業へ成長させることを目標としています。この目標を達成するためには、私がいなくても会社が回る仕組み、すなわち優秀な次世代リーダーの存在が不可欠です。しかし、私たちの業界は学生になじみが薄く、人材確保が容易ではありません。そこで、私や弟の出身である東海大学柔道部のネットワークを活かし、実業団で競技を続けたい学生を受け入れる「柔道部採用」を新たな試みとして始めました。
また、将来の経営幹部候補となる大卒の新卒社員には「キャリア職」という区分を設けています。これは、将来の幹部就任を前提とした給与体系や育成プランを適用する職種です。具体的には、ジョブローテーションを通じてさまざまな部署を経験し、組織全体を俯瞰できる視点を養ってもらいます。もちろん、本人の適性や希望に応じて、ドライバー職や事務職、現場職へと柔軟に切り替えることも可能です。
今入社してくれた若者たちが、15年後、20年後に組織の中核を担えるよう、未来から逆算して人材への投資と育成に全力を注いでいきます。
編集後記
顧客の要望を深く読み解き、新たな価値を創造する「情報の料理人」。片渕氏の言葉からは、単なる廃棄物処理業にとどまらない、解決策を提供するプロとしての強い思いが伝わってくる。その視線は自社だけではなく、業界全体が直面する物流の未来へと向けられている。柔道で培われた不屈の精神と、「66歳で引退する」「100億円企業に成長させる」という明確な目標から逆算する思考。弟という心強いパートナーとともに、同氏がこれから巻き起こす変革に注目したい。

片渕則人/1981年大阪府生まれ。2004年東海大学体育学部を卒業後、英国バース大学へ柔道コーチとして留学。その後2007年に帰国し、2008年1月に株式会社興徳クリーナーへ入社。廃棄物処理物流の課題解決に携わり、2021年に株式会社ケーシーエス代表取締役に就任。現在、興徳ホールディングス株式会社代表取締役。