※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

世界初のノートPCを世に送り出し、日本のビジネスを支え続けてきたDynabook株式会社。近年、東芝グループからシャープグループの傘下へ入り(※1)、新たなスタートを切った。新たなフェーズへ向かう中、2026年4月、渋谷正彦氏が代表取締役社長に就任。入社以来30年以上にわたり現場の最前線を駆け抜け、「三現主義(現場・現物・現実)」を貫いてきた渋谷氏。彼が描くのは、端末メーカーからの脱皮と、ITのプロ集団への進化だ。競争が続くPC市場において、DynabookはいかにAI時代を勝ち抜くのか。新社長の経営哲学と、次世代に向けた組織変革の全貌に迫る。

人の熱意に触れた入社秘話と社長就任への覚悟

ーーまずは、貴社へ入社された経緯についてお聞かせいただけますか。

渋谷正彦:
就職活動中は複数の企業からご縁をいただき、どの会社に進むべきか熟考していました。弊社からは一番早く内定をもらっており、他社と比較検討していたのですが、その矢先、当時の人事部長と食事をご一緒する機会があったのです。その際に他社の選考状況も含めて率直な思いを伝えたところ「他社ではなく、ぜひうちで一緒にやってほしい」と大変熱心に言葉をかけていただきました。

私自身をそこまで強く求めてくれる人事部長の熱意に深く心を動かされたことが、入社の決め手となったのです。のちに他社の方々と仕事でお付き合いする中でさまざまな社風に触れる機会がありましたが、その度に「この会社を選んで本当に良かった」と、当時の決断に間違いがなかったことを実感しています。

ーーご自身が社長になることは、いつ頃から意識されていたのでしょうか。

渋谷正彦:
前社長から「覚悟というか、ちゃんとそういう準備をしてください」と言われ適切な準備期間をいただいて社長候補として打診を受けました。歴代の社長からタスキを渡されたという事実を踏まえ、「dynabook」をさらに強化し、誰もが知るブランドへと育て上げることを決意しています。

「三現主義」と絶妙な距離感 現場で培われたマネジメントの真髄

ーーキャリアにおける最大の転機と、経営の軸となる考え方についてお聞かせください。

渋谷正彦:
入社以来35年以上にわたって弊社で歩んできましたが、最大の転機は、1998年に所属していた営業部門が本社の本部格上げされ移管したときです。当時私は、東京支社で全国展開する大手顧客を担当していました。しかし、全国の案件が東京に集中し過ぎて、社内で摩擦が生じる事態になってしまいます。

そこで営業部ごと、本社本部に移管されることになりました。現場から本社の人間になり、全国規模の案件を任される中で後輩も増加していきます。人の上に立つマネジメントを強く意識し始めたのはこのときです。入社する人材を育て、守り抜く責任の重さを痛感しました。

ーーマネジメントの秘訣とはどのようなことですか。

渋谷正彦:
最も重視しているのは、相手との「適切な距離感」を保つことです。当時、私が師と仰ぐ優秀な上司がいました。頭の回転が速く、取引先からも非常に好かれる人物で、その上司から距離感の重要性を学んだのです。社内であれ、顧客や販売パートナー企業であれ、近づきすぎると全体が見えなくなります。逆に離れすぎると心も離れてしまうもの。この絶妙な距離感を保つことは、経営者となった今でも大切にしています。

ーー組織づくりにおいても、その距離感を重要視しているのですか。

渋谷正彦:
非常に重要だと考えています。一人でできる仕事には限界がありますが、複数人で力を合わせる際には絶対的な信頼関係が不可欠です。たとえば、オリンピックで活躍するトップアスリートのペアは、昼夜を問わず行動をともにし、深い信頼関係を築いていますよね。ビジネスにおいても、単なる仲良し集団ではいけません。互いのリズムを理解し合い、絶妙な距離感を保つ関係性が大きな成果を生むのです。

