
総合商社での鉄鋼ビジネスから、アパレル専門商社である三喜商事へと転身した熊谷嘉延氏。創業70周年を迎える老舗企業において、古き良き伝統を守りながらも、企業買収によるセレクトショップの展開や、日本の魅力を世界へ発信する新ブランドの立ち上げなど、次々と新しい風を吹き込んでいる。なぜ全くの異業種から同社に飛び込み、「自律的に成長する組織」へと変革できたのか。トップダウン体制を排し、個人の熱量を事業の原動力に変える同氏の経営手法に迫る。
鉄鋼からアパレルへ 大企業と中小企業の違いから見えた「商いの本質」
ーーまずは、貴社に入社された経緯を教えていただけますでしょうか。
熊谷嘉延:
私は新卒で三井物産に入社し、約10年間、鉄鋼製品の貿易業務や企業買収などの事業投資に携わらせていただきました。世界中のお客様への営業活動や、M&A、出資先の事業運営など非常に多くの経験を積み、ビジネスパーソンとしての基礎をつくっていただき、本当に感謝しています。
三喜商事は妻の祖父が創業した会社であり、妻が三代目の長女です。前職で10年経った頃に「会社を手伝ってほしい」と打診を受けました。当時の私は企業経営や事業変革に強い興味を持っていたため、ぜひ挑戦したいと決意した次第です。
ーー異業種への転職で、どのようなギャップを感じましたか。
熊谷嘉延:
扱うものが鉄から洋服に変わっても、商いの本質的な違いはないと感じました。もちろん、会社の規模や仕組みの違い、大企業が持つ看板の大きさは痛感しました。しかし、商社としての立ち位置や、事業をつくり経営していくという点においては共通点の方が多いと思います。
「待ち」の代理店ビジネスから「攻め」のセレクトショップ展開へ

ーー貴社に入社後、会社をどのように変革していったのでしょうか。
熊谷嘉延:
お客様を非日常体験でワクワクさせ続けるという当社の存在意義はそのままに、お客様の愛着を高め、より深い関係性を築けるように、事業の中身を転換してきました。私が入社した2017年当時、事業内容は創業時からほぼ変わっていませんでした。海外ブランドの国内総代理店という事業は模倣されやすく、ブランドや人材の引き抜きが頻発する厳しい市場環境。このままでは立ち行かなくなると危機感を抱き、自律的に成長できる会社への変革を決意したのです。長年のやり方に慣れた社員からの反発もありました。しかし、長期的な視点で当社の競争力を高めるため、よりお客様との関係性を深められる方向へ舵を切りました。
その一環として、2019年以来、長年の卸先であったセレクトショップの承継を続けています。事業承継問題を抱えていた前オーナーから引き継ぎ、当社が運営を担い、事業の成長を押し進めてきました。
ーーセレクトショップの展開において、どのような点に注力されていますか。
熊谷嘉延:
各店舗が持つ個性や感性を何より大切にしています。全国どこでも画一的な商品を提供するのではなく、各店がどのように世界中のブランドを再編集して提案するのか、その独自性を重視しているのです。そのため、同じブランドを扱っていても店舗ごとに提案の仕方が全く異なり、携わるスタッフの創造性を活かした店づくりを行っています。あえて数十店舗規模に拡大させることはしません。お店ごとに熱烈なファンをつくっていく手法が私たちの強みです。
高品質と非日常体験へのこだわり 日本の魅力を世界へ
ーーどのような考えを大切にし、自社の強みをどこに見出しているのでしょうか。
熊谷嘉延:
私は創業以来変わらない、会社の存在意義を軸に意思決定を行っています。2022年に社長へ就任して、一層、従業員やお客様にとっての幸せは何かを深く考えるようになりました。経営者の意向で会社をどの方向にも進められますが、70年続く企業の存在意義は簡単に変えるべきだとは思いません。そのため、迷ったときは常にその原点に立ち返っています。また、弊社の強みは、品質と特別な体験への徹底したこだわりです。どれだけ大きな売り上げが見込まれても、大量生産による安売りには手を出さず、人々を魅了する商品や空間づくりに特化しています。
ーー新たな取り組みについても教えていただけますか。
熊谷嘉延:
日本の優れた技術や産品を、世界に向けて発信する事業を始めました。これまでは海外の品を日本に紹介する事業が中心でしたが、日本の魅力を伝えるための企画を立ち上げています。どこに行っても同じようなお土産が並ぶという課題が指摘されている日本のお土産市場ですが、我々は日本文化を「体験できるお土産店」を目指しています。伝統工芸品を並べるだけではなく、各地の現代作家や職人を発掘し、ユニークさや遊び心、背景にあるストーリーを感じられる商品をセレクトしています。
また、同様の考え方で和服を取り扱う自社ブランド「参mile(マイル)」も開始しました。日本の伝統衣装である黒羽織・仕事半纏を現代的に再構築し、世界に向けて新しいKIMONOスタイルを提案するブランドです。現在は、観光地・旅館などに向けて、ユニフォーム事業を展開しています。
その他にも、世界中の魅力的なライフスタイルブランドや商品を週替わり・月替わりで紹介するフリースペース「hRp_a」を神宮前で運営するなど、ファッションの枠を超えて多くの挑戦をしています。
現場主導で「ワクワク」を生み出す次世代へのメッセージ
ーー5年後、10年後の目標についてお聞かせいただけますか。
熊谷嘉延:
世界中のライフスタイルブランドや商品を再編集して非日常体験を創出するという領域において、日本を牽引する企業になることです。業界内外の方々から、「三喜商事が展開する新しい事業なら、きっと面白いはずだから見に行こう」と思ってもらえる会社になることが理想ですね。
ーーその目標を実現させるための組織づくりはどのように進めていますか。
熊谷嘉延:
若手も含めて、熱量の高いメンバーに積極的に現場を任せ、自ら事業をつくれる人材の育成を進めています。今までにないものを生み出すには、手引書に沿った教育ではなく、実体験での苦労や試行錯誤が不可欠だからです。
また、事業の価値や基本概念から考えて人を動かせる、本質的な市場開拓の能力も求めています。現在動いている魅力的な案件は、すべて現場からの提案で生まれています。私が上から指示するのではなく、世の中を楽しませたいという熱意ある社員が事業を牽引しているのです。私自身が、社員に楽しませてもらっている感覚ですね。情熱ある方々が仲間に加わってくれれば、より面白い事業が世の中に増えていくはずです。ぜひ一緒に魅力的な事業をつくっていきましょう。
編集後記
異業種から老舗アパレル商社へと飛び込み、伝統を受け継ぎながらも矢継ぎ早に変革を進める熊谷社長。過去の経験を活かしつつ、現場の感性や個人の熱量を引き出す現場主導の組織づくりは、これからの時代の「自律型組織」の理想形といえる。安売り競争から脱却し、高品質と非日常の体験を追求する姿勢。そして、日本文化を世界へ発信する新たな挑戦。「生活提案の分野を牽引する企業」を目指す三喜商事のこれからの躍進に期待も膨らむ。

熊谷嘉延/1985年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、2007年に三井物産株式会社に入社。鉄鋼製品本部に所属し、2年間の米国勤務を含む約10年間、貿易や事業投資、M&Aなどの業務に従事する。2017年に三喜商事株式会社に入社、2022年9月に代表取締役社長に就任。