※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

独自AIによるルーティング技術を用い、タクシーを利用者同士でシェアする「シェア乗り」サービスを展開する株式会社NearMe(ニアミー)。代表取締役社長の髙原幸一郎氏は、SAPジャパン株式会社や楽天株式会社に身を置きグローバルビジネスの最前線で活躍してきた。世界を目指していた同氏が、なぜ日本の「移動の課題」に着目し起業に至ったのか。背景には日用品EC事業で得た手触り感と、海外駐在中に気づいた真理があった。地域課題の解決に挑み、新たな移動インフラの構築を目指す髙原氏に歩みと展望をうかがった。

世界を目指したキャリアと生活に関わるサービスの「手触り感」

ーーまずは、ご経歴と初期のキャリアについて教えてください。

髙原幸一郎:
起業の1年前まで、自ら事業を起こすとは微塵も考えていませんでした。むしろ「世界で通用する人材になりたい」と強く願い、新卒でソフトウェア会社のSAPジャパンに入社しました。就職活動の軸は「グローバル」と「社会へのインパクト」です。情報インフラを通じて、社会に前向きな変化を起こしたかったのです。同社には約10年在籍し、国内外の企業の業務改革やシステム導入に携わりました。その後、日本企業として世界一を目指すタイミングだった楽天に魅力を感じて転職しました。日本と世界の懸け橋になりたいという志を持っていたからです。

ーー楽天では、どのような事業に携わられたのですか。

髙原幸一郎:
海外志向はあったものの、最初の数年間は国内に特化した事業を担当しました。物流拠点の立ち上げや、オンラインドラッグストアの事業責任者などです。このドラッグストア事業は、おむつや飲料水といった重くかさばる日用品を、注文の翌日に届けるサービスでした。娯楽要素の強かった当時のインターネット領域において、生活に欠かせない品を直に届ける仕組みには、人々の日常を便利で豊かにしているという強烈な「手触り感」と面白さがありました。この経験から、生活に直結する事業への関心が強く芽生えたのです。

海外生活で気づいた「超ローカル」な自分の生活圏

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれましたか。

髙原幸一郎:
楽天に在籍した約5年半のうち、後半の3年半はアメリカやフランスに赴任し、楽天が買収した企業の経営管理や事業開発を担いました。念願のグローバルな環境に身を置き、これは大きな転機となりました。しかし、そこで強く感じたのは「自分の生活圏は極めてローカルだ」という事実です。仕事では世界を相手に動いていても、実際の生活は車で10分ほどの範囲で完結していました。

ーー現地での経験を通して考え方など変化はありましたか。

髙原幸一郎:
人々の生活を向上させる事業に向き合うなら、自分自身が海外にいる必要はないと気づかされました。また、外から相対的に日本を見たとき、「日本はとても豊かな国だ」と実感したのです。同時に、地方には良いものがあるのに交通手段がなくて行けないといった「もったいなさ」も感じました。加えて、買収先で純粋に事業を楽しむ起業家たちを間近で見てきたことも影響しています。

自分が生まれ育った日本のために、地域を支える仕組みをつくりたい。地域課題はさまざまありますが、中でも人々の生活への影響が特に大きい「移動の課題」を解決したいと考えるようになりました。当時は楽天社内で事業化する道も探りましたが、その時の会社全体の方向性や大企業にいる以上、ずっと携わり続けていくことができる保証がないことなどを考慮すると難しく、最終的に「自分で起業するしかない」と決断しました。

原体験から生まれた「シェア乗り」で移動の課題を解決する

ーー現在の事業内容と、そこに着手した背景を教えてください。

髙原幸一郎:
現在、私たちは累計で140万人以上の方にご利用いただいている「シェア乗り」サービスを展開しています。日本ではドライバー不足により交通機関の供給が減り、需給バランスが崩れるという深刻な課題を抱えています。移動の質と量を維持するには、1台の車両に複数人が乗るシェアの仕組みが不可欠です。

私自身、埼玉の郊外に住んでいた頃、終バスを逃してタクシー乗り場の長蛇の列に並ぶ苦痛を味わいました。また、築30年の中古集合住宅に住んだ際、住民の平均年齢が70歳を超え、移動手段の欠如がコミュニティの存続を脅かしている状況を目の当たりにしました。

こうした原体験が、事業を推進する強い原動力になっています。最初は空港送迎の領域から開始し、AIを活用した独自のルーティング技術を用いたマッチングシステムを構築しました。現在ではその仕組みを自治体の交通空白地域の課題解決に提供するほか、ホテルや旅行代理店と連携し、日常の多様な利用シーンへと広げています。

ーー今後の展望についてお聞かせください。

髙原幸一郎:
中長期的な目標は、「自分が住みたい街に住み続ける社会」をつくることです。移動の選択肢を増やすことで、その実現に貢献していきます。また、5年先を見据えれば、自動運転技術が人手不足に対する強力な打開策になります。シェアリングを前提とした自動運転と、私たちの「シェア乗り」サービスを結びつける。これにより交通の空白地帯をなくし、地域課題の解決をさらに前進させられると確信しています。

編集後記

「自分が住みたい街に住み続ける社会をつくる」。髙原氏の言葉には、確かな原体験と生活者への深い共感が宿っていた。最先端のAI技術を用いながらも、目指しているのは極めて人間らしく温かな未来だ。交通インフラの維持が危ぶまれる日本において、同社の「シェア乗り」が当たり前の風景になる日は、そう遠くないだろう。

髙原幸一郎/シカゴ大学経営大学院卒。2001年にSAPジャパン株式会社に新卒入社し、国内外の業務改革プロジェクトに従事。2012年に楽天株式会社に入社し、物流事業の立ち上げや日用品EC事業の責任者を務め、米・仏グループ会社の取締役やCEOを歴任。日本の地域資源の活用に関心を持ち、2017年に株式会社NearMeを設立。特に地域課題であるドアツードアの移動問題に取り組み、独自AIを活用した移動のシェアサービスを展開。2026年3月に一般社団法人スタートアップ協会の代表理事に就任。