ーー経営判断において、特に重視されていることは何ですか。

渋谷正彦:
「判断のタイミング」と「三現主義」です。事業は常に動いており、一瞬の判断の遅れが致命傷になります。逆に早すぎる判断も失敗を招くため、適切なタイミングを見極めることが不可欠です。

もう一つは、「現場・現物・現実」を重視する三現主義です。同じ事象でも、人によって報告内容や着眼点は異なりますから、人づてに聞いた情報を鵜呑みにせず、自ら現場へ確認しに行くようにしています。現実を直視し、現物を確認しなければ、誤った判断を下してしまいます。現場で起きていることや顧客の感情にしか、本当の答えはありません。

お客様に寄り添う「Never Give Up」の精神が顧客満足度No.1を牽引

ーー競争環境にあるPC市場において、貴社の事業の最大の強みは何ですか。

渋谷正彦:
最前線にいる営業やサービス部門の「人間力」が最大の強みです。「dynabook」のブランド力や、設計から製造まで一貫する技術力も然りです。しかし何より、PCは導入して終わりではありません。トラブルが発生した際、弊社の担当者は即座に顧客へ寄り添い、我がこととして真摯に対応します。この姿勢が高く評価され、2024年の顧客・パートナー満足度調査でともに第1位を獲得しました(※2)。顧客目線での対応力は競合企業に負けないと自負しています。

ーーそうした対応力を支える貴社の組織的な風土や社風について教えていただけますか。

渋谷正彦:
一言で表すなら「Never Give Up」の精神です。決して諦めない熱量を持つ社員が多い組織であり、技術や営業、サービス部門の誰もが課題へ徹底的に向き合う、いい意味でのしつこさを備えています。

また、弊社には会社公認の野球部が存在しており、勝負の世界の厳しさを知るスポーツ経験者が毎年入社してくることも特徴の一つです。彼らが各部門のムードメーカーとなってベテラン層にも刺激を与えることで、会社全体に「勝負にこだわる」活気ある社風が根付いていると感じています。

シャープグループの強みを生かした「新たな武器」とハイブリッド戦略

ーー現在、貴社の事業において「新たな武器」となっているものは何ですか。

渋谷正彦:
シャープグループの一員となったことで得られた、部品調達におけるコスト競争力です。東芝時代に培われた技術力や供給網の基盤は、現在も大きな財産ですが、そこにシャープグループの強みが加わりました。PCにはICやメモリなど、スマートフォンと共通する電子部品が数多く使われます。スマートフォン事業で存在感を持つシャープと連携し、グループ全体で部品を大量調達できる。これが現在の大きな強みとなっています。

ーーグローバル展開においてもその連携効果を期待されていますか。

渋谷正彦:
大いに期待できますね。シャープの海外地域はB2Cでは身近な家電製品、そしてB2B向けではMFPとディスプレー販売を通じた強固な販売網とブランド力を持っています。この現地のネットワークを最大限に活用し、自社製品を展開することが今後の重要な戦略です。伝統的なハードウェア開発力と、シャープグループの販売網を融合させたハイブリッド戦略により、さらなる成長を目指します。

いちツールだった端末をAI時代の「相棒」に Dynabookブランドの再定義

ーー受け継いだ「dynabook」ブランドを、今後どう進化させていきますか。

渋谷正彦:
確実なサポートを提供する「相棒」のような存在へ引き上げたいと考えています。これまでのdynabookは、優れた業務支援ツールとして評価されてきましたが、AI時代においては単なる情報処理の端末にとどまりません。社内に散在する過去の知見や各部門のデータを有機的に結びつけ、新たな発見をもたらす「AIエージェント」としての役割が求められるようになります。単なるPCという枠を超え、AIを活用する新たなコンピューティングデバイスへと進化させていく所存です。

