
「社会にある、雇用やはたらくの物差しを多角化したい」。その想いを胸に、総合人材サービス会社で長年、転職支援事業を牽引してきた大浦征也氏。現在はパーソルイノベーション株式会社の代表として、既存の事業では解決できなかった社会課題に対し、新たな事業を連続的に創出しようとしている。徹底して「N1」にこだわる事業開発の裏側と、AI時代におけるマッチングアルゴリズムの可能性、そして人材業界の未来について話を聞いた。
就活での挫折から見えた「はたらくの物差し」を変えるという使命
ーー人材業界を志したきっかけを教えてください。
大浦征也:
学生時代には学業以外にもさまざまな経験を積むかと思いますが、就職では学歴重視であることを痛感し、スポーツなどに打ち込んだ努力が、一つの評価基準として正当に認められる社会をつくりたいと考えたからです。私は学生時代、野球に情熱を注いでいました。しかし就職活動の時期になると、学歴のみを重視する当時の厳しい環境に直面しました。大手企業からなかなか受け入れてもらえず、非常に苦労したのです。
そんな、世の中の評価基準は学歴に偏っていると悩んでいた時期に、記念受験のつもりで参加した大企業が多く参加するイベントで、ある新興企業の選考を受ける機会がありました。そこで初めて人材ビジネスの世界を知ります。「新しい産業を生み出し、今後の日本企業を牽引する」と語る経営陣の言葉に、強く心を動かされました。
この経験から、「キャリアの正解を一つに限定せず、個人の多様な価値観が尊重される社会にしたい」と強く決意しました。一つの尺度に縛られず、それぞれの情熱が価値として認められる未来を目指し、この業界へ入ることを決めたのです。
ーー長年のキャリアアドバイザー経験が原点であるようですが、価値観にどのような変化があったのでしょうか?
大浦征也:
キャリアアドバイザーとして、個人の「らしさ」や「仕事の軸」を際立たせる視点を得たことです。これが現在のサービスづくりの原点となっています。入社当初の私は、「はたらくの物差しを多角化させたい」と語る一方で、無意識に人や会社を相対的に比較していました。「どちらが優秀か」「どちらが優良企業か」という見方です。採用する企業側も「偏差値の高い人を選びたい」という論理が働きがちでした。
しかし、キャリアアドバイザーとして求職者と向き合う中で、その考えは変わりました。人にはそれぞれ異なる「幸せの基準」や「価値基準」があることに気づいたのです。誰もが憧れる有名企業を辞退して新興企業を選ぶ人もいれば、あえて業界3番手の企業へ入り、中核として活躍したいと願う人もいます。他者との比較ではなく、独自の絶対的な価値基準を持つ人ほど、働く幸福度や充実度は高い傾向にあります。この事実に気づき、個人の軸を大切にする支援の重要性を学びました。
既存事業の枠を超え徹底的に「N1」の課題に向き合う
ーー貴社に転身された背景をお聞かせください。
大浦征也:
既存の事業領域では着手できなかった、「誰かが解くべきはたらくの課題」を自ら解決するためです。元の職場では、転職の一般化や、自身のキャリアを日常的に考える文化の醸成に全力を尽くしました。しかし、中核事業として合理性や経済性を追求する以上、優先順位の都合でどうしても取り組めない領域が存在していました。
たとえば、社会人の学び直しや、フロントラインワーカーの方々の支援です。こうした分野は、従来の成功報酬型モデルでは参入が困難でした。21年間事業と向き合ってきましたが、いよいよ自らが新たな領域へ踏み出し、放置されてきた課題を解決する組織をつくりたい。そう強く思い、異動を希望したのです。
ーー貴社ならではの強みはどこにあるとお考えでしょうか。
大浦征也:
新しい事業をつくる上で、2つの「N1」に徹底してこだわっている点です。
1つ目は、個別の顧客に対する深い理解です。「誰の、どのような不安や不満を、どう解決するのか」。このたった1人の悩みである「N=1」を的確に把握しない限り、事業は前進しません。
