※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

作業用ヘルメットの販売数は労働者数減少の影響で大きな伸びは期待しづらい状況だが、高い安全性や快適性を求めて付加価値の高い製品の需要は衰えていない。鉱山労働で使用するヘルメットの製造販売で事業をスタートした株式会社谷沢製作所。創業から90年以上の業歴におごることなく時代に合わせていち早く新しい技術を取り入れ、軽量化や通気性の向上など開発に余念がない有力メーカーだ。1999年から長きにわたって総指揮を執る代表取締役社長の谷澤和彦氏に、前職での経験から学んだ現場の重要性やこれまでの歩み、そして今後の経営方針について聞いた。

アイデアの卵になったクレーム処理の経験

ーー社会人としてのキャリアのスタートと、当時の学びが今の経営にどう生かされているかお聞かせください。

谷澤和彦:
家業に入る前は東邦金属株式会社に6年間勤めていましたが、現場力というものがいかに重要かを学びました。当時の上司は、課題を解決できなければ夜中であっても現場に足を運ぶような方でした。言葉で細かく指示を出すのではなく、自ら仕事を楽しむ姿勢や、現場の課題に真摯に向き合う姿を背中で語ってくれたのです。そうした上司の姿を間近で見てきたため、私の中には常に現場での仕事のあり方が刻み込まれています。金属の加工方法を学ぶだけでなく、「現場との接点」が製品メーカーとしての運営に大事な役割を担っていることを実感しました。

私は現場での経験は大切な事だと思っています。そんなすべての経験を自身の糧にして、今の経営に生かしています。

ーー貴社に入社された当時のエピソードや、印象に残っている学びを教えてください。

谷澤和彦:
入社後、技術部長になる前のことですが、クレーム対応を担当する部署に配属された経験が非常に大きな勉強になりました。私が理系出身だから営業の経験を積ませたかったのでしょう。前の経営者には感謝しかないですね。

新人の頃は製品への理解が不足しているため、お客様を苛立たせたり、お叱りの電話を受けることもありました。しかし、当時の上司は一緒にお客様のところへ謝りに行ってくれたのです。新人のうちにあえて失敗を経験し、上司とともにお客様に誠意を持って対応したことで、真の人間関係が構築できるのだと学びました。後日そのお客様とお会いした際、「まだ辞めずに頑張っているのか」と喜んでいただけたことは今でも印象に残っています。

ーーそうした現場でのクレーム対応やお客様との接点はどう生きているのでしょうか。

谷澤和彦:
顧客の要望やクレームを聞いているうちに、それが開発のアイデアの卵になることに気づきました。たとえば、現場の疲労軽減という本質的な課題があります。「ヘルメットは規格を満たせばいい」と言われ、各メーカーが価格競争にしのぎを削っていた時代に、軽量化に成功して重さを40グラムも落とすとともに価格を少し上げたんです。するとお客様からは「たった40グラムで違いがあるのか?材料が少ないなら安くしてもいいのでは」と言われました。

しかし、実際に軽いものを被って1日作業していただき、翌日従来のヘルメットをもう一度被ってもらうと、首への負担が全く違うためとても重く感じるのです。一度軽さを実感すると、もう重い方には戻れなくなります。現場の声を直接聞き、本質的な課題をすくい上げることが、新たな付加価値を生むのだと実感しました。

ーー若手社員には、日頃どのようなメッセージを伝えていますか。

谷澤和彦:
若手社員には、まず「自分を認めること」の大切さを伝えています。仕事で壁にぶつかったり、厳しい言葉をかけられたりして自信を失いそうになることもあるでしょう。しかし、他人と比べる必要はありません。1週間前、10日前、1ヵ月前の自分と比較して、少しでも成長できている部分を見つけ、自分自身を認めてあげることが重要です。

真面目に真摯に取り組んでいるからこそ、衝突したり悩んだりするのです。振り返ってみると上司の話を聞いていればよかったと気づくこともありますし、新しい人に出会うことで道が開けることもあります。未熟さを受け入れつつ、過去の自分からの成長を実感することが、前へ進む原動力になると考えています。

市場がどう動いても「安全屋」としての信念はぶれない

ーー数多くの種類のヘルメットを製造されていますが、メーカーとしてどのような点を重要視していますか?

谷澤和彦:
現在は遠隔操作で作業ができる時代になり、これからますます産業向けの需要は限られ、撤退する企業も出てくるでしょう。しかし誰かがこの仕事を守らなければなりません。産業用ヘルメットは、価格競争ではなく安全性を高めるという付加価値を上げていくべきだと思います。その意味で私たちはヘルメット屋ではなく「安全屋」だと思っています。

私たちが会社としてなぜ存在し、「安全屋」として成り立っているのか。その答えは非常にシンプルです。社会で困っている人たちの課題に真摯に応えてきたからです。弊社には、お客様からさまざまな課題が寄せられますが、それにいかに応えるかが私たちの存在意義です。そのため、目先の採算だけを考えるのではなく、時には採算に合わないことでも率先して取り組みます。

