※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

創業から150年以上、私たちの生活に密着した生活雑貨を作り続けてきた株式会社マーナ。現在はその機能性とデザインが評価され、世界35カ国へと販路を広げている。その背景には「魔の4年間」と呼ばれる存続の危機と、それを乗り越えた抜本的な組織改革があった。AI時代において、あえて人間にしかできない感性を同社は重視する。「360度どこからどう見てもマーナ」という確固たるアイデンティティの確立を目指す代表取締役社長の名児耶剛氏。今回は同氏に、老舗企業の革新と未来への挑戦について話をうかがった。

祖父の涙で変わった人生のレール 「魔の4年間」を越えて

ーーまずは、貴社に入社するまでの経緯をお聞かせいただけますか。

名児耶剛:
もともとは英語教師になりたいという夢を持っていました。幼少期から「将来は社長になるんでしょ?」と周りから言われ続け、見えないレールが敷かれているように感じていたからです。しかし、私が15歳のころ、祖父と父親と3人で将来の進路について話す機会がありました。「将来は何になりたいんだ?」と祖父に聞かれ、間髪入れずに「英語の教師になりたい」と答えました。沈黙が続いた後、祖父は非常に悲しそうな顔をして「そうか、継いでくれないのか」とだけ呟きました。それ以外は何も言葉を発しませんでした。

いつもニコニコと朗らかだった祖父の悲しそうな表情を見た瞬間、「おじいちゃんを悲しませてしまった」と感じ、「自分にはマーナを継ぐ宿命があったのだ」と悟り、家業を継ぐ覚悟を決めたのです。

ーーその後、大学を経てどのような道に進まれましたか。

名児耶剛:
将来、マーナを継ぐことを見据え、まずは日本の大学の経営学科で、経営者として必要な基礎知識を学びました。卒業後のニューヨーク留学から帰国後は商売の「勘所」を学ぶために専門商社に入社し、海外の発電プラントを建設する大規模プロジェクトに3年間携わりました。日本の巨大メーカーと海外のお客様の間に立つ「調整役」が私の役割でした。100億円規模の案件を鮮やかにまとめ上げる先輩の背中を追いかけながら、双方の立場を理解してビジネスを形にする、商売の苦労と楽しさを肌で学ばせていただきました。

ーー貴社に入社された後、どのような経験をされてきましたか。

名児耶剛:
2011年にマーナへ入社しましたが、2015年頃にかけて業績の厳しい時期が続きました。毎月のように社員が辞めていく「魔の4年間」を経験したのです。メーカーにとって命綱である商品開発のトップが退職してしまう事態に直面するなど、全てのメンバーが疲弊しきっていた様に感じました。

当時の社長である父親は仕事への思いが強い分、それが現場にとっては強いプレッシャーとなってしまった側面もあったのかもしれません。「このままではマーナがなくなってしまう」という強い危機感を持ち、自分に出来ること、すべきことを考え抜いた後、開発未経験ながら自ら手を挙げて「開発の責任者に就任したい」と父親に直訴しました。父親にも「やってみなさい」と承認してもらい、開発メンバーが自由闊達に、気持ち良く、よい製品づくりに集中できる環境を整えるべく、開発体制を根本からつくり直すことにしたのです。

「量から質へ」 一貫した開発体制が唯一無二の価値を生む

ーー開発のあり方をどのように変えたのでしょうか。

名児耶剛:
一番の転換は、「量から質」へのシフトです。それまで年間約50アイテムをつくっていた製品数を半分に絞りました。その分、一つひとつの製品に愛情と情熱を倍かけ、よいものをつくろう、と開発メンバーと話していきました。今の時代、100円ショップに行けば生活雑貨はほぼ全て揃います。しかし私たちは、他社さんには真似できない、お客様の暮らしをどのようによくできるのかを想像し、具体的に思い描けるような製品開発を続けています。たたむストレスを解消した「Shupatto コンパクトバッグ」やお米を美味しく食べるための道具「極(きわみ)シリーズ」はその一部です。真摯によいものと向き合い、注いだ情熱の数だけ、お客様からのご評価、ご信頼の証である売上という結果が後からついてくるのだと信じています。

