
1974年の創業以来、警備や人材派遣の枠を超え、顧客の課題を人の力で解決し続けてきたヒトトヒトホールディングス株式会社。2026年に上場を果たした同社を率いるのは、創業社長と野球を通じて出会い、縁で結ばれた松本哲裕氏だ。かつて結果を追い求めるプレイングマネージャーだった松本氏は、なぜ一度会社を離れ、再び戻ってきたのか。AIが台頭する現代において、あえて「人」にこだわる理由と、約1万2000人の人材プールを活用した独自のビジネスモデル、そして今後の成長戦略に迫る。
野球がつないだ縁と猛烈営業の末の決断
ーーまずは、貴社との出会いについて教えていただけますか。
松本哲裕:
最初のきっかけは高校時代、星稜高校の野球部として参加した台湾遠征でした。その遠征に同行していたのが、当社グループの創業者だったのです。その後、大学進学を機に上京した際、たまたま再会したことからずっと面倒を見ていただくようになり、2年間のアメリカ留学への支援も受けました。莫大な留学費用まで出していただいた創業者には、言葉にできないほどの恩義を感じていました。そのため、帰国後に同社へ入社したのは、自分の中ではごく自然な流れでした。
ーー当時の創業者は、どのようなお人柄でしたか。
松本哲裕:
とにかく野球と人をこよなく愛する方です。面倒見が非常に良く、プロ野球のOBをはじめ、多くの方に慕われていました。神宮球場などの野球関連の仕事には、凄まじい執念を持って取り組まれていましたね。もしそういった人柄でなければ、当時まだ大学生だった私のような若者にわざわざ連絡をして、留学までさせるようなことはしなかったはずです。
ーー入社後はどのような業務を担当されていましたか。
松本哲裕:
平日は学校に通いながら営業を行い、土日は現場に出る生活を送っていました。当時の売上高は数億円程度で、社員も数十人規模でした。今のように検索エンジンも発展していない時代でしたから、自ら企業を調べて飛び込み営業を繰り返し、顔を覚えてもらうために名刺を配り歩き、猛烈に営業をかけていましたね。
ーーその後も順調にキャリアを重ねていかれたのでしょうか。
松本哲裕:
実は、2006年に一度会社を離れ、外資の不動産会社へ移りました。会社をさらに発展させたいという当時の私の考えと、社内のペースにずれが生じたためです。創業者へは多大な恩義を感じており、会社に貢献し、恩返しをしたいと考えていました。その思いから営業活動に力を入れ、ありがたいことに案件の受注は増えていきました。しかしその一方で、「受注のスピードと現場の体制とのバランスも考えなければならない」という言葉をいただくようになったのです。私は、既存の売上だけでは社員の待遇向上は難しいと考えていたため、創業者、会社への恩返しのつもりで取り組んでいましたが、「それが会社の負担になるのであれば身を引くべき」と考え、決断しました。
創業者の急逝と帰還そして上場へ向けた「太陽のマネジメント」

ーーその後、どのような経緯で再び戻ることになったのですか。
松本哲裕:
外資の不動産会社で5年ほど経験を積んだ後、2011年に再び戻る決断をしました。最大のきっかけは、2011年1月の創業者の急逝です。当時の経営は赤字寸前の厳しい状況にあり、「これからどう経営していくか」という議論の中で、私を呼び戻す声が上がったそうです。私自身、創業者とは死に別れという形になり、辞めてから一度もお会いできていませんでした。創業者とは仕事の考え方は異なりましたが、私が最も尖っていた時代を受け入れてくれた場所が大きな岐路にたたされていて、「私が必要だ」と言ってくれるのであれば、恩返しはここでするしかない。そう決断し、会社に戻りました。
ーー復帰後の15年間でご自身の役割や組織はどう変化しましたか。
松本哲裕:
