
2012年時点で約500億円だった売上高を着実な構造改革によって大きく飛躍させてきた株式会社薬王堂ホールディングス。同社を牽引する代表取締役社長の西郷孝一氏は、国内大手メーカーでの経験を経て家業へ戻り、精神論や長時間労働に頼らない徹底したムダの排除を推し進めてきた。なぜ業界の常識にとらわれない独自の戦略で成長を続けることができるのか。関東への本格進出と850店舗・年商3000億円という壮大な目標を見据える同氏に、これまでの組織変革の歩みと次世代に向けた人材育成の全貌を聞いた。
日本を代表する大手メーカーで学んだ「組織が同じ方向を向く」強さ
ーーまずは、大学卒業後のご経歴についてお聞かせください。
西郷孝一:
将来的には家業である薬王堂へ戻ることは決めていましたが、「まずは外の世界で勉強をしてこい」という父の勧めもあり、大学卒業後は国内トップクラスの大手日用品メーカーに入社して5年間経験を積みました。配属されたのは、マーケティングと営業を担う部署でした。
社会人の基礎として様々なことを学びましたが、一番印象深かったのは、全員が「同じ方向を向いて仕事をしている」ことです。単に個人の思いつきで動くのではなく、会社として定めている明確なルールをもとに、真面目に業務を遂行していくのです。現場の人間も個人の属人的な考えだけで動くことの限界を理解していました。会社の指針に従って粛々と仕事をした方が結果が出ると見極めができていたのです。
よく「顧客視点」という言葉が使われます。しかしお客様のことだけを考えていれば良い会社になるわけではありません。社員もいれば取引先様もいます。それらのバランスをとるのが非常に上手く、会社としてどうあるべきかを内部でしっかりと共有できている組織でした。この考えは今の弊社にも取り入れていて、この「ルールの中で全員が同じ方向を向く」強さが私の経営の原点の一つです。
経験からの脱却 「数字を見る」組織への痛みを伴う構造改革
ーーその後、貴社に入社された当時、組織の第一印象はいかがでしたか。
西郷孝一:
30代で薬王堂へ戻ったのですが、前職とは異なる環境でした。戻って最初に感じたのは、より良い組織づくりに向けて、ルールや仕組みをさらに整えていく必要があるということです。当時の現場は、個人の経験や勘を重視して仕事が進む傾向にありました。もちろん、それらが強みとして生きる場面もあります。しかし前職で論理的な仕事の進め方を学んできた私にとっては、改善の余地が大きいと感じたのです。
そこで、まずは業務効率を高め、成果を可視化できる仕組みづくりから着手しました。幸いなことに薬王堂のメンバーは新しい取り組みに前向きで素直な人が多く、私の考えにも理解を示してくれました。そのため1、2年で組織の風土にも大きな変化が生まれました。
ーー組織の改革に向けてどのような仕組みづくりから始めたのですか。
西郷孝一:
まずは「見るべき数字をしっかり見る組織にする」ことから始めました。当時はそもそも客観的なデータを見る習慣が定着していませんでした。そこでまずは見るべき数字をピンポイントに絞り込み、そしてそれを継続して追いかける仕組みをつくったのです。
すべての数字を一度に上げることは不可能です。そのため段階ごとに優先順位を明確にし、「今はどの数字を上げるべきか」を見極め、一つひとつの指標を改善して固定化させます。そして、また次の指標に取り組む。この順番を徹底することで、組織全体に数字をベースとした論理的な思考を根付かせました。
商品部での改革がもたらした全社的な成長
ーー会社全体の改革につながった転機は何でしたか。
西郷孝一:
薬王堂に戻ってからはさまざまな部署を歴任しましたが、最も大きな転機は商品部での経験です。ここで仕事のやり方から営業手法までを抜本的に変え、それが会社全体の構造改革につながったと感じています。当時の商品部では、経験やその時々の状況に応じた判断で仕入れを行うことが多くありました。これを早め早めに計画を立て、数字を見ながら仮説と検証を繰り返すというスタイルに変えました。
また、毎日数字を見て細かく動かすといった過剰な作業も無駄だと判断しました。見るべきときに見るべき数字をしっかり確認し、そして修正が必要なときだけ動くというスタイルを定着させたのです。仕事の量を増やしたり、次々と売場変更したりすることを必ずしも「正」としない、当時の小売業の常識とは真逆の考え方です。
ーー商品部での改革以降はどのような取り組みに注力されてきましたか。
西郷孝一:
その後、経営企画室長に就任して経営戦略を担う立場になりました。実は、社長に就任する10年程前から経営に関する重要な判断に深く携わる体制を築いてきました。過去の成功体験に縛られず常に学び続け、その時々の状況に応じた最善の判断を迅速に行うことが大切だと考えていたためです。
入社した2012年当時は年商500億円ほどの規模でしたが、構造改革を進めたことで現在までに売上高は順調に拡大を続けています。また、ここ5年ほどは想定以上の人件費や仕入れコストの高騰がありましたが、外部要因をカバーするための経費削減に力を注いでおり、利益体質を強化するためのさらなる構造改革を行っています。
「仕事をさせない」仕組みづくり ムダを削ぎ落とし独自性を磨く

ーー改めて、同業他社と比較した際の貴社ならではの強みを教えてください。
西郷孝一:
一番の強みは「基本の徹底」と「仕事を業務量で評価しないこと」です。私たちは長時間労働や過剰な業務量を美徳とは考えていません。むしろ必要のない業務や仕組みを変えることに焦点を当てて、徹底的に店舗の負担軽減を図っています。やらなくて良いことを徹底してやめることで、他の小売業と比べても仕事の負担は圧倒的に少ないはずです。
