※本ページ内の情報は2026年7月時点のものです。

2000年の介護保険制度の民間開放を機に、大阪府枚方市で産声を上げた有限会社はなまる。現在では30以上の事業所と約500名のスタッフを抱えるまでに成長したが、同社の展開はあくまで枚方周辺に留まっている。過去にはフランチャイズ展開の構想もあったが、スタッフの反対により白紙に戻したという稀有な経緯を持つ。介護で培ったノウハウより「福祉不動産」や「福結び」といった新たな事業を多角化経営することで共存性と共益性を生み出している。代表取締役の中尾俊平氏に、独自の生存戦略と組織づくりの裏側を聞いた。

「誰から買うか」営業の面白さと30歳での地元起業

ーーまずは、起業するまでのキャリアについて教えてください。

中尾俊平:
大学卒業後、大手空調メーカーのダイキン工業に入社しました。当時は就職氷河期と呼ばれる時代でしたが、幸いにも声をかけていただいたのです。また、安定した体制や展望に加えて、地元を中心とした企業だったことも入社の決め手となりました。入社後は松山に配属され、5年ほど勤務した後に大阪へ戻り、営業部へ配属されました。

そこで学んだのは、「何を買うかよりも、誰から買うか」ということです。空調機自体はさまざまなメーカーが製造していますが、最終的には「自分を知ってもらうことで物が売れる」という感覚を掴みました。そこで初めて、営業という仕事の奥深さや楽しさに気づくことができたと感じています。私自身、学生時代にはサークルの部長を務め、メンバー集めやイベントの企画などに熱中していました。昔から人と何かを成し遂げることが好きだったため、物怖じせずに人と接することができる自身の性格も、営業の仕事に馴染めた要因かもしれません。

ーーその後どのような経緯で貴社を設立されたのでしょうか。

中尾俊平:
ちょうど2000年に介護保険事業が民間企業へ開放されたタイミングだったこともあり、これからの超高齢社会に向けた事業に大きな可能性を感じて、転職を決意。まずはデイサービスを立ち上げました。しかし、現場での経験を重ねて事業を軌道に乗せていく中で、より地域に根ざしたサービスを展開していきたいと考えるようになり、30歳のときに地元の枚方市に戻って新たに「はなまる」を設立したのです。

スタッフの猛反対で断念したフランチャイズ展開とドミナント戦略の確立

ーー事業を広域展開せず、枚方市周辺に限定している理由をお聞かせください。

中尾俊平:
人材不足が深刻な介護業界において、助け合える物理的な距離感が非常に重要だからです。広域に展開すると、一つの施設で人手が不足した際に互いをフォローできません。今の距離感であれば、「あそこの施設が大変だから手伝いに行こう」とスタッフ同士で助け合うことができます。これはいわゆる「ドミナント戦略」です。人と人とのつながりを何より重視してエリアを絞っていますし、休日には河川敷で運動会やバーベキューなどの交流会も企画しています。事業所の垣根を越えて交流することで、業務で困った際も自然と助け合える関係性が築けています。

ーーこれまでに、広域への事業展開を検討されたことはありましたか。

中尾俊平:
実は以前、金融機関と話を進め、近畿一円でフランチャイズオーナーを募集しようとした時期がありました。融資の準備も整い、スタッフの全体会議にかけたのですが、そこでスタッフから猛反対を受けたのです。「私たちが守ってきた『はなまる』の特色を守ってほしい」と。その情熱に触れ、このエリアで組織を強くすると決断しました。金融機関からは厳しい意見をいただきましたが、今ではこの選択が正しかったと確信しています。

介護保険に頼らない「福祉不動産」が引き出す共益性と共存性

ーー現在の介護業界全体が抱える最大の課題は何だとお考えですか。

中尾俊平:
介護保険法で定められた金額内でしかサービスを提供できないことです。さらに、法改正により単価は下がる傾向にあります。一方で人件費や固定費は確実に上がるため、介護サービス事業単体で会社を維持し、利益性を高めることは構造的に非常に困難です。

ーーその課題を乗り越えるため、貴社ではどのような対策を講じていますか。

中尾俊平:
介護サービスを軸にしつつ、福祉用具の販売やレンタル、バリアフリー工事などの周辺事業を展開しています。なかでも独自に注力しているのが「福祉不動産」という取り組みです。高齢の方が施設に入居される際のご自宅の売却や相続といった悩みに対して、宅建士や司法書士、税理士などの専門家と連携し、早い段階からサポートできる相談窓口を整えました。ご希望があれば私たちが物件を買い取り、自社の工務店部門でリフォームをして再販することも可能です。

また「福結び」という事業も形にしました。これは、ご利用者様が所有されている手入れの難しい畑や駐車場などの遊休地を、福祉施設として活用していただくご提案です。土地のオーナー様と、施設を運営したい事業者や建築会社を結びつけることで、新たな価値を生み出しています。

ーー最後に、今後の展望についてお聞かせください。

中尾俊平:
目指しているのは、グループ連携による「共存性と共益性」が自然と生まれる組織づくりです。多くのご利用者様やスタッフがいるからこそ、福祉用具の需要が生まれ、スタッフが利用できる保育園の運営も成り立ちます。まずは互いに助け合い、共に存在するための努力をする「共存性」を高める。その結果として、ビジネスとしての「共益性」がついてくるというのが私の理想です。

介護保険事業の枠にとらわれず、周辺事業の層を重ねて多様なルートから収益を生み出す体制は、会社の基盤をより強固なものにします。そうして生み出した利益をしっかりとスタッフに還元し、皆でアイデアを出し合いながら、これからもより良い会社を共に創り上げていきたいですね。

編集後記

取材を通して最も胸を打たれたのは、現場の声に耳を傾け、社長がトップダウンのフランチャイズ化戦略を撤回したというエピソードである。経営陣と現場の間に確かな信頼関係があり、スタッフ一人ひとりが自社のブランドに強い誇りを持っているからこそ成し得た決断だろう。「共存性と共益性」という理念のもと、限られたエリアの中で強固なつながりを築き、地域に不可欠な存在へと進化していく同社の姿から、これからの地域ビジネスの理想形を見た気がした。さらなる飛躍に期待したい。

中尾俊平/1974年大阪府生まれ。神戸学院大学を卒業後、ダイキン工業株式会社に入社。28歳で介護業界に転業し、30歳で有限会社はなまるを設立。枚方市を中心に関連事業を拡大させながら、事業の層を厚くすることに注力している。人材不足という時代背景を鑑みて、ドミナント戦略を得意とし、また徹底的に実施している。