
「ゆかり🄬」をはじめとするふりかけ商品で、日本の食卓に欠かせない存在となっている三島食品株式会社。現在、同社はスーパーの主食材の売上高を向上させるふりかけを「調味料」として使う展開や、娯楽性を交えた独自のアプローチで注目を集めている。生産現場の品質管理からキャリアをスタートさせ、25歳で独自の生産管理システムを開発。その後、機能改善を積み重ねながら時間をかけて全工場へ導入し、現在に至る。生産と営業のトップを兼務し、現在は代表取締役社長として同社の変革を牽引する末貞操氏に、常識を打ち破る挑戦の軌跡と組織づくり、そして「サービス業」へと進化する三島食品の未来図について話を聞いた。
25歳で挑んだ生産管理システムの独自開発
ーーまずは、貴社に入社された経緯からお聞かせいただけますか。
末貞操:
大学時代はもともと公務員を目指していましたが、希望する採用枠がなかったため、民間企業へ進路を切り替えました。当時、私には地元で働きたいという思いがあり、大学の恩師の紹介で数社を見学したのですが、そのうちの一社が三島食品でした。
そこで実際に現場を見学して話を聞いていく中で、直感的に「この会社は面白そうだな」と興味を惹かれました。すると、当時の社長から「アルバイトに来てみないか」と声をかけていただき、大学4年の夏休みに1ヶ月ほど現場で働くことになったのです。そこでの経験がもとで、「ここで働きたい」と感じたことが決め手となり、そのまま入社しました。
ーー実際に入社された後は、どのような業務を担当されたのですか。
末貞操:
品質管理を主軸としつつ、多岐にわたる業務を経験しました。当時の弊社には生産技術部がなく、品質管理の担当者が工場の人たちと連携して工程改善や製造方法の研究を行っていました。また、私が入社する以前からレトルトパウチ食品に注力し始めており、殺菌釜の操作なども担当しています。一つの枠に留まらず、品質管理・生産管理・工程管理など、中小企業ならではの多様な経験を若いうちから積むことができました。
ーー多岐にわたる業務を経験される中で、特に印象に残っているエピソードはありますか。
末貞操:
25歳のときに、独自の生産管理システム(MRP)の開発に着手したことです。当時、生産部長の勧めでプログラミングのセミナーに3ヶ月ほど通う機会がありました。その経験がきっかけとなり、社内でシステムを導入する話が出た際、構築を担当することになったのです。
後から知ったのですが、本来MRPは多額の費用をかけて既製のソフトを購入したり、専門家を招いて導入したりする大掛かりなものらしく、それを素人が一人でつくろうとしたわけですから、今思えば無謀でした。当時は専門誌が出版していた薄い解説書だけを頼りに、必死で仕組みの理解に努めました。
ーー専門知識がない状態から、どのようにシステムの完成に至ったのでしょうか。
末貞操:
解説書を何度読んでも肝心の仕組みが理解できず、数ヶ月間悩み抜いた末に、一度は「自分には無理だ」と挫折しかけました。しかし、研究所の2階で諦めて帰ろうと立ち上がったとき、窓の外にオレンジ色の夕焼け空が見えたのです。不思議なことに、その光を見た瞬間に頭の中で仕組みがつながり、嘘のようにほぼすべてを理解できました。
そこからは絡まった糸が解けるように開発が進み、生産指示を手始めに購買計算、原価計算などのサブシステムを作り、結果全工場のMRPを30代半ばでほぼつくり上げることができました。自らが構築したシステムで会社の業務が大きく変わっていくことに、当時は非常に感激しましたね。
ーー完成したシステムは、実際の工場でどのように運用されたのですか。
末貞操:
まずは関東工場で一部機能を導入して成功を収め、その後、受け入れ態勢を整えながら広島工場へと展開していきました。本格的なMRPの導入は現場のやり方を根本から変えるものだったため、現場の負担が予想される状況でした。そこで、計量器の配置など、環境条件を整えてもらった上で導入を進めていったわけです。肩書きに頼るのではなく、現場の皆さんに意味を理解してもらい、協力して動いてもらう必要があります。このときの経験は、その後のマネジメントにおいても大きな財産となっていると感じています。
意識改革をもたらした「見える化」と「名前立て」の文化

ーーシステムを現場に定着させ、従業員の意識を変えるために工夫したことは何でしたか。
末貞操:
デジタルのシステムで数字を管理するだけでなく、現場の意欲を喚起しなければ真の改善にはつながらないと考え、独自のアナログでの「見える化」を推進しました。具体的には1997年頃から、現場の改善前後の様子を撮影し、社員食堂に貼り出したのです。