最初はがむしゃらに売上高を上げることだけを考えていましたが、組織が拡大するにつれ、それだけでは不十分だと気づき、総務や人事などの管理部門のマネジメントへ軸足を移しました。そして2019年の社長就任を機に、上場という大きな目標を掲げました。外部資本を入れて体制を整え、社会に通用する会社にするためです。ガバナンスの効いた組織づくりを進め、約7年間の準備を経て、今年ついに上場を果たしました。
ーー経営者として、組織を率いる上で大切にされている考え方は何ですか。
松本哲裕:
「北風と太陽」の太陽のように、暖かさで人を動かす考え方を大切にしています。20代の頃の私は、力で人を動かそうとする「猛烈な北風」でした。「なんでできないんだ」と迫っても、人は自発的に動きません。マネジメントの立場になるにつれ、温かいアプローチが必要だと痛感しました。私たちの事業は「人を動かすこと」が何より重要です。「至誠通天」という言葉の通り、やるべきことをやって、人を大切にすれば必ず思いは通じると信じています。
約1万2000人の「人」の力と需要の波を制する再配置戦略
ーー貴社独自の強みを教えてください。
松本哲裕:
約1万2000人の人材プールを持ち、業界の枠を超えて人材を「再配置」できる柔軟性が最大の強みです。弊社は顧客の困りごとを人材で解決するスタンスで成長してきました。特定の枠に留まらず、あるスタッフは今日球場で働き、明日は商業施設で働くといったように、顧客のニーズに合わせて柔軟に帽子をかぶり直すことができる体制を整えています。
ーー多様な現場に対応できる柔軟性は、具体的にどのような場面で強みになるのですか。
松本哲裕:
世の中の仕事には激しい繁閑の波があります。イベント開催日は大勢のスタッフが必要ですが、翌日には不要になることも珍しくありません。多くの企業は安定した勤務を求めますが、弊社の登録スタッフには週に2回しか働けない学生や月に3回だけ働きたい方など、多様な働き方を希望する人々が集まっています。こういった人材を組み合わせ、「今日だけ人がほしい」といった需要の波に完璧に応えられる呼吸を整えていることこそが、独自の強みです。
ーー社名変更という大きな決断に込めた意図を教えてください。
松本哲裕:
上場を見据えたグループの体制強化が最大の理由です。企業買収を進める中で、グループ全体の理念を統一する必要がありました。過去にも社名変更の試みはありましたが、経営陣が一新して上場を目指すタイミングで決断し、実行いたしました。「ヒトトヒト」という社名は、一目で読めないため逆に二度見され、記憶に残りやすい効果もあります。現在では顧客にもすっかり馴染んでいます。
ーーAI技術が進化する現在、人とAIの役割分担をどう捉えていますか。
松本哲裕:
私たちの根幹はあくまで「人の力」であり、この部分は将来もなくならないと考えています。もちろん社内業務にはAIを導入して効率化を図っているものの、私たちがAI開発に資本を投じ、市場構造を変える側に回ることには違和感を覚えるのが正直なところです。今後、AIが人を補完し、人がAIを活用する領域は確実に広がっていくはずです。本業の軸をぶらさず、AIと共存していく方針に変わりはありません。
企業買収と圧倒的な供給力で描く次なる成長のステージ

ーー5年後や10年後を見据えた今後の展望を教えてください。
松本哲裕:
今後の成長の鍵は「人材育成」に尽きると考えています。人が動くことで売上高が立つため、20代の社員の育成や世代交代を進め、組織の地盤をさらに強固にするフェーズに入りました。また、時間を買うという意味でのM&Aの選択肢も常に持っており、現在も複数の案件を検討しています。現在の売上高の1.5倍の300億円、さらには500億円という数字を現実的な目標として見据えられるかどうかが、向こう数年の勝負になってきます。
ーー顧客開拓や既存取引の拡大においてどのような戦略を描いていますか。
松本哲裕:
