※本ページ内の情報は2026年6月時点のものです。

奈良・吉野の地で創業し、「柿の葉ずし」を中心とした事業を展開する株式会社柿の葉ずし。代表取締役の平井宗助氏は、東京のホテルでの修業や和食レストランでの現場経験を経て、家業を牽引してきた。人口減少や価値観の多様化が進む中、同社はあえて規模の拡大を追わず、奈良という土地の歴史・文化と結びついた「価値の深化」へ舵を切っている。同氏が持つ、多様な現場を歩んだ経験から辿り着いた独自の視点と、未来に向けた次なる一手について聞いた。

挫折から始まったキャリアと「一流」の原体験

ーーまずはこれまでのキャリアについてお聞かせください。

平井宗助:
当初は家業を継ぐ気がなく、学生時代を過ごした東京でメディア関係や商社などの仕事に就きたいと考えていました。しかし、留年などの影響で同級生よりも2年遅れての就職活動となり、さらに就職氷河期が重なったことで、志望していた企業は軒並み不採用。途方に暮れていた私を見かねた父から、「サービス業や食品関係はどうか」と助言を受けたのが転機でした。そこで、大学の就職課で偶然見つけた株式会社パレスホテルに応募。消極的な理由でのスタートでしたが、結果としてこの道が今につながっています。

ーーホテルでの経験は、現在の経営にどう活きているのでしょうか。

平井宗助:
約2年間の勤務でしたが、私の考え方に決定的な影響を与えました。当時はまだ外資系ホテルが台頭する前で、政財界の要人をはじめとするお客様を間近にする日々でした。そうした方々の立ち居振る舞いや、東京ならではの「濃密な時間の流れ」を肌で感じられたのは大きな財産です。また、自分より年下の上司や、学歴にかかわらず現場でプロフェッショナルとして完遂する先輩方の姿に、「一流の現場」で働くことの矜持を学びました。

ーー家業へ入ってからのスタートはどのようなものでしたか。

平井宗助:
現場で一からのスタートでしたね。最初は工場の炊飯ラインに入り、早朝からご飯を炊く毎日です。気温や米の状態によって仕上がりが左右されるため、大量の製品を均一なクオリティでつくり続ける難しさを身をもって知りました。2年間の工場勤務の後は自社が手がける和食レストランの立ち上げに携わり、店長として約8年間勤務。すし場で魚を捌く調理から接客、送迎、ネット通販の構築、顧客管理まで、店舗運営に必要なマネジメントのすべてを体得しました。

拡大から「価値の深化」へ

ーーキャリアを積む中で、どのようなビジョンを描いていましたか。

平井宗助:
2011年に一度社長に就任した際は、東京・大阪など都市部の商業施設へ積極的に出店し、事業を拡大することに力を注いでいました。しかし、震災後のデフレや価格競争の激化により、安価なものが選ばれる中で利益を削る日々が続き、売上高を追うほどに疲弊していく状況に苦しみました。

その後、2017年に一度、経営を弟へ譲りました。私は自身の立ち上げた別会社「合同会社ほうせき箱」の事業(かき氷CAFEと柿の葉茶の製造販売)に専念していましたが、一昨年に弟が急逝。高齢の父以外に家業を担える者がいなかったため、「自分がやるしかない」と覚悟を決め、2025年に再び代表取締役として復帰することになったのです。

ーー社長復帰後の変化についてもお聞かせください。

平井宗助:
現在は、当時とは異なる方針を掲げています。「『柿の葉ずし』が最も価値を発揮する場所は、奈良である」と再定義しました。東京の百貨店で数ある米飯加工品の一つとして並ぶよりも、奈良の地で「奈良に来たからこそ、この柿の葉ずしを食べる」という文脈でお客様に選んでいただく。そのほうがブランドとしての強度は高まると考えました。現在は県外店舗を整理し、奈良の既存店にリソースを集中させ、一店舗あたりの価値を深める戦略へ舵を切っています。

