
1891年の誕生以来、自然由来の成分にこだわったバスソルトで世界中の人々に愛されてきたドイツ発のブランド「クナイプ」。その日本法人である株式会社クナイプジャパンは、安売りに頼らないクオリティビジネスを展開し、成長を遂げている。同社を率いる代表取締役の大脇明憲氏は、ビール業界での現場経験や外資系企業でのマネジメントなど、多彩なキャリアを持つ人物だ。就任直後から独自の「90日ルール」で組織を改革し、ブランド価値を再構築してきた大脇氏に、これまでの歩みと、日本をハブとする今後のアジア戦略についてうかがった。
現場感覚とグローバル視点が培った「90日ルール」
ーーこれまでのキャリアの原点について教えてください。
大脇明憲:
私のキャリアのベースにあるのは、20代で叩き込まれた「現場のマネジメント感覚」です。サッポロビール時代、28歳でアメリカに渡り、巨大ブランドの代理店を統括するマネージャーに就任しました。
そこでは、10歳以上も年上の外国人社員を束ねて市場を開拓していく必要がありました。「戦略がなければ交渉のテーブルにすらつけない」というロジックの重要性を、身をもって学びましたね。外から日本を見ることで、日本のビジネスの甘さやスピード感の違いを痛感したのです。この「現場で苦しみながら、いかに人を動かすか」を追求した15年間の経験が、私のリーダーシップの原点になっています。
ーー代表に就任された際、どのように組織改革を進められたのでしょうか。
大脇明憲:
私は、サッポロビールでの米国駐在や複数の外資系企業での経験を通じて、「外から来た人間だからこそ見える視点」の重要性を確信しています。過去のしがらみにとらわれず、新しい目(フレッシュアイ)で組織を俯瞰できる期間は限られており、着任直後の「最初の90日間」が最も感度が鋭い状態であると考えているからです。その独自の経営メソッドを「90日ルール」と呼んでいます。
弊社に入社した際も、まずは全社員と30分ずつ個人面談を行い、現場の意見を徹底的に吸い上げました。そして、就任から90日間で「組織の掌握」「戦略の策定」「マイルストーンの構築」を完遂し、社員や本社に対して今後の方針を明確に提示したのです。
135年の信頼と店頭での存在感を高めるブランド戦略

ーー貴社の事業の強みはどこにあるとお考えですか。
大脇明憲:
最大の強みは、135年の歴史に裏打ちされたブランドのフィロソフィーと、それを守り抜く厳格なオペレーションにあります。創業者が提唱した、「自然の力で、こころとからだを整える」という信念は、一過性のトレンドではなく、135年続く「信頼」であり、他社が容易に模倣できない最大の参入障壁となっています。私たちはこの哲学から外れたことは絶対にしません。

ーー店頭での見せ方にも独自の戦略があるのでしょうか。
大脇明憲:
「ブランドブロック」と呼んでいる戦略を推進し、店頭での存在感を高めています。店舗の棚に「クナイプ」専用の面を確保し、バスソルトの横にハンドクリームやボディオイルなどを並べて展開する手法です。これにより、ブランドの世界観をより深く伝えると同時に、カテゴリーをまたいだクロスセリングを実現し、お客様のライフタイムバリュー(※)を高める狙いがあります。
(※)ライフタイムバリュー:1人の顧客が取引開始から終了までに自社にもたらす、利益の総額。
安売りゼロで価値を維持 「クナイプ」が描くアジア制覇の構想
ーー価格競争が激しい業界において、どのようにブランド価値を維持しているのですか。
大脇明憲:
私たちはドラッグストア業界において、どの店舗でも同一価格を貫き、ディスカウントを禁止しています。安売りによるブランド毀損を徹底して排除し、小売店と「質」に基づいた信頼関係を築くことを最優先にしているからです。価値をしっかりお伝えし、適正な価格で販売していただくことで、結果的に返品リスクを抑えた高収益な構造を実現しています。

ーー今後の事業展開について、どのようなビジョンを描いていますか。
大脇明憲:
既存の枠組みを超えた「デジタルとリアルの融合」と「アジア全域への波及」を見据え、互いに連動する3つの構想を描いています。
1つ目は、デジタルを介した「ファンコミュニティ」の構築です。実は3月をもって自社ECでの販売を終了し、サイトを情報発信とコミュニティ形成の拠点へと大きく転換します。単なる知名度向上ではなく、ブランドのフィロソフィーを深く理解してくださる、コアなファンとの接点をデジタル上で最大化させ、店頭(リアル)での体験へとつなげていくのが狙いです。
そして2つ目が、ドイツ新工場によるイノベーションの展開です。この工場が完成したことで、これまで以上に高品質で安定した供給、そして革新的な製品開発が可能になりました。
最新鋭の工場から生まれる新製品を日本市場へ投入することで、日本の消費者がまだ気づいていないような新たな「驚き」を提供していきます。
最後に3つ目が、これらを基盤とした日本をハブにしたアジア制覇です。コミュニティと革新的な製品によって強固になった日本市場での成功をモデルケースとして、インバウンド需要の取り込みとアジア各国への販路拡大を狙います。各国の気候や文化に合わせてカテゴリーを調整しながら、アジアにおいても「クナイプ」というクオリティビジネスを確立させるのが最終的な構想です。将来的には、アジア全体が大きな柱となるよう、ブランドを成長させていきたいと考えています。
編集後記
「価値があると思っているものを安売りしたくない」。大脇氏の言葉の端々からは、「クナイプ」というブランドに対する深い愛情と、確固たる信念が感じられた。全社員との対話から課題を汲み取る実直な現場感覚と、グローバルな経験から導き出される洗練された戦略。この両輪が見事に噛み合っているからこそ、同社は着実な成長を遂げているのだろう。コミュニティ強化や新工場によるイノベーション、そしてアジア展開と、次々と新たな一手を打つ同社が、今後どのような「驚き」を見せてくれるのか、その飛躍が楽しみだ。

大脇明憲/1984年横浜国立大学を卒業後、サッポロビール株式会社に入社。1994年に米国サッポロビールの副社長、1998年にはサッポロビール本社ブランドマネジメント部長に就任。その後、2007年にチェックポイントジャパン株式会社の代表取締役社長、2010年にはシナルマスAPP・ユニバーサルペーパー株式会社の代表取締役社長を務める。2019年、株式会社クナイプジャパンの代表取締役社長に就任。