ただ写真を貼るだけでなく、業界で広く知られるトヨタ生産方式を引き合いに出した解説を添え、視覚的に学べる環境をつくりました。また、食堂のテーブルの卓上メニュースタンドのアクリル板の中に読んでほしい資料を挟むなど、日常の導線の中に自然と情報を組み込み、従業員の意識が変わっていく仕組みを整えました。
ーーその他、独自の文化として社内に根付かせた取り組みはありますか。
末貞操:
複雑な仕組みを社内の共通言語にするための「名前立て」というものがあります。他社の生産方式を研究する中で、トヨタ自動車の「道具立て」という概念に触れました。仕組みを運用する際に、それを「道具」として整える考え方に感銘を受けたのです。
これにならい、弊社でも独自の仕組みや概念に名前をつけ、社内の共通言語として定着させる「名前立て」を始めました。ただのネーミングではなく、魂を込める意味で「名前立て」と呼んでいるのです。複雑な仕組みに名前をつけることで一言で説明できるようになり、文化として定着しやすくなるという効果があります。思いつきから始まった取り組みですが、会社にもたらした影響は非常に大きかったといえるでしょう。
生産現場から営業本部長への転身 「顧客目線」への転換と売上高拡大
ーーご自身のキャリアにおける転機についてお聞かせいただけますか。
末貞操:
50歳のときに、当時の社長から突然打診を受け、営業本部長に就任したことです。それまではずっとものづくりの世界で生きていくと考えていたため、全く異なる領域への異動には非常に驚かされました。当時は会社の業績が落ち込んでいる時期でしたが、苦しい状況のなかで何もしないまま後悔することだけは避けたいと思い、覚悟を決めて引き受けました。結果として、そこから7年間にわたり生産本部長と営業本部長を兼務することになりました。
ーー生産と営業の両方を統括する立場となってから変革されたことはありますか。
末貞操:
「お客様がどう思われるか」という顧客目線への意識転換を図りました。最初に展示会へ足を運んだ際、弊社のブースにコーポレートカラーだからという理由で青いクロスが敷かれており、強い違和感を覚えました。食品メーカーである弊社にとって、食欲を減退させるような色を使うのは、お客様目線ではありません。当時の営業は、お客様ではなく会社の決定を見ていました。そこですぐにクロスを食欲をそそるような暖色の赤紫色に変更してもらい、陳列方法もスーパーの棚を意識したものに変えました。小さなことですが、そういったことの積み重ねで、お客様からの見られ方が大きく変わっていったのです。
ーー顧客目線への転換を図った後、業績はどのように回復していきましたか。
末貞操:
試行錯誤で進めている中、ある時期に商品名に独自性を持たせたことでSNSを中心に話題となり、認知度が向上しました。良い商品をつくっている自信はありましたが、テレビCMなどに費用をかけずに原料に投資する方針もあり、認知度に課題があったのです。そんな中、「ゆかり🄬」「かおり🄬」「あかり🄬」が「三姉妹」として一般の方の投稿したSNSがきっかけで広まりました。現在では人のお名前のようなシリーズは10種類以上の商品展開へと拡大しています。SNSという媒体が後押しとなり、成長軌道に乗せることができました。
「素通りさせない」売り場づくりと主食材とセットの売り場提案
ーー認知度が向上した後、売り場ではどのような販売戦略を打ち出したのですか。
末貞操:
ふりかけを「調味料」として展開する戦略へと転換しました。スーパーのふりかけ売り場では衝動買いが起きにくいため、より多くのお客様が通る肉や魚、野菜といった主食材の売り場に商品を配置しようと考えたのです。「ゆかり🄬」を調味料として認知していただくために、最初は専用商品の開発を検討しましたが、競争の激しい売り場に定着させるのは困難です。そこで、主食材の売り場で既存の「ゆかり🄬」を調味料として使ってもらうことで食材や総菜の売り上げを上げる「メイン食材販売支援プログラム」を開始しました。
ーーそのプログラムによって、どのような効果が得られましたか。
末貞操:
弊社の商品を使った総菜を作ったり又は食材に小袋を添付することで、スーパーの主食材の売上高が大きく伸びました。この戦略は、「ゆかり🄬」を売ることを第一の目的としません。たとえば、きゅうりに「ゆかり🄬」の小袋を添付すると、きゅうりの販売数が一気に伸びます。自社の商品を売り込むのではなく、スーパーの売りたい食材の売上高向上を支援する。結果として「『ゆかり🄬』は調味料として使える」という認知が広がり、長期的な自社の売上高増加にもつながれば良いと考えています。

