
1924年、本郷の地に創立された文京学院。「女性に自立の力を」という教育の志は、1991年、日本初の女子大学経営学部を持つ「文京女子大学」の開学へと結実した。その後、2005年の男女共学化を経て、その精神を「人間としての自立」へと昇華させ、次代に即した学びへと進化を遂げている。文京学院大学は現在、ビジョンの一つとして「永久サポート大学」を掲げ、社会課題を解決するための「ヒューマン・データサイエンス学部」の新設など、次世代を見据えた教育改革を力強く推し進めている。学生一人ひとりの人生に寄り添う教育理念を持ち、教え子の結婚式に100回以上出席したという学長の福井勉氏に、自身のキャリアの原点と、これからの大学教育が目指すべき姿について詳しくうかがった。
理学療法の道へ進んだ原体験と「自ら動く点」への決意
ーーまずは、ご自身のキャリアの原点について教えてください。
福井勉:
私はもともと、自分の進路には決定打が無いうちに浪人となりました。大学に進学した同級生の多くが、進学した大学の内容が面白くないという話を聞き、何か他に面白い道がないかとは考えていました。そんな中、高校の先輩のひとりが珍しい方向性を選んでいるのを聞き、またその内容が面白そうだと思ったのです。
せっかく学ぶのであれば、私が心から面白いと思える分野に進みたい。そう考え、当時はまだ全国でも数えるほどしかなかった理学療法の道へ進むことを決めました。同級生の平均年齢は30歳くらいで、中には40歳ほどの同級生もいる環境で、すでに社会で働いているなど、さまざまな背景を持つ人たちに囲まれて学んだことが、私の原体験となっています。
ーーキャリアを歩む中で、ご自身の大きな転機となった出来事はありますか。
福井勉:
若い頃、安い車で車中泊をしながら関西までドライブをしたことがありました。道中、「自分はどう生きるべきか」と自問自答していたのですが、あるお土産屋にいた高齢の方から、「結婚してからずっとこの場所で生活をしているのよ」という話を聞きました。そのとき私は、そういった人生もあるだろうが、自分を広げるためにもっと色々な世界を見てみたいと強く感じました。一つの場所にとどまるのではなく、自ら動くことで自分の人生を模索したいと進むべき道への決心がついたのです。
ーー教育の現場で、大切にされている言葉や考え方はありますか。
福井勉:
自分にも言い聞かせてきた「大きい人ならどうする」という言葉です。人生で右か左か迷ったときに安全方向に逃げたり、他人によく思われようとするのではなく、自分より他者を優先して自らの器を広げなさいという意味だと捉えています。学生たちにも、自立と共生の精神を持ち、利他の心で大きく成長してほしいと願っています。
「永久サポート大学」というビジョンと「教職協働」の文化