まずは目の前の強い引き合いに確実に応えていくことが、最大の成長につながると考えています。親和性のない新規事業に手を出すよりも、着実な対応を優先するのです。また、既存の顧客からの売上高も伸びています。リピート率は約97%に達しており、顧客企業の成長とともに私たちも成長できる強固な関係性を今後も築いていきます。
ーー直近の業績や、今後の具体的な数値目標を教えてください。
松本哲裕:
先日発表した決算では、昨年度の売上高が200億円を少し超える形で着地し、そのうち約14億円は万博関連の売上高です。今年度にはこの分がなくなるため、実質的には186億円からのスタートになります。しかし、弊社ではすでにこれをカバーし、再び200億円を超える予算と新規受注の目処を立てています。当てがないのに予算を組むようなことはしません。新規受注分に向けた十分な数の人材を供給する準備に入っており、既存取引の拡大と新規開拓は潤沢に進んでいく見込みです。
ーー事業拡大フェーズにおける利益率の向上や効率化をどう考えていますか。
松本哲裕:
現在は価格改定も進み、上場にかかるコストも一巡したため、ここからは利益率をさらに上げていく過渡期にあります。ただ、私たちのビジネスにおいて、特別な魔法を使って急に売上高を倍増させるような計画はありません。
たとえば製造業なら、機械を導入して生産量を1.5倍に増やすことができますが、人は在庫にはなり得ないからです。飲料水のように倉庫で1ヶ月寝かせておき、必要な時に出荷するという商売ではありません。コツコツと人材を採用し、お客様のもとへしっかり届けていく。これこそが我々のミッションであり、成長への確実な道だと考えています。
圧倒的な供給力を担保する採用基準と社会への使命
ーー需要の波に応えるための人材の供給力はどのように強化していきますか。
松本哲裕:
継続的に採用を拡大し、供給力を担保し続けることが私たちの変わらない使命です。景気の変動や厳しい環境下であっても、仕事が完全になくなることはありませんでした。会社の成長スピードに合わせて、今後も供給力を確実に強化していきます。
ーー採用において、どのような人物像を求めていますか。
松本哲裕:
一言で言えば、「人に好かれる人間性」を持つ方です。周囲から好かれる人は、他者の助けを借りながら大きなことを成し遂げる力を持っているのです。業務のスキルや資格は後からいくらでも身につけられます。人に好かれる人間性を持っていることは、弊社において最も重要な必須条件だと考えています。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いいたします。
松本哲裕:
「人を支え、社会の需要の波を調整する」という仕事があることを、より多くの方に知っていただきたいです。楽しいことも辛いことも含め、このビジネスに真剣に向き合い、輝いている会社があるとお伝えしたいです。私たちの事業や考え方に少しでも興味を持っていただけたなら、経歴は問いませんので、ぜひ気軽に門を叩いてほしいと思います。
編集後記
取材を通して最も印象に残ったのは、松本氏の「人」に対する深い愛情と情熱である。かつて自らの力で組織を牽引しようとした「北風」の時代を経て、今は温かさで周囲を動かす「太陽」のマネジメントへと変貌を遂げた。その背景にあるのは、創業社長への深い恩義と、人を大切にするという確固たる信念だ。デジタル化が進む社会の中で、人を基点とした泥臭くも温かい独自のビジネスモデルを展開する同社の姿勢に胸を打たれた。多様な働き方を支え、社会のニーズに応え続ける同社の飽くなき挑戦は、これからも続く。さらなる飛躍に期待したい。

松本哲裕/1974年石川県出身。星稜高校、日本大学卒業。大学時代からのアルバイトを経て、日本総業株式会社(現 ヒトトヒト株式会社)入社。その後外資系不動産会社の営業を経て経営陣としてヒトトヒトホールディングスに復帰。2019年にニッソーホールディングス株式会社(現 ヒトトヒトホールディングス株式会社)代表取締役社長 就任。