なぜこれが実現できるかといえば、それは私がメーカー出身であり、小売業特有の慣習に縛られていないからです。小売業は「作業量の多さ」を良しとする傾向がありますが、私は本部の機能を強化し、店舗に無駄な負荷をかけないように努めています。生産性の高い会議を運営することを徹底し、目的が不明瞭な会議や、形骸化したルーチンワークは見直しの対象としています。ムダを徹底的に省くことで、圧倒的なローコスト運営を実現しているのです。
ーーお客様に選ばれ続けている理由をどのようにお考えですか。
西郷孝一:
特別な演出や過剰なサービスを追求するのではなく、お客様が「必要なものを買いに来て、買って帰る」というシンプルな目的を果たしていただくことが私たちの役割です。「あるべき商品があるべきところに普通に置かれている」状態を維持すること。それこそが、私たちにとって最大の価値だと考えています。
自分たちがやるべきことを粛々と行い、そして「あるべき商品があるべきところにある」売り場をつくる。このシンプルな姿勢と徹底したコスト削減による店舗運営こそが、お客様に無意識のうちに選ばれ続けている理由だと確信しています。
関東進出と年商3000億円への挑戦 そして次世代の育成
ーー今後の展望や、長期的な成長戦略についてお聞かせください。
西郷孝一:
現在は明確に規模をとりにいく段階にあります。具体的には、2030年までに850店舗体制にするという目標を掲げており、関東への出店を主軸に展開地域を大幅に拡大していく方針です。将来を見据えたとき、市場で生き残るためには最低でも年商5000億円規模が必要不可欠だと考えています。そのためにまずは現在1600億円ほどの売上を2030年2月期までに3000億円へと成長させ、その先にある長期的なビジョンとしての5000億円を目指し、着実に段階を踏んでいく戦略を描いています。
ーー目標達成に向けた人材育成の取り組みについて教えてください。
西郷孝一:
社員一人ひとりに確かな力を身に着けさせることが重要です。そこで現在最も力を入れているのは、最新技術やデータ解析を活用するプロジェクトです。業務の基礎を習得した30歳前後のメンバー数十名を抜擢し、新しい領域での任務を与えています。
新しい技術の導入に関しては、外部の専門家や従来のIT部門に任せるのではありません。現場の社員が自ら理解し、実務で使いこなすことが重要です。過去のやり方や小さなプライドに縛られない若い世代の思い切りの良さは非常に素晴らしく、プロジェクトを力強く牽引してくれています。
最新技術による競争環境の変革 変わりゆく時代を楽しむ経営
ーー現在、社内でのデータや最新技術の活用はどの程度進んでいますか。
西郷孝一:
実は、弊社のデータ活用は国内の小売業の中でも高い水準にあるのではないかと考えています。これまで高度な技術を持つ外部のパートナー企業と協業し、現場のメンバーがデータを自ら分析し、実務に活かせるような訓練を行ってきました。
最初は難易度が高く苦労もあったと思います。しかしそこを乗り越えた数十名のメンバーたちは、現在実務において最新技術をコスト削減や業務効率化に活用し始めています。メンバーが身につけた技術を実務で活かすことが、今後の競争力を支える大きな力になると期待しています。もちろん若年層だけでなくバイヤーなどの経験豊富なメンバーの知見も融合し始め、組織としてバランスの取れた体制が築かれつつあります。
ーー最後に、経営者として大切にしていることはなんでしょうか。
西郷孝一:
大事にしているのは、固定観念や個人的な方針を人に押し付けるようなことはしないことですね。業界がこれほど激しく変化している中で一つの考えに固執することは危険であり、その時々で柔軟に考えを変えることが重要だと捉えています。何より「個人の能力を上げること」に注力し続ける必要があり、そのためには私自身も誰よりも学び続けなければなりません。今後は関東進出による先行投資もあり、短期的に投資が先行する局面もあるでしょう。しかし、そこを耐え抜きながら新しい取り組みを進め、メンバーを成長させていく覚悟です。
そして数年後、テクノロジーによって世界が変わるときに一気に飛躍を遂げるという未来を信じ、挑戦を続けています。本質的な業務に取り組み、新しいスキルを身に着け、変化を楽しみたいと考える方にとって、今の薬王堂は非常に面白くやりがいのある環境だと確信しています。
編集後記
「会議はしない」「仕事を業務量で評価しない」。西郷社長の言葉の端々からは従来の小売業の常識を覆す、極めて合理的で洗練された経営姿勢が感じられた。特筆すべきは単なる効率化にとどまらない最先端の技術を「現場レベル」で実装している点だ。10年程前から実質的に経営の舵をとり、来るべき大きな環境変化を見据えた組織づくりを進めている同氏。革新的なアプローチと「次世代人材への投資」は、同社をさらなる高みへと導く確かな布石となっている。老舗ドラッグストアが仕掛ける新たな時代の戦い方を今後も追い続けたい。

西郷孝一/1978年、岩手県矢巾町出身。大学卒業後、花王株式会社で5年間勤務。2012年に株式会社薬王堂入社。営業企画部長、商品部長、経営企画室長などを歴任後、2019年より株式会社薬王堂ホールディングスにて経営戦略を担う。2024年、株式会社薬王堂の代表取締役社長執行役員に就任。2026年5月より株式会社薬王堂ホールディングス代表取締役社長を兼務。