ーーBtoB市場において顧客の購買基準はどのように変化したとお考えでしょうか。

渋谷正彦:
従業員が「自分が好むPCを選びたい」という要望が強くなっていますね。かつては情報システム部門が価格や性能で一括選定し、従業員は与えられたものを使うのが一般的でした。現在、社外で働く機会が増える中で、「他人から見てスマートでかっこいいものを持ち歩きたい」という声が増加しています。業務用PCであってもスタイリッシュさが求められ、従業員の意欲を高める価値が重視されています。この変化を捉え、選ばれるブランドへ再定義することが急務です。

熾烈な市場競争を勝ち抜く 企業としての「Dynabook」認知拡大へ

ーー競合ひしめくPC市場ですが、現在の環境やシェアについて教えてください。

渋谷正彦:
現在、外資系メーカーや国産ベンダー、さらに第三勢力を含めた7社でシェアを奪い合う熾烈な市場です。弊社は良い時で20%前後のシェアを獲得していますが、気を緩めれば簡単に12%ほどにまで落ち込みかねない厳しさがあります。この業界において、1社で10%のシェアを取ることすら非常に大変なことなのです。

ーーマーケティングやブランディングにおける現在の課題は何ですか。

渋谷正彦:
製品名としての「dynabook」が先行しており、企業としてのイメージが結びついていない点です。我々はエッジ端末製造メーカーであると同時に、「ITのプロ集団」としてサービスを提供している会社です。マルチメディアでの展開を通じて実績や強みを訴えかけ、製品だけでなく、企業としての「Dynabook」の信頼度を確固たるものにしていく必要があります。

現場の課題解決に踏み込む事業展開と次世代人材への期待

ーー今後の取り組みについて展開をお聞かせください。

渋谷正彦:
単にPCを供給するだけでなく、顧客の経営課題に踏み込んだ提案を強化します。弊社の既存顧客の多くは、製造業を中心とした大手企業です。現在、最前線の営業が課題を聞き取り、課題解決を担う専門部隊が具体的な提案を組み立てる体制へと転換しています。自社で完結しない領域は外部企業と連携し、現場の実業務を改善する仕組みを提供。周辺機器も含めた提案を通じ、ITのプロ集団として社会課題の解決に貢献します。

ーーデジタル化やAI活用を推進していく上で、どのような人材を求めていますか。

渋谷正彦:
データを科学的に分析できる人材です。AIをビジネスに活かすためには、仕組みをつくる技術者だけでなく、データを扱うデータサイエンティストが不可欠です。企業内には膨大なデータが眠っています。顧客の業務を理解し、データを整理して意味のある形に整えるデータクレンジングやその助言ができる人材を求めています。論理的な思考力を持つプロフェッショナルとともに変革を進め、確かな実績を積み上げます。世の中から「なくてはならない会社」として認知される未来をつくりあげていきたいですね。

編集後記

長年、現場の最前線で顧客と向き合ってきた渋谷社長。その言葉からは、事実を重んじる「三現主義」の哲学と、仲間や顧客に対する真摯な姿勢がうかがえた。AI技術が進化し、PCの役割が問い直される現在、同社はハードウェア提供の枠を超え、顧客の課題を解決する「ITのプロ集団」への変革を進めている。「Never Give Up」の精神が根付く組織力と、シャープグループの販売網という武器を手にしたDynabook。AIエージェントという新たな役割を担う同社の今後に注目したい。

※1:2018年10月発行株式の80.1%がシャープ株式会社へ譲渡され、シャープグループ傘下となる。2020年8月発行済株式の19.9%がシャープ株式会社へ譲渡され、完全子会社となる。
※2:日経BP「日経コンピュータ」誌による。

渋谷正彦/1965年、東京都出身。東京工学院専門学校卒業。1990年、東芝情報機器株式会社(現 Dynabook株式会社)に入社。2022年、Dynabook株式会社 執行役員 国内事業統括部 統括部長に就任。2025年、Dynabook株式会社 取締役副社長に就任。2026年4月、Dynabook株式会社 代表取締役社長に就任。