
価格やプロセスの透明化を徹底し、独自のポジションを築いて不動産業を手掛ける株式会社TOCHU。代表取締役社長の伊藤幸弘氏は、かつて営業成績が振るわず苦労した経験から、アナログな業界体質に強い疑問を抱き続けてきた。前職での厳しい環境をバネに起業した同氏が仕掛けるのは、徹底した情報開示と、属人性を排除した合理的な仕組みづくりだ。同業他社から疑問視されるほどの手法を取り入れ、業界のインフラ化を目指す。同氏の具体的な行動と、自律型組織への変革の軌跡に迫る。
「売れない営業マン」の葛藤と合理化への執念
ーーまずは、独立に至った経緯を教えていただけますか。
伊藤幸弘:
背景には、前職での厳しい環境と、業界の非効率な体質に対する強い疑問があります。最初の数年は営業成績が振るわず、全く芽が出ずに苦労しました。その後、独立する先輩に誘われて移籍した会社で評価や仕組みが変わったことで、ようやく結果が出せるようになったのです。ただ、そこでも10年ほど勤める中で、業界特有のアナログな体質に限界を感じるようになりました。
ーーどのような部分に限界を感じたのでしょうか。
伊藤幸弘:
いつまでも電話帳頼りの営業を続けたり、成績が上がらなければ部下に休日出勤を強いてた点です。そのような環境では、社員もお客様も疲弊してしまいます。そこで私は顧客管理のシステム導入など、効率化の仕組みを提案しました。しかし、「コストがかかる」「今のままでも利益が出ている」と上層部からは見向きもされませんでした。
サラリーマン時代が長かったからこそ、雇われる側の気持ちが痛いほどわかるのです。何より「もっとうまくやれるはずだ」という強いジレンマを抱えていました。この不合理に対する思いと、自分の正しさを証明したいという現状打破への執念が、独立の大きな原動力になっています。
同業他社とは一線を画す情報開示が生んだ高い成約率

ーー貴社の強みについて教えていただけますか。
伊藤幸弘:
取引事例など約5,000件のデータを完全公開し、動画配信などを通じて取引の裏側まで発信している点です。不動産業界は透明性が低く、情報を公開しないことで利益を得てきた側面があります。だからこそ、同業他社からは「なぜ手の内を明かすのか」「損をしている」と見られますが、あえて情報を開示し、お客様が不利益を被らない取引を徹底しているのです。それが結果として長期的な企業価値の向上につながると考えています。
ーー情報の開示は、実際の成果にどのように結びついているのでしょうか。
伊藤幸弘:
お客様は事前に私たちの発信を見て、「TOCHUにお願いしたい」と決めた状態で来店されます。営業担当者が無理にお願いしなくても、接触する前に信頼構築が終わっている状態なのです。そのため、一括査定の場などでの成約率は、業界標準の約2倍となっています。私たちは少数精鋭の組織なので、規模の大きな企業に勝つには「まずは実行する」というスピード感が不可欠です。うまくいかなければ即撤退し、よければ前進して改良する。その実行と検証の回転速度が、弊社の武器になっています。
組織の痛みと「社長に考えさせない」 自律型組織への進化
ーー組織が拡大していく中で、苦労されたことはありますか。
伊藤幸弘:
組織の効率化を急ぐあまり、創業時の熱量との間にズレが生じたことです。期待していた幹部候補が離れてしまうなど、非常に苦しい時期がありました。創業当初は、組織の拡大と社員の成長を一緒に実現できると信じて疑いませんでした。私は現場と経営をつなぎたかったのですが、人の感情は外から直せるものではありません。そこで「個人の性格は変えられない」と割り切ることにしました。そして、誰が行っても成果が出る顧客管理などの仕組みの構築や、教育の体系化に投資する方向へシフトしたのです。
ーー現在はどのように組織をマネジメントされているのですか。
伊藤幸弘:
あえて口出しをせず、社員自身に考えさせるマネジメントを行っています。以前は私がすべて教え、トラブルも解決していましたが、その体制を見直しました。問題が起きても「それで、どうしたいのですか」と尋ねます。社長がすべて解決してしまうと、社員は依存し、うまくいかないときは社長のせいにするようになります。それでは組織は育ちません。幹部候補には、自立して意思決定をする厳しさと責任を持ってもらう。そんな「社長に考えさせない」文化が根付きつつありますね。
「Giveの精神」で業界のインフラ化を目指す
ーー今後の事業展開と、業界への思いを聞かせていただけますか。
伊藤幸弘:
目指しているのは、単なる仲介業の延長ではなく、取引のインフラになることです。私は、あえて不動産投資で損をしやすい売主側の救済に経営資源を割いています。物件の発生元である川上を押さえることで、業界全体の流れを変えていきたいのです。いずれは既存の大型プラットフォームのように、「まずはTOCHUを見る」と言われる場所をつくりたいですね。
ーー最後に、求める人材を教えてください。
伊藤幸弘:
目的を持って動ける「ガテン系オペレーション」ができる人材です。営業において稼ぐことは大前提ですが、根底にあるべきは「Giveの精神」。その先に誰に何を与えられるかを考えられる人と働きたいですね。戦略として、全員に愛されようとは思っていません。弊社が発信する動画でも、あえて厳しい現実を伝えています。スマートに思考するだけでなく、愚直に大量の行動を計画的にこなせること。「電話を100件かけた」という単なる作業ではなく、思考を伴う行動ができる人材と一緒に、業界を変えていきたいと考えています。
編集後記
「全員に愛されなくていい」と語る伊藤社長の言葉には、業界の不透明な体質と向き合い続けてきた覚悟が表れていた。かつて味わった組織での葛藤や挫折を現状打破の力に変え、同業他社とは異なるアプローチで顧客の信頼を獲得している。その徹底した合理性と仕組み化への投資は、不動産業界の古い仕組みを変え、新たなインフラをつくり出す可能性を持っている。現場の苦労を知る経営者が描く、泥臭くも合理的な業界変革の行方に注目していきたい。

伊藤幸弘/1979年、群馬県生まれ。2003年に投資マンション売買仲介会社へ入社し、累計1,000件以上の契約実績を持つ。2014年に株式会社TOCHUを設立。投資マンションの売買仲介や不動産投資コンサルティングを展開。不動産業界の情報格差是正を掲げ、顧客本位の営業と出口戦略支援に注力している。