※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

銀行員からプロ野球球団のトップへ転身し、黒字化を成し遂げた経歴を持つ山室晋也氏。プロ野球とJリーグの両クラブで社長を務める同氏は現在、清水エスパルスの新たな黄金期を築こうとしている。スポーツ界で避けられがちな「利益を生み出す」ことに正面から向き合い、新スタジアム構想や海外進出を見据える同氏に、変革の舞台裏と今後の展望を聞いた。

銀行員時代の成功体験と「企業再生」への情熱

ーー銀行員時代のご実績についてお聞かせください。

山室晋也:
銀行員時代は当初、細かな金銭管理や事務処理が苦手で、就職先を間違ったと思っていました。ただ、その後営業に出ることで、多くのお客様とビジネスの夢を一緒に語る機会が多くなり、何度も失敗を重ねながらも仕事のやりがいや喜びを得ることができました。気が付いたら自然と成果も出始め、支店長時代には17期中15期で目標を達成するなど、継続的に結果を残せるようになっていたのです。

組織運営で大切にしていたのは、「現場目線で分かりやすく指示し、自発的な行動を促すこと」です。行動レベルで変容出来るように、難解な言葉を使うのではなく、率直な言葉で伝えるように心がけました。社員が自発的かつ楽しく仕事に取り組める環境をつくったことが、最大の成果につながったと考えています。

プロ野球の黒字化で見えた「意識改革」の重要性

ーーその後、プロ野球球団のトップへと転身を決めた理由は何でしたか。

山室晋也:
スポーツへの関心というよりも、「エキサイティングな仕事」へのチャレンジと「企業再生」への強い思いがあったからです。かねてより、業績が低迷して役員も従業員も自信を失っている組織を立て直したいという思いを抱いていました。銀行の関連会社で社長を務めていた際に、周囲にそんな希望を伝えていたところ、プロ野球球団の千葉ロッテマリーンズの話が舞い込んできたのです。当時は創業以来長く赤字の状態が続いていましたが、本気で黒字化を目指すオーナーの熱意に惹かれました。そこで、自身の経験から企業の立て直しに挑戦しようと思い、社長就任を決断したのです。

ーー組織を黒字化へと導くために取り組んだことを教えてください。

山室晋也:
最も注力したのは社内の「意識改革」です。就任した当時のスポーツ界には、「利益を強く追求するのは如何なものか」という風潮や「甘さ」がありました。業績よりも試合の勝敗や感動が優先されていたのです。しかし、「チームを強くする」という目標から逆算すると、継続的な資金が不可欠です。だからこそ、「しっかりと利益を生み出しつつも、ファンを増やす必要がある」と社員に明確に伝えました。さらに、若手社員を中心に組織横断で自ら企画出来るプロジェクトを立ち上げました。彼らが自律的に動き出したことが組織の起爆剤となり、順回転が始まり結果として黒字化を達成したのです。

その後、この実績が評価されて清水エスパルスの立て直しのお話をいただき、2020年に移籍することになります。私自身、プロスポーツビジネスに固執していたわけではありませんでしたが、自身の成果が市場で評価されたことや、プロ野球とJリーグの両クラブで社長を務めるという過去に例のない挑戦に面白さを感じ、社長就任を決断しました。

サッカー王国静岡で挑む清水エスパルスの組織風土改革

ーーそうして実際にエスパルスのトップに就任されてみて、クラブの強みや、当時の組織風土についてどのような印象を持たれましたか。

山室晋也:
最大の強みは、地域から深く愛され、チームと運営スタッフの距離が非常に近いことです。クラブハウス内で日常的に意思疎通が図れる環境があり、「ファミリー」と呼べるような一体感が醸成されています。一方で、かつてサッカー王国と呼ばれた歴史に甘んじ、現状に満足してしまう傾向も見受けられました。周囲のクラブが大きく成長を続ける中、クラブ全体として危機感が不足していたのです。

変化の激しいプロスポーツビジネスにおいて、何もしなければ周囲に埋没し衰退していくのは明白でしょう。そのため現在は、前例踏襲や無為無策を強く戒めています。挑戦による失敗は決して責めず、新たな意見を積極的に取り入れる文化の定着を図っているところです。

新スタジアムと海外進出5〜10年後に向けた目標

ーー5年後、10年後の貴クラブの目標についてお聞かせください。

山室晋也:
最大の転機となるのは、新スタジアムの建設です。2万5000人から3万人を収容できる施設が完成すれば、クラブの規模は格段に拡大します。しかし、単に建物が立派になるだけでは意味がありません。規模の拡大に見合う成長を実現するため、営業活動や市場開拓を徹底的に強化する必要があるでしょう。スタジアムを起点に人が集まり、地域の経済を活性化させる仕組みづくりが不可欠だと考えています。

ーー今後の新たな市場開拓については、どのような展開を想定されているのでしょうか。

山室晋也:
今後は国際的な展開、特にアジア地域での活動を重視します。サッカー熱が高く、経済成長が著しい国々でファンを獲得し、現地企業や日系企業との連携へとつなげます。また欧米地域に関しては移籍金ビジネスの充実を図る目的で、海外クラブのM&Aや一貫した選手育成の仕組みを構築していきます。国内においても、ブランディングの強化と関東圏の大型競技場での試合開催等により、より多くのファンの獲得を図る予定です。クラブの魅力を全国、そして世界へと広げるための新たな挑戦を始めています。ともに新しい時代を切り開く、挑戦心あふれる人材と次の段階へ進んでいきたいですね。

編集後記

銀行員からプロ野球、そしてJリーグのクラブへと転身した山室氏の経歴には、「組織を立て直し、利益を生み出す力をつける」という一貫した行動原理がある。スポーツ界特有の精神論に流されず、逆算思考で利益を追求しチームを強化する手腕は、豊富な企業経験に裏打ちされたものだ。新スタジアムの建設やアジア市場への展開、欧米移籍金ビジネスへの参入という目標に向け、清水エスパルスが今後どのような成長を遂げるのか。新たな挑戦に注目したい。

山室晋也/立教大学経済学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行。支店長在任17期中、15期で総合成績優秀賞を受賞した。2011年からみずほ銀行執行役員、2013年からみずほマーケティングエキスパーツ代表取締役社長を務めた後、2014年、千葉ロッテマリーンズ取締役社長に就任。設立以来60年以上赤字続きだった経営を立て直し、社長最終年の2019年には11億円の黒字を稼ぎ出した。2020年、清水エスパルスの運営会社であるエスパルスに転じて代表取締役社長に就任。さまざまな分野で改革に取り組んでいる。