ーー貴社ならではの強みをどう活かしていくのか具体的に教えてください。

平井宗助:
弊社には、食品メーカーとしては珍しく、和食レストランを3店舗経営しているため日本料理の職人が多数在籍しています。彼らが持つ確かな技術と発想力を、「柿の葉ずし」だけでなくEC商材や直営店の商品開発に直結させているのが最大の強みです。原材料価格が高騰する中でも、職人の知恵を活かした「野菜の柿の葉ずし」を開発するなど、既存の枠に捉われない商品展開が可能なのです。

ーー新たなブランドを立ち上げる予定はあるのでしょうか。

平井宗助:
2026年秋、奈良の下御門商店街に高級いなり寿司専門店「きつねのおんがえし」をオープンする予定です。奈良に伝わる狐のストーリーや歴史的背景をひも解き、文化に関連付けた新ブランドを展開することで、インバウンドのお客様にも「奈良の体験」として喜んでいただける新たな事業の柱を構築します。

持続可能な組織と未来への投資

ーー組織づくりや労働環境についてはどのような改革を進めていますか。

平井宗助:
現場が疲弊していては、お客様に良い価値は届けられないと考えています。過去、離職率が高かった時期の苦い経験を教訓に、従業員が誇りを持って働ける環境整備を最優先事項としています。老朽化した設備への積極的な投資による生産性の向上はもちろん、スタッフの改善提案に対する報奨金制度や、公平な評価制度、福利厚生のポイントカード導入など、一人ひとりの意欲を支える仕組みを整えています。

ーーそのほか、会社として新たに取り組んでいることはありますか。

平井宗助:
伝統を守るための「循環型の仕組みづくり」と「安定雇用の維持」に注力しています。属人的にならないスタッフのポジションローテーション、そして硬直化しないような組織運営。スタッフの声を拾い上げる仕組みづくり。適材適所への人材配置。こうしたことを実施することによって、労働生産性を向上させ、離職率を下げ、安定雇用の維持につなげようと考えています。

また、この商売には年末年始が忙しく夏場は閑散期という極端な波がありますが、長期保存が可能な冷凍の「柿の葉ずし」や「その他の寿司や米飯加工品」の開発も進めています。これらを全国へ流通させることで、1年を通じて安定した生産体制とスタッフの雇用を維持できる経営基盤を整えています。

ーー今後の目標や、大切にしている経営信念をお聞かせください。

平井宗助:
営業利益率10%を1つの指標にしていますが、数字自体が目的ではありません。かき氷事業を立ち上げた際も実感しましたが、数字とはお客様の信頼や期待値のバロメーターです。いくら優れた仕組みがあっても、本気で取り組むスタッフがいなければ成立しません。数字を追うのではなく、お客様やスタッフとの信頼関係を丁寧に積み上げていく。その誠実な歩みの結果として、自ずと利益や成長がついてくると確信しています。

編集後記

就職氷河期という挫折に端を発し、東京のホテルで「一流」の真髄に触れた平井氏。現場で泥にまみれ、事業の酸いも甘いも噛み分けたからこそ導き出された「奈良への回帰」という決断には、力強い説得力が宿る。規模の拡大を追うのではなく、足元の歴史と文化を掘り下げ、唯一無二の価値を創造する。スタッフへの信頼と地域への情熱を原動力に、進化を続ける老舗企業の未来を期待せずにはいられない。

平井宗助/1971年生まれ。1995年、慶應義塾大学商学部卒業。株式会社パレスホテルを経て、1997年に家業である株式会社柿の葉ずしに入社。2011年、同社代表取締役に就任。2015年、合同会社ほうせき箱を設立。2017年に株式会社柿の葉ずしを一度退職したが、2025年代表取締役として復帰。社外でも地域観光イベントへの積極的な参加、そして新イベントの立ち上げも経験。地元商店街の活性化にも注力している。