ーー主食材の売り場でお客様の目を引くために、工夫したことを教えてください。
末貞操:
売り場でお客様を素通りさせないため、「カッパ大作戦」と名付けた娯楽性のある独自の販促を行っています。きゅうりと「ゆかり🄬」の相性が良いというデータから、「きゅうりといえばカッパだろう」と発想しました。
カッパはきゅうりも食べるが、「川に住んでいるから魚も食べるだろう」「魚を狙いにきた鳥も食べるかもしれない」などと少々強引でユーモアあふれるストーリーを展開しています。このユニークな提案はスーパーの担当者にも大好評で、従業員自らが色とりどりのカッパに衣装を着させたり、顔出しパネルを設置したりして、お客様が思わず足を止めたくなるような「素通りできない売り場」をつくり上げました。現在ではこのスーパーでの確かな成功の売上データを武器に、飲食店などの業務用市場にも提案の幅を広げています。
ーー売り場づくりからさらに視点を広げた、独自の取り組みはありますか。
末貞操:
他社とのコラボレーションで得られたロイヤリティ収益を販売支援などに再投資し、社会全体に還元する「循環サイクル」の構築に力を入れています。
また、自社のノウハウやブランドを活用する取り組みも進めており、先日、特許庁の「知財功労賞」において特許庁長官表彰を受賞しました。知的財産を経営に活かしている点が評価されたのです。自社だけで利益を抱え込まず、スーパーや生産者、消費者の皆様に還元していく姿勢をこれからも大切にしていきたいと考えています。
「人を活かす経営」と中小企業ならではの強み

ーー独自の施策や循環サイクルを実行するための組織づくりについてお聞かせください。
末貞操:
「やらされ感」を排除し、現場でやることを決めるボトムアップの組織を日頃から意識してきました。従業員が自分で考えて成功をつかみ取るほうが仕事の醍醐味を味わえますし、何より大きな力に繋がります。また、その人の能力や適性が最大化される「人を活かす経営」も重視すべきポイントです。一人に複数の役割を兼任してもらったり、部署を横断したチームをつくったりと、中小企業の弱みと思われがちな部分を強みに変える柔軟な人事に取り組んでいます。
ーー柔軟な組織づくりを進める中で、5年後、10年後の姿をどのように描いていますか。
末貞操:
海外事業のさらなる拡大と新たな価値の創造を突き詰めると同時に、国内では取引先から「なくてはならない」と信頼される真のサービス業へと進化することです。まず商品面においては、広島大学と20年以上に渡り連携して進めている赤しその研究など、原料に関する新たな成果に期待しています。皆様の期待を超える価値が生まれる可能性を秘めており、今後の展開が非常に楽しみです。また、現在約50カ国で展開している海外事業の規模をさらに拡大すべく、次世代を担うグローバル人材の育成にも注力します。
一方で国内市場においては、取引先のお客様から深く信頼されるパートナーの確立です。弊社の提案や取り組みを通じてお客様の売り上げが向上し、「三島食品と組めば商売が繁盛する」と認識していただけるような関係を築きたいと考えています。約8年前に三島会長より「サービス業になりたい」との発案があり、ずっと考えてきましたが、劇団や店頭イベントなどを行う現在の活動は、まさにその体現にほかなりません。単にモノをつくる製造業の枠を越え、心から喜ばれるサービスを提供する企業として、これからも挑戦を続けます。
編集後記
製造の品質管理、独学のシステム開発、青いクロスを撤去した営業改革。末貞社長の歩みは、常に「本質」を問う連続だ。特に印象的なのは、目先の利益よりも取引先の売上高の最大化を優先する「メイン食材販売支援プログラム」である。自社商品がその場で売れなくてもよいと言い切る姿勢が、結果として強固な信頼と成長を生んでいるのだ。カッパのマネキンで売り場を盛り上げ、「サービス業」を標榜する柔軟さと圧倒的な行動力。同社の型破りな挑戦が、日本の食卓にどんな新風を吹き込むのか、可能性は無限大だ。

末貞操/1958年生まれ。広島県出身。1981年、三島食品株式会社に入社。入社後は工場の品質管理担当として、25歳で生産管理システム(MRP)を独自開発して各工場へ導入。また1997年より「見える化」に取り組み全社で展開している。生産管理システム、「見える化」、「名前立て」といった管理の仕組みづくりや工場の合理化に取り組んできた。2000年に生産本部長、2009年に営業本部長を兼任。2017年より現職。