ーー貴学の強みや特徴についてお聞かせください。
福井勉:
最大の強みは、教員と学生の距離が非常に近く、卒業後も人生を共有する「永久サポート大学」という方針を掲げていることです。私の所属学部の例ですが、様々なイベントを通じて親睦を深めることを大事にし、卒業前の関門である国家試験に至るまで、一人ひとりを徹底的にサポートする体制を整えています。こうした密な関わりは、卒業しても途切れることはありません。その絆の深さを象徴する一つの例が私自身の経験です。これまで教え子の結婚式には100回以上出席させてもらいました。本当に嬉しいことです。
また、3月末になっても就職が決まらず悩んでいた学生に対し、「就職するなら行動しなさい」「今からすぐに見学に行って自分の目で確かめてこい」とその足で病院まで行かせたことがありました。その結果、数日後に就職が決まり、そのまま20年勤務している卒業生がいます。
加えて、転職の思いを電話してきた卒業生が、1時間以上話をした後に「実は今、転職書類を持っていて、ポストの前から電話しているんです」と連絡をくれたこともありました。学問を教える場である以上に、学生たちの人生の拠点でありたい。そうした思いで、卒業後も変わらず一人ひとりの人生に向き合い続けているのです。同時に教員であるなら、幾つになっても何か教えるべきものを持つために成長していなければならないとも考えています。
さらに、教員間や職員間のコミュニケーションを深め、教職員が一体となって学生を支援する「教職協働」の文化も大切にしています。大学では理論だけで終わらない「実学」の機会を豊富に用意しており、実践的な学びの場を提供していることも大きな特徴です。
ーー学生の心に残る、独自の取り組みについてお聞かせください。
福井勉:
卒業式の前に、学生には内緒で親御さんからの手紙を渡すサプライズを実施してきました。具体的には、式の1カ月ほど前に親御さんへお手紙を送り、学生の4年間の成長に対する思いなどを募るのです。当日、何も知らない学生が封筒を開けた後には、親からの言葉に多くの学生が涙を流す光景がよく見られます。小学校のようなイベントかもしれませんが、今の学生も思ったよりドライではないのです。
人生の重要な期間を本学で過ごしてくれた学生はもちろんですが、その周辺で支えてくださったご家族や教職員の皆に思いが届くような、瞬間を大切にしたいと思っています。こうした「時間や空間をともに過ごす教育」こそが、私たちの理想とする姿です。
ーー学生やご家族に深く寄り添う姿勢は、どのような背景から生まれたのでしょうか。
福井勉:
私どもの学校法人は、2024年に創立100周年を迎えたのですが、その成り立ちそのものがわれわれの原点だと思っています。今から100年ほど前、関東大震災の直後に、わずか22歳の創設者が女性の自立を目指して立ち上げた「裁縫の学校」が本学の始まりです。困難な状況にあっても経済的に自立するという先駆的で力強いアイデンティティは、現代の教育においてもわれわれのベースとなっているのです。
社会課題を解決する「ヒューマン・データサイエンス」とグローバル展開

ーー今後のビジョンや、新たな取り組みについて教えてください。
福井勉:
新たに取り組む大きな柱として、2026年4月に「ヒューマン・データサイエンス学部」を新設しました。これは、データを単なる数字として扱うのではなく、人間の幸福や社会課題の解決のためにどう活用するかを学ぶ文理融合の学部です。たとえば、商店街の活性化のような問題や人の生体信号などの身近な課題をデータを用いて解決する実践的な教育を行います。数学があまり得意ではない学生でも無理なく学べるカリキュラムを用意しています。
ーー「学びの質」を高めるためにどのような変革に取り組まれていますか。
福井勉:
従来の90分授業を2026年4月より100分授業へ変更しました。これは、単に拘束時間を伸ばすのではなく「柔軟な時間の創出」が狙いです。1回の授業時間を10分延ばすことで、学期全体の授業日数を集約し、学期の途中に2週間連続の集中学習期間を設けることが可能になります。その期間を海外留学や語学研修に充てるなど、学びの密度を高めることができることになりますし、カリキュラムに柔軟性が生まれます。科目によっては週3回集中的に実施するなど、メリハリのある学びの枠組みへと刷新することで、より実践的で密度の高い教育を提供します。
ーー最後に、将来の社会変化を見据えた戦略をお聞かせください。
福井勉:
2040年には18歳人口が減少することはが明らかですので、それに向けた準備は急務です。本学では、社会人の学び直しであるリカレント教育の拡充や、外国人材の活躍を支える日本語教育プログラムの提供など、新たな学びの形を今年度から提供していきます。
さらに、アメリカ、韓国をはじめとした多くの国の大学との連携も強化し、国境を越えた教育ネットワークを構築していく考えです。これらの変革を通じ、自治体や企業などとの異なる連携も模索しながら、時代が求める価値を生み出し続ける大学でありたいと考えています。
編集後記
100年という伝統にあぐらをかくことなく、未来へ向けた教育の形を模索し続ける福井氏の姿勢が印象的だった。学生一人ひとりの人生に深く関わる「永久サポート」の精神と、データを駆使して社会課題に挑む「ヒューマン・データサイエンス学部」の新設は、まさに同大学が掲げる「自立と共生」の体現と言える。18歳人口の減少という社会課題に対しても、リカレント教育やグローバル連携という具体的解決策の提示により力強く前進する同大学のさらなる飛躍に期待が高まる。

福井勉/昭和大学藤が丘病院、東京都立医療技術短期大学、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院主任、昭和大学医療短期大学助教授、昭和大学保健医療技術学部助教授、Western 大学大学客員教授、Otago大学客員研究員、文京学院大学保健医療技術学部学部長を経て、2023年4月文京学院大学の学長に就任。