もう1つは、事業の起案者や責任者自身が持つ「強烈な想い」というN1です。「なぜ自分がその課題を解決しなければならないのか」という、魂のこもった熱量が欠かせません。新規事業には、これら両方のN1が不可欠であり、社内でも常にこの原点を問い続けています。
効率化だけで終わらせない AIで紡ぐ「納得解」とプラットフォーム構想

ーーAIの活用についてはどのようにお考えでしょうか。
大浦征也:
業務の効率化を前提としつつも、最終的には個人の「納得感」を生み出すために活用すべきだと考えています。人材ビジネスはこれまで人手に頼る側面が強かったため、AIを用いた技術主導のサービス構築は欠かせません。しかし、効率化だけでは独自の価値や差別化にはつながらないのです。
この4月には、社内の専門機関「HRサイエンス研究所」を立ち上げました。AIを活用した新たな「マッチングアルゴリズム」の研究開発などを進めていく予定です。スキルや条件の点数化のみで「最適な1社」を提示するのは効率的ですが、人間は機能的かつ合理的な判断だけで納得するわけではありません。「どうしても挑戦したい企業がある」といった感情や、不採用などの経験を重ねる過程も重要です。情報科学の力と、心理学や行動経済学などの人間科学の知見を掛け合わせる。そして、本人が「運命の1社を自らつかみ取った」と感じられるような物語を設計する。それこそが、私たちの目指す独自のアルゴリズムです。
ーーもう1つの注力事業の特徴についてお聞かせください。
大浦征也:
現在注力している事業のうちの一つに「HITO-Link(ヒトリンク)」があります。これは、転職を特別な出来事から、日常的に考えるものへ変えるための基盤提供型事業です。弊社のシステムと求人情報を、外部の企業へ開放します。従来の人材紹介は、自社で求人を開拓して求職者を集め、結びつける手順が一般的でした。しかし、弊社が保有する膨大な求人と、AIを活用した独自の結びつけの仕組みを外部へ提供すれば状況は変わります。
たとえば、地方銀行の営業担当者やなじみの美容師など、個人の生活に密着した人々が人材サービスを提供できるようになるのです。その人の性格や背景をよく知る身近な人が、キャリアの相談に乗れる環境を構築する。そうすることで、日常生活の中でより自然に自身のキャリアを考えるきっかけが生まれると考えています。
ーー最後に、今後の展望を教えていただけますでしょうか。
大浦征也:
現場で働く方々の領域で確固たる実績を築き、日常に寄り添った人材サービスを広げていくことです。まずは、これまで人材支援が行き届きにくかったフロントラインワーカーの領域で、確固たる存在になる必要があります。私たちの事業が入り込むことで、現場の待遇改善につなげていきます。そして、より多くの人が前向きにその職種を選べる社会にしたいのです。さらには、基盤提供型の事業を通じてより個人と深く向き合う。そんな、日常に寄り添った人材サービスが世の中に浸透する未来を目指しています。
編集後記
効率化が至上命題とされがちなAI時代において、あえて人間の「納得感」や「物語」を重視する独自のアルゴリズム開発は、個人の多様な価値観に寄り添い続けてきた大浦氏ならではの着眼点だ。就職活動での挫折や長年の現場経験を糧に、社会課題の解決へ真正面から挑む熱量が言葉の端々から感じられた。同社が今後どのような変革を社会にもたらしていくのか、その挑戦に大いに期待したい。

大浦征也/2002年、株式会社インテリジェンス(現 パーソルキャリア株式会社)に新卒で入社。複数事業の営業本部長、マーケティング領域の総責任者、事業部長などを歴任。2017年から『doda』編集長を務め、2019年10月には執行役員に就任。2023年4月よりパーソルイノベーション株式会社の取締役執行役員に就任。2023年7月より現職。