ーー貴社のものづくりの強みはどこにあるとお考えですか。

名児耶剛:
マーナで働いてくれているメンバー全員に温かみがあり、優しさがあることが最大の強みです。さらに、一貫した開発体制も私たちの強みだと感じています。一般的な企業ではマーケター、デザイナー、設計と分業されることが多いのですが、マーナではデザイナーが自ら暮らしの中の困りごとを見つけ、企画からデザイン、設計、販売に至るまですべての業務に責任を持って携わり続けます。

100年以上大きな変化がなかった調味料容器の市場において、「砂糖や塩が固まってしまう」という家庭の悩みに着目。ワンタッチで開き、シリコンパッキンでしっかり密閉できる調味料入れを開発しました。この体制だからこそ、作り手の強いこだわりと独自性が宿った製品が生まれると考えています。

AI時代だからこそ「人間の感性」に回帰する

ーー生成AIの導入にも積極的だとうかがいましたが、どのように活用されているのですか。

名児耶剛:
全てのメンバーにAI研修を受けてもらい、日々の業務にフル活用してもらっています。私自身もアプリを自作して社内の業務効率化を進めています。ただ、AI活用は人員削減のためでは決してなく、AIに任せられる部分はAIに任せ、メンバーが本来取り組みたかったけれど先延ばしにしていた「人間にしかできない、感性が必要な仕事」に集中するためです。マーナメンバーが本来の力を発揮するためのAI活用であり、この棲み分けがこれからのものづくりには不可欠だと考えています。

ーー今後のビジョンをお話いただけますか。

名児耶剛:
マーナは150年以上キッチンからお風呂、リビングに至るまで、生活のあらゆるシーンをよりよくする製品づくりに取り組んできました。現在、マーナの製品は世界35カ国に展開しています。ありがたいことに、日本国内だけでなく、マーナのこと、マーナ製品のことを認めてくれるパートナーが世界中に広がりつつあります。私たちの製品は、世界中の人々を笑顔にできると信じています。残り160カ国以上への展開も視野に入れながら、よい製品づくりにより一層力を入れていきます。

ーー最後に、ブランドとしてこれからどのような存在になりたいとお考えですか。

名児耶剛:
私が5代目としてのバトンを受け取ってから一貫してメンバーに伝えているのは、「200年愛される企業になろう」ということです。マーナは今年で154年目を迎えますが、短期的目線に陥ることなく、長期目線でよいものをつくり続けていきます。そのためには、店頭でもECサイトでもSNSでも「360度どこからどう見てもマーナ」とお客様に思っていただく統一感が必要だと考えています。

このような統一されたブランドアイデンティティを日本中、世界中で確立することが不可欠です。最終的には、「マーナなら安心だよね」とお客様に信頼され、200年愛され続ける企業を目指し、歩み続けていきたいと考えています。

編集後記

「真摯によいものと向き合い、注いだ情熱の数だけ、お客様からのご評価、ご信頼の証である売上がついてくる」。名児耶氏のこの言葉には、ものづくりへの純粋な愛情と、使い手に対する深い誠実さが込められている。154年という長い歴史を持ちながら、AIなどの最新技術を軽やかに取り入れ、世界市場へと販路を広げる機動力は、老舗のイメージを塗り替える力強さがある。効率化を追い求める時代にあって、あえて「人間の感性」に時間を投資する同社の姿勢。それは200年企業へと向かう確かな道標となるだろう。生活に寄り添い、日常の風景を少しだけ豊かにしてくれるマーナの製品。これから世界中でどのような笑顔を生み出していくのか、その飛躍が楽しみでならない。

名児耶剛/1983年東京生まれ。学習院大学卒業後、ニューヨークへ留学。2011年株式会社マーナ入社。海外販売、国内販売部門を経て、2016年開発責任者、2018年専務取締役を務めた後、2024年に代表取締役社長就任。