※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

全国に100以上の店舗を構える大手書店チェーン、株式会社丸善ジュンク堂書店。スマートフォンの普及による可処分時間の奪い合いなど、書店業界が大きな転換期を迎える中、同社は「書店の再定義」という難題に挑んでいる。2024年に代表取締役社長に就任した西川仁氏は、数々の新店舗立ち上げを経験してきた現場のプロフェッショナルだ。オリジナル雑貨を展開する「EHONS」やシェア型本棚サービス「cuebooks」など、新しいビジネスモデルを次々と生み出す同社の変革の裏側と、求める人物像についてうかがった。

現場での新店舗立ち上げ経験が教える「準備と仕組み」の重要性

ーーこれまでのご経歴と、印象に残っている店舗経験についてお聞かせください。

西川仁:
1989年に丸善株式会社へ入社して以来、京都や大阪、千葉の津田沼、東京の日本橋・丸の内といった全国各地で新店舗の立ち上げや改装に尽力してきました。ジュンク堂書店との合併後も、福岡店や京都本店などで店長職を歴任しています。

こうした新店舗の立ち上げにおいては、事前の準備から商品の発注、さらには採用したスタッフへの接客指導まで、膨大なマルチタスクを同時進行でこなさなければなりません。毎回のように体重が5キロほど落ちてしまうほど過酷な環境ではありましたが、この現場経験があったからこそ、事前の準備や仕組みづくりがいかに重要であるかを肌で学ぶことができました。当時の経験で得た教訓は、現在の経営を支える揺るぎない基盤となっています。

ーー入社当時から現在にいたるまで、書店を取り巻く環境はどのように変化してきたのでしょうか。

西川仁:
スマートフォンの急速な普及は、人々の可処分時間を奪い、書店の風景を一変させました。かつては黙っていてもお客様が来ていましたが、今はその「集客」自体が最大のボトルネックとなっています。

店舗事業部で現場を率いていた頃、どれだけ必死に本を並べ、接客を磨いても「収益性が低い」と指摘され続ける時期がありました。自分たちが信じて積み重ねている努力が、時代の変化という大きな波の前で、本当に正しい方向を向いているのか。その葛藤こそが、私の原体験です。単に本を仕入れて売上を立てるだけのモデルでは、もはや求められる収益を確保できない事実に、誰よりも現場で向き合ってきました。

一方で私たちの強みは、全国に100以上の実店舗という「場所」があることと、本や空間が好きで真面目に業務に取り組む従業員という「人」がいることです。この2つの源泉を最大限に活かし、今の時代に合わせた「書店の役割」を再定義していく必要があると考えました。

新規事業への挑戦を支える「デジタル・グローバル・IP」戦略

ーー具体的にはどのような施策を進められているのですか。

西川仁:
社長就任の際、私は「収益性の劇的な向上」という大きな命題を背負いました。ただ本を売るだけの受動的な小売業から脱却し、自分たちで価値を付加する「製造小売」や「サービス小売」の領域へ踏み出さなければ、未来はないと考えました。そこで、いくつかの新たな取り組みを展開しています。

その一つが「絵本の世界を楽しむ空間」をコンセプトにした絵本と雑貨の専門店「EHONS」です。書籍は再販制度により小売側が価格を決定できず、原価率も高いため、単体での利益拡大には限界があります。そこで、絵本のキャラクターIPを活用したオリジナル雑貨を自社で企画・販売する「製造小売」のモデルを確立しました。書籍というパッケージメディアの可能性を広げることで、売上高の向上と収益性の改善を両立させています。

また、シェア型本棚サービスの「cuebooks」は、本を通じたコミュニティを提供する「サービス小売」としての挑戦です。読書という個人的な体験を、読み終えた後の対話やイベントまでつなげることで、従来の書店にはなかった新しい体験価値と集客を生み出しています。

実は、これらはいずれも現場社員の自由なアイデアから生まれました。「やりたい」と手を挙げた担当者が主体となって進めることこそが、ビジネスとして最も良い仕上がりに、そして現場の活力に繋がると確信しています。

