
2008年当時、赤字が続き厳しい経営状況にあった興真乳業。2014年に常務として再建を託された古谷真一氏は、徹底した「選択と集中」により、わずか1年で黒字化を達成した。海外の大学で広告を学び、その後、大手小売店の店長として現場感覚を磨いた同氏。掲げるのは、「めんどくさいが利益につながる」という信念である。1日35万食の学校給食を支え、千葉から関東ナンバーワンを目指す古谷氏にその軌跡と今後の展望を追った。
海外での学びと小売店長経験が培った経営者視点
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
古谷真一:
最終的にはアメリカの大学を卒業しましたが、最初は日本の大学に入学していました。しかし、当時の日本の大学は取得できる単位の上限がなく、1、2年で卒業に必要な単位をほぼ取り切ってしまったのです。
そんな中で、そのまま日本にいて遊ぶよりも海外で学ぶことを勧められ、ミシガン州立大学の学部生として編入しました。将来的に会社を継ぐイメージは常に持っており、より広い視野を持ちたいという思いもありました。編入先のミシガン州立大学は酪農に強く、父や知人にはそれを学んでほしいという思いがあったようです。しかし、私は当時学問として確立されていた広告や宣伝などを専攻しました。
ーー大学卒業後、すぐに家業へ入られたのでしょうか。
古谷真一:
帰国後は大手食品メーカーへ入社しました。入社後は工場や生産部門ではなく、最終消費者に近い部門を希望し、同社のコンビニエンスストア事業部に配属されました。そこで3年ほど、店舗の店長や商品の仕入れ・開発に近い業務を経験しました。特に勉強になったのは、現場でお客様がどのようなものを欲しがるのかを肌で学べたことです。
また、店長として一つの店舗を預かることは、労務管理から人事、給与計算、さらには利益率の把握まで、小さな会社の経営者としての経験を積むことと同じでした。当時の現場経験が、今の経営にも大いに生きています。
就任1年で黒字化へ 聖域なき「選択と集中」の断行
ーーその後、貴社へ入社された当時の経営状況はいかがでしたか。
古谷真一:
私が弊社に入ったのは2008年ですが、当時の業績は芳しくなく、赤字が続く非常に厳しい状況でした。いくら売上高があっても、利益が出なければ事業は継続できません。そこで、売上高よりも利益を優先させるため、2014年に常務として再建計画をスタートさせました。
ーー具体的にはどのような改革を断行したのですか。
古谷真一:
大規模な事業の再構築です。まず、規模の大きかった旧工場を閉鎖し、現在の工場一つへ集約しました。そして、従業員の最適化、取引先や商品の厳格な選別による「選択と集中」を行いました。地元で長く愛されてきた牛乳宅配事業も、配送地域をある程度絞る決断を下しています。
当時の売上高は100億円程度ありましたが、採算の合わない取引を整理したことで翌年には80億円に落ちました。しかし、マイナス1〜2億円だった赤字は翌年には、僅かですが黒字へと転換し、直近では数億円の利益が出る体制をつくることができました。長年の付き合いであっても、自社が倒れては元も子もないという覚悟で取り組みました。
「めんどくさい」が利益を生む 逆転の発想が導く生産性向上

ーー経営において最も大切にされている信念は何ですか。
古谷真一:
従業員にもよく伝えているのが「めんどくさいが利益につながる」という言葉です。世の中のサービス業の多くは、人が「めんどくさい」と思う作業を代行することで成り立っています。つまり、業務において手間がかかることを自社でやり切れば、それが付加価値となって利益へつながるのです。
社内業務についても同じで、「めんどくさい」は「意味のない作業のサイン」と捉えています。社内の業務で手間に感じるものがあるなら、それは無理や無駄、ムラのどれかです。品質管理や衛生管理など絶対に必要な工程以外で、本当に意味がないと思うなら、その作業を簡素化するかやめてしまう。無駄なことをやめれば生産性が上がり、結果として利益が出ます。
ーーでは、生産性を向上させるために具体的に工場で工夫されたことは何ですか。
古谷真一:
ジュースの生産工程におけるロスの削減が一つの例です。従来は配管に残ったジュースを次の工程へ送るために水で押し出していました。水と混ざる前後の部分は配合率が変わってしまうため、数百リットルを廃棄せざるを得なかったのです。そこで、あらかじめ120%の濃いジュースをつくり、最後に押し出す水と混ざることでぴったり100%になるよう計算式を組み、流量計の設備を導入しました。これにより廃棄量が大幅に減り、生産性を大きく上げることができました。
1日35万食の学校給食が築く「毎日確実な高品質」の信頼
ーー他社と比較した際の、貴社の強みや特徴を教えていただけますか。
古谷真一:
一番の強みは、千葉の都心部に工場があることです。人口が多い関東圏へのアクセスが良く、輸送コストやタイムロスを抑えながら品質を維持できる環境にあります。これに付随して、千葉と東京の学校給食において大きなシェアを獲得してきました。実際に、千葉で約3分の1、東京で約4分の1を占めるほどです。単一工場で1日35万食以上を生産しているのは、全国でも他にない強みだと自負しております。
ーー学校給食事業を担う上で、大切にされていることは何ですか。
古谷真一:
根底にあるのは「毎日確実に高品質な美味しい商品をお届けする」という経営理念の体現です。牛乳は味をつけたり栄養素を足したりと、手を加えてはいけないからこそ、安定供給と変わらない高品質を維持することが、お客様からの信頼に直結していくわけです。
また、子どもの頃に給食で飲んだ牛乳の記憶は、良い思い出とともに長く心へ刻まれることでしょう。毎日35万人の子どもたちにリーチし続けている事実は、将来の購買者への最大のアピールにつながると考えております。
子どもたちの記憶に残る仕掛けと関東トップへの布石

ーー今後のビジョンをお聞かせください。
古谷真一:
第一ステップとして「千葉で1番の乳業会社」になること、そしてその次は「関東で1番」を目指しています。そのための取り組みとして、学校給食を通じたファンづくりを行っています。ただ提供するだけではなく、給食のミニパックの裏表を間違い探しにしたり、120本に1本の割合で公表していない特殊パッケージを混ぜたりと、子どもたちに楽しんでもらえるような工夫をしています。子どもの頃の楽しい記憶は、大人になっても必ず残ります。10年後の購買層に選ばれるブランドになるための投資です。
ーー新商品の開発や、それを支える体制づくりについてはどのようにお考えですか。
古谷真一:
現在、弊社に良いイメージを持ってくださる方がいても、市場に提供している商品が飲料以外少ないのが課題です。そこで今後は、チーズやヨーグルト、プリン、パウンドケーキといった牛乳以外の乳製品の新商品開発を積極的に展開していきます。このビジョンを達成するために、安定した生産管理を行える人材はもちろん必要です。さらにゼロから新しい商品を生み出せる商品開発力を持った人材の採用を強化します。関東で1番へ向けた体制をしっかりとつくっていく意気込みです。
編集後記
無駄を徹底的に省きながらも、付加価値を生み出すための手間は決して惜しまない。古谷氏の理にかなった視点からは、事業再生を成し遂げた経営者としての並々ならぬ覚悟を感じた。毎日35万人の子どもたちへ高品質な給食を届け、未来のファンを育て続ける同社。乳製品の開発強化など、次なる成長フェーズへと歩みを進める興真乳業のさらなる飛躍に期待が高まる。

古谷真一/1978年東京都生まれ、ミシガン州立大学卒。山崎製パン株式会社に入社し、修業期間を経て2008年に興真乳業株式会社へ入社。2024年に同社代表取締役社長に就任。