
北海道の雄大な自然の中に、地域文化の魅力を伝える宿を展開する鶴雅ホールディングス株式会社。グループ創業70周年を迎えた同社は、単なる宿泊施設にとどまらず、地域のショーケースとして独自の価値を創造し続けている。その経営を担う代表取締役社長の大西希氏は、14歳で経験した深い喪失感を原点に事業承継を決意した。同氏が目指すのは、売上規模の追求ではなく、スタッフや地域の幸せを第一に考える経営だ。その根底にある思いと、鶴雅ブランドが描く未来について話を聞いた。
創業の原点を守り抜く「おもてなしの心」
ーー事業を継ごうと決意された、最も大きな原体験は何ですか。
大西希:
私が14歳の時、女将をしていた母が交通事故で亡くなりました。それが、最大のきっかけです。旅館と自宅が一体のような環境で育ったため、家族としてだけでなく、会社にとっても母という存在を失ったことは絶望的でした。その深い喪失感の中、「母を目指して女将になれば、父や会社の力になれるかもしれない」「母の背中を追い続ければ、ずっとそばにいられる気がする」と感じたのです。それが、私がこの道に進むと公に宣言した出発点でした。
ーー先代から受け継ぎ、特に大切にされている精神は何ですか。
大西希:
私たちが大切にしているのはどこまでいっても「泥臭いサービス」、つまり格好をつけないおもてなしの精神です。父の代で事業が拡大した際に、施設も同時に高付加価値化されました。その結果、ハードの豪華さにスタッフの意識が引きずられ、サービスまで洗練されすぎてしまう時期がありました。
私たちの原点は20室の小さな木造旅館です。お客様が何かお探しになっているご様子であれば、体裁を気にせず手書きの案内を貼り出します。二つの選択肢で迷った時は、常にお客様にとっての分かりやすさや温かみ、すなわち「おもてなし」を優先することを、今も大切にしています。
地元の魅力発見と技術継承への貢献

ーー仕事の奥深さを最も感じた、最も印象的な経験を教えていただけますか。
大西希:
お客様からの感謝の言葉も大変嬉しいものですが、忘れられないのは、お叱りをいただいた経験です。新しい施設をオープンした当初、サービスが全く追いつかず、あるお客様から「社長を出すまで帰らない」とお部屋に籠もられてしまったことがありました。末期がんのお母様との最後の家族旅行で、個室でのお食事を強く希望されていたにもかかわらず、現場の行き違いでそのご希望を叶えられなかったのです。
お客様にとって一生に一度の機会にお応えできなかったことは、大変痛恨の経験となりました。しかし、この経験は、逆にお客様一人ひとりが持つ特別な背景を深く考えるきっかけとなりました。私たちリゾートホテルに来られるお客様は、生涯の思い出の一つにしようと、特別な思いでお越しくださっています。その責任の重さを改めて痛感し、「仕事の一つひとつが、誰かの生涯の思い出になり得る」と強く認識するに至りました。
ーー地域にとって、旅館はどのような役割を担っているとお考えですか。
大西希:
私たちは旅館を、地域の魅力を伝える「作品」であり「ショーケース」だと捉えています。たとえば、私たちの施設にはアイヌ文化の木彫りなどを数多く展示しています。伝統工芸の真の価値は、お土産屋さんにただ並んでいるだけでは伝わりにくいかもしれません。しかし、旅館という特別な空間で魅力的に設えることでお客様の関心を引き、アーティストの支援や、ひいては技術の継承にもつなげられます。
地元の素晴らしい食材を、旅館での特別な食体験の中で味わっていただくことも同様です。このように、旅館が地域のまだ見ぬ魅力を発見し、磨き上げ、発信していく拠点になれると確信しています。
組織の安定を導くサーバント型経営戦略
ーー組織を率いる上で、どのようなことを意識されていますか。
大西希:
私は、スタッフを後ろから支え、それぞれの個性を事業の成長につなげる「サーバント・リーダーシップ」(※)を意識しています。父は強いリーダーシップで会社を拡大してきました。しかし、その急成長に組織体制が追いついていない面も否めません。今、この組織を安定させ、次のステージへ導くために必要なのは、トップダウンではなく現場に寄り添う経営です。スタッフ一人ひとりの力を最大限に引き出し、多様な意見を取り入れながら足場を固めていくことが、今の私の役割だと考えています。
(※)サーバント・リーダーシップ:組織のリーダーがメンバーを支援する立場に立ち、彼らの成長と成功を最優先に考えて行動するリーダーシップ。
ーー職場の環境づくりとして、具体的にどのような制度や取り組みがありますか。
大西希:
現場の声に耳を傾ける中で生まれた取り組みの一つに、スタッフ用のコミュニティスペースの設置があります。弊社の事業所は自然豊かなリゾート地にあり、都会に比べて仕事以外の時間の過ごし方が限られるという声がありました。そこで、仕事とプライベートの境界を越えてスタッフ同士が自然に交流できる場所を設けました。そこでは仕事の後に皆で集まってゲームをしたり、映画を観たり、それぞれの出身国の郷土料理を振る舞い合ったりと、温かい交流が生まれています。
こうした何気ない時間がチームワークを育み、ひいてはお客様への最高のサービスにつながると信じています。会社がスタッフの生活基盤そのものを支え、「ここで働き続けたい」と思ってもらえる環境を整えること。それこそが、私の考えるリーダーシップの具体的な実践の一つです。
北海道の未来を担う鶴雅ブランドのこれから
ーー最後に、目標や将来のビジョンについてお聞かせください。
大西希:
まずは、急拡大した組織を安定させ、既存の施設一つひとつの価値をさらに深めていくことです。その一環として、ホテルにワイナリーを併設する新しい取り組みも始めています。地域の「食」というテーマを通じて、お客様とのつながりをより深いものにしていきたいと考えています。
また、創業の地である阿寒湖は、アイヌ民族と共にまちづくりをしてきた、世界でも類を見ない観光地です。この「郷土力」とも言うべき個性を強みとして、今後も磨き続けてまいります。
私は、会社の売上規模を追い求めること自体に、あまり興味がありません。それよりも、事業によって生み出した利益を、いかにしてスタッフや地域の幸せに還元できるか。その目的を追求したいのです。働き手が減っていく未来を見据え、単純作業はAIやDXの力で効率化し、人は「人にしかできない感動」を生み出す仕事に集中できる環境を整えます。国籍や性別を問わず、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる組織をつくり、新しい働き方も生み出していきたいです。
私たちが日々働くのは、皆の幸せのためです。それは、ひいては北海道全体の未来に貢献することにつながります。そのことを、これからも丁寧に伝え続けられる経営者でありたいと思っています。
編集後記
14歳で経験した、母との突然の別れ。その深い喪失感から生まれた「母のようになりたい」という切実な思いが、大西氏を経営の道へと導いた。彼女の言葉の端々から伝わるのは、規模の拡大ではなく、スタッフ一人ひとりの人生に寄り添い、地域の文化と共に歩むという強い意志である。同社のおもてなしの根底には、関わる人々を「大きな家族」と捉える温かい眼差しがある。その眼差しは、きっと北海道の未来を明るく照らす光となるだろう。

大西希/1982年、北海道釧路市生まれ。2005年聖心女子大学卒業後、株式会社阿寒グランドホテル(現:鶴雅ホールディングス株式会社)へ入社。その後、鶴雅ホールディングス株式会社取締役副社長を経て、2026年2月に代表取締役社長に就任。北海道観光振興機構理事、北海道観光を考えるみんなの会理事も務める。