ーー収益構造を抜本的に変えるための具体的な「柱」についてお聞かせください。

西川仁:
「EHONS」などの新業態は、私たちが掲げる成長戦略の具体策の一つです。弊社では「デジタル」「グローバル」、そしてそれらを支える「IP」の3つを成長の柱に据えています。

まずデジタル戦略においては、大きな転換点がありました。親会社の大日本印刷(DNP)による「honto」の紙の本の通販終了を受け、私たちは自社ECサイトとアプリをゼロから立ち上げたのです。巨大なECサイトと機能面で正面から勝負するのではなく、弊社限定の販売や特典付き商品に特化することで差別化を図っています。

また、国内市場の縮小を見据えたグローバル展開も不可欠です。近年、日本のアニメやコミックなどのIPはアジアやヨーロッパで非常に注目されています。昨年3月には、台湾の台北にある新たな商業施設内に海外2店舗目を出店しました。現地の代理店や出版社と連携して日本のIP商品を展開し、さらに「EHONS」のオリジナル商材も現地向けに許諾を取り直して販売した結果、書店としては異例となる初年度からの黒字化を達成しました。

これらの「デジタル」と「グローバル」の取り組みを根底で支えるのが「IPの活用」です。ただ本を仕入れて売るだけでは成り立たないという課題感の中で、こうした新しい施策を次々と打ち立て、お客様に新たな価値を届けることで、持続可能な収益構造への転換を確固たるものにしていきたいと考えています。

経営理念の刷新と「人的資本経営」への転換

ーー目標を達成するために、今どのような組織づくりを推進されているのでしょうか。

西川仁:
2024年に社長に就任した際、私に課せられたのは中期経営計画における「5年間で営業利益を4倍にする」という非常に高い目標でした。これを達成するには、従業員一人ひとりがそれぞれの立場で全力を尽くし、自律的に動く「人的資本経営」への転換が不可欠です。具体的には、全社員が前向きなマインドで業務に取り組めるよう「変化を恐れず挑戦する」「人材を育成する、チームの質を高める」「率直に発言をして、その上でより良い形で行動につなげる」「悪い情報ほど上長に迅速に報告を上げる」といった行動規範を明確に示しました。さらに、現在の業態変化や進むべき方向性に合わせて、2026年4月に経営理念、ミッション、ビジョンを新たに刷新しました。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

西川仁:
弊社は、歴史ある企業でありながら、まさに「スタートアップ企業」のように新しいことに挑戦している最中です。だからこそ、若い方々の感性や感覚、情熱が非常に大きな価値を持ちます。本や文具が好きな方はもちろん、日本の町が発展する社会を支えたいという思いに共感し、新規事業を自分で手がけてみたいという意欲のある方をお待ちしています。変革期にある組織を、一緒につくり上げていくやりがいをぜひ味わっていただきたいです。

編集後記

「ただ本を売るだけでは生き残れない」。そんな危機感をバネに、出版業界の常識を覆す次の一手を打ち出し続ける西川氏の姿勢が非常に印象的だった。現場での過酷な立ち上げ経験を持つ同氏だからこそ、社員の自発的なアイデアを「EHONS」や「cuebooks」といった形あるビジネスへと昇華できるのだろう。「現在はスタートアップ企業のような状態」と語る同社の環境は、新しい価値創造に挑みたい若手人材にとって、これ以上ない挑戦の舞台となるはずだ。

西川仁/1966年大阪府生まれ。立命館大学卒業。1989年に丸善株式会社に入社し、京都河原町店、天満橋松坂屋店を含む計3店舗の新店舗立ち上げに取り組み、日本橋店、丸の内本店店長、営業企画室室長を経験。ジュンク堂書店と合併後は池袋本店店長、福岡店店長、京都本店店長、執行役員西日本営業部部長、取締役営業本部副本部長、常務取締役を歴任。2024年4月に株式会社丸善ジュンク堂書店代表取締役社長に就任。