※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

大学卒業後、華やかな百貨店業界で自由な企画営業を経験した株式会社クーバルの代表取締役会長、井上善博氏。松下幸之助の著書に触発されて創業を志すも、立ち上げた化粧品会社はわずか半年で資金難に陥る。思い描いた理想とのギャップに苦しみ、組織は崩壊しかけた。その時期に盛和塾で受けた猛烈な叱責が、同氏の人生を大きく変える転機となった。現在、フィットネス事業や介護、農業など多彩な事業を展開し、「善循環社会」の実現を掲げる井上氏のこれまでの歩みと、未来へのビジョンに迫る。

松下幸之助の著書との出会い 西武百貨店で培った「ゼロから仕事をつくる」経験

ーーまずは、ご自身のファーストキャリアについて教えてください。

井上善博:
キャリアのスタートは新卒で入社した西武百貨店で、入社後は法人営業部に配属されました。そこではお客様の困りごとを解決するためなら、自由に企画して販売することが許される環境だったからか、仕事はどこからでもつくれるという「ゼロから生み出す力」を養うことができました。

西武百貨店のネットワークを活用し、国内外のあらゆる仕入先と連携しながら、ホテルの内装工事の受託や、飲食店の通信販売の仕組みづくりなどを手がけました。ほかにも女性向けゴルフブランドの企画など、非常に幅広い業務を経験しましたね。この自由な環境での試行錯誤が、現在の経営の基盤となっています。また、この時期に松下幸之助の著書を読んで深く感銘を受け、自ら「創業」を志すようになりました。

資金難と崩壊寸前の組織 目を覚まさせた「痛烈な叱責」

ーー貴社を創業した当時の状況と、最初に手がけた事業について教えていただけますか。

井上善博:
創業した1999年当初は化粧品会社として事業をスタートしました。しかし、出資を受けた300万円の資金はわずか半年で底をつき、口座残高が3000円になるほどの資金難に陥ったのです。とにかく当座の資金を確保しなければならず、必死の思いでコープの配送業務に営業をかけました。「どんな仕事でもやります」と頼み込み、そこから宅配事業へと参入していくことになります。

ーー理想とは異なる配送業務に対し、どのような葛藤を抱えていましたか。

井上善博:
理想と現実の大きなギャップに、非常に悩みました。もともとは、世の中に新たな価値を発信する仕事を目指して創業しました。それにもかかわらず、生き残るために日々の配送業務をこなさざるを得なかったからです。しかし、当時の私は運送の仕事に愛情を持てませんでした。従業員に対しても「報酬は支払うから、あとは自己責任」と一時的な関係と割り切っていたのです。そんな背景から、給与を完全な出来高制にした結果、周囲への配慮に欠ける利己的な雰囲気が蔓延し、組織は崩壊寸前まで追い込まれてしまいました。

ーーその崩壊寸前の状況を打破する転機は何だったのですか。

井上善博:
藁にもすがる思いで参加した盛和塾での、ある企業の社長からの厳しい叱責が転機となります。経営が行き詰まる中で「誰かに助けてほしい」という他責の姿勢で入塾したものの、半年後の体験発表で自社の惨状をありのままに語った際、その社長から「経営者としての主体性が欠片もない」と厳しく叱責されました。頭を殴られたような衝撃を受けつつも、その一言で完全に目が覚める思いでした。そこから気持ちを入れ替え、経営の原点を一から本気で学び直す決意を固めていきます。

制度を変え心を高める 幅広い事業で「善循環社会」の実現へ

ーー意識が変わった後、社内の制度をどのように改革しましたか。

井上善博:
まずは自らの至らなさが招いた問題を、自ら解決する作業から始めていきます。具体的には、利己主義を生んでいた出来高制の給与体系を廃止し、人格を中心として評価する人事制度へとつくり変えることにしました。当初は反発も生じたものの、従業員と真剣に向き合い、徹底的に会社を良くする取り組みを進めていきました。

さらに、社員が一生働けるような環境を構築するため、創業10年目頃にはフィットネス事業へと参入を果たしました。その後も介護事業など、新たな領域へと進出を続けています。役職不足を防ぎ、社員が活躍できる新たな舞台を次々と創出することが、彼らの成長に直結すると考えるからです。結果として、幅広い事業を展開する企業へと変貌を遂げていくことになります。

ーー現在のミッションと大事にしている考え方を教えていただけますか。

井上善博:
「まちと人の心を1度上げる」というミッションを掲げています。私たちが展開する事業はすべて人の営みに直結しており、各事業を通じてこのミッションの実現が目標です。また、ビジョンとして「つながる広がる善循環社会」を掲げています。

盛和塾で「良き心を持てば、人や社会とつながれる」と学びました。その考えのもと、まずは私たち自身の心を整え、高めることを大切にしています。社内で培った良い影響を外側へと広げ、目に見えないつながりや思いやりを感じられる社会を構築する。それが、善循環社会の実現に向けて自社が成すべき役割だと考えています。

次世代へのバトンタッチと農業 社員の「一生」を守る新たな挑戦

ーー最後に、今後のビジョンをお聞かせください。

井上善博:
次世代へのバトンタッチを見据えた、経営幹部の育成が最大のテーマです。私は現在61歳になりますが、65歳を目処に事業承継を完了させたいと考えています。特別な研修を実施するのではなく、日々の会議や朝礼といった実務を通じて育成を図っています。次世代のリーダー自身が自律的に会社を動かす仕組みをつくれるようにしているのです。私からの過度な介入を避け、後方から見守る役割へと移行を進めているところです。

また、今後新たに農業事業へ進出する予定です。その最大の狙いは、社員とその家族の未来を守るためにあります。理由は大きく3つあり、1つ目は、食料自給率の低下や農業従事者の高齢化に対し、自らの食の安全を確保すること。2つ目は、会社の新たな収益の柱を構築すること。そして3つ目が、定年退職後の社員に新たな仕事と役割を提供することです。

人生100年時代において、60代や70代の社員は十分な活力を持っています。そういった方々が次世代へバトンタッチをした後の働き口として、農業は非常に大きな価値を持ちます。「兼業農舎」という概念を掲げ、本業を優先しつつ会社全体で農業に関わっていく予定です。自然との触れ合いや新たなつながりを生み出す体験を通じ、社員と共に善循環社会の基盤を築いていきたいと考えています。

編集後記

単なる事業の多角化ではなく、フィットネスや介護、そして農業への挑戦の根底には、常に「社員の活躍の場をつくる」という井上氏の深い愛情が存在していると感じる。自らの心を高め、良い影響を社会全体へ広げていく「善循環社会」の構想は、利他的な精神そのものだ。次世代のリーダーたちへとバトンが引き継がれ、同社が今後どのような未来のつながりをつくり上げていくのか、さらなる飛躍から目が離せない。

井上善博/1965年、兵庫県出身。1987年京都産業大学経営学部経営学科卒業後、株式会社西武百貨店に入社し、法人営業部に配属。ゼロから仕事をつくる経験を積む。その後、父親の経営する運送会社を経て、1999年10月株式会社クーバル創業。現在に至る。