たとえば、頭のサイズが特別大きい方がいらっしゃったとします。その方のために特大サイズのヘルメットを開発しても、開発費を回収することは到底できません。それでも、他社ができないからこそ私たちがやるのです。採算に合わないことに挑戦するからこそ、結果として事業が成り立っていくのだと考えています。

ある時、全国から消防士・レスキュー隊が集まって行う訓練を見る機会がありました。その訓練は、車両事故を想定して救出訓練を行うものでしたが、関係者の多くは自費で参加していたことに驚きました。そこまでする理由を尋ねると「過去にレスキューで救えなかった命があったので、スキルを上げるために」と聞いて感動しました。

「私たちは命を救う人を守る仕事をしているんだ。ならば一流のものをつくって、しっかりとその方々の命を守りたい。」と、メーカーとしての使命感を改めて痛感しました。

独自の軽量化技術で挑む新たな社会課題

ーー近年、新たに展開されている取り組みや注力テーマについてお聞かせください。

谷澤和彦:
自転車を利用する方の安全を守るため、数年前に自転車用ヘルメットの開発を復活し、新たに女性向けの自転車用ヘルメットの開発に取り組みました。これまで私たちが長年培ってきた技術力を生かし、アプローチできていなかった層への展開を進めています。さらに、現場の高齢化といった社会の変化にも対応していく必要があります。現在もこの分野の研究開発は継続しており、新たなニーズに応える製品づくりに励んでいます。

私たちの強みである「軽量化」の技術は、さまざまな場面で応用可能です。また、年々厳しさが増す夏の暑さに対応するための熱中症対策も非常に重要なテーマとして取り組み続けています。ヘルメット内部に風を通し、涼しく保つための通気性の向上には限界まで挑戦しています。気温が28度を超えるような過酷な環境下で働く方々の負担を少しでも軽減することは、社会的意義のある大きな取り組みだと考えています。そして、防災分野においても、「頭を守る、命を守る」という視点で、現場で働くプロフェッショナルから一般の方々まで、あらゆる人の安全に貢献する製品開発を続けていきます。

今後のテーマはマーケティングと生産の効率化

ーーこれから取り組まれるマーケティングや生産の効率化についてお聞かせください。

谷澤和彦:
市場調査と分析を徹底的に行って、マーケットを開拓しなければならないと考えます。私たちの業界の中にも魚釣りでいう「ポイント」が存在するに違いありません。今後経済がどのように変わっていくのか、どの業界でヘルメットの需要が伸びていくのか、それを探ったうえでどんな商品にするのか戦略を立てていくことが求められます。

また製造工場は各方面で効率化に取り組んでいきます。手作業は続けながらもロボットの導入を増やし、工場内物流にも気を配っていきます。これからの時代にフィットする省力化と持続化を意識した生産を推し進めていきます。

社内のDXも数年前から本格的に推進し、現在ではしっかりと定着しています。AIやシステムに任せられる業務は自動化し、効率化を図る一方で、手紙の執筆や、現場から直接アイデアを汲み取るといった「真心」が必要な業務は、人間が丁寧に行っていく。そのような棲み分けを意識し、人間がやるべきことに注力できる環境を整えています。

ーー貴社が求める人物像について教えてください。

谷澤和彦:
商売や営業の感覚はある程度必要だとしても、それよりも大事なのは人柄ですね。月並みな表現かもしれませんが誠実な方を求めます。頭が良いことの利点は否定しませんが、現場に何度も通って、悩みやニーズに耳を傾け続けることは泥臭くはありますが、非常に重要な要素なのです。お客様にかわいがられ信頼されるタイプでないと、人に安全を提供する企業にはマッチしないと思います。

弊社では新卒だけでなく、中途採用で入社した社員も他業界での経験を生かして大いに活躍しています。商品企画など、あえて異なる業種の視点を持つ人材が加わることで、会社に新しい風が吹き込まれます。メーカーとして、そうした多様な人材が会社を選んで来てくれることを面白く感じています。決して派手さのある業界ではないですが、長い人生で働くなら人の命と安全を守って感謝されるこの仕事は、きっとやりがいがあると思いますよ。

編集後記

谷澤氏は優しいトーンでありながら熱を持ってこんな持論を語った。「頭が特別大きい人がいれば、採算性がいくら落ちてもその人のために特大ヘルメットをつくる」。会社の利益を度外視しても安全を優先するというメーカーとしての強い責任感が感じられるコメントだった。社会環境が目まぐるしく変化する中においても、同社が培ってきた軽量化技術や現場第一の姿勢は、自転車用ヘルメットや熱中症対策といった新たな社会課題の解決にも現在進行形で大きく貢献し続けている。豊富な経験と技術力を携える同社のさらなる発展を期待したい。

谷澤和彦/1956年生まれ、東京都出身。1979年東京理科大学理工学部卒業後、東邦金属株式会社を経て株式会社谷沢製作所へ入社。埼玉工場長、技術部長を経て、1999年11月に代表取締役社長に就任。