※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

個人の技術やカリスマ性が注目を集めがちな美容業界。その環境下で、「組織力」を軸に事業を拡大しているのが株式会社Ashantiだ。代表取締役の坂井孝輔氏は、長年経営コンサルティング業界に身を置き、美容業界へと転身した経歴を持つ。感覚に頼らず、KPI(重要業績評価指標)に基づいたデータ管理と独自の人材育成の仕組みで、業界の変革を目指している。同社が迎える次の10年を見据えたブランド再定義や、次世代リーダー育成にかける思いを坂井氏に聞いた。

「つくる側」への渇望 未完成な「おもちゃ箱」に感じたワクワク感

ーーまずは、貴社へ入社された経緯を教えてください。

坂井孝輔:
「自分も当事者として、仲間と共に創る側にいきたい」と考えたことが一番の理由です。私は20年近くにわたって、経営コンサルティング業界に身を置いており、日々経営者と接していました。しかし、コンサルタントである限り、常に外部からサポートする立場に留まります。いつしか、輪の中に入って自ら事業をつくりたいという思いが強くなりました。

その思いを実現すべく転職活動を行い、結果的には複数の選択肢を得ることができ、その中には上場企業や条件の良い会社もありました。完成された組織に入る選択肢もあった中で、私が惹かれたのは全く異なる環境でした。弊社は規模が小さく条件も決して良くありませんでしたが、私には最も魅力的に映ったのです。当時は創業から5年で急成長を遂げていたものの、組織体制が追いついておらず、あちこちに綻びが生じ始めている状態でした。しかし、この成長曲線の中心で組織を整える過程にこそ、私の経験が活きると確信したのです。まだ見ぬ未来を自分たちの手で創り出せるかもしれない。そんなワクワク感が、入社の決め手となりました。

個の力ではなく「組織力」 美容業界の常識を覆す経営戦略

ーー入社してからは、組織に対してどのような強みを築いてきたのでしょうか。

坂井孝輔:
私が参画した当時、会社の成長を支えていたのは、若いスタッフたちの「ワクワクドキドキするような勢い」でした。この気持ちは会社の原動力であり、今後も大切にすべきものです。しかし、店舗網が広がり、それに伴って組織が拡大するにつれて、再現性ある仕組みづくりも必要不可欠になります。現場に堅苦しさや息苦しさを感じさせてしまうかもしれない「成長痛」と、持ち前の勢いをどうバランス良く保つか、この4年間はずっと試行錯誤を続けてきました。美容業界は通常、優秀な技術者である創業者自身の目の届く範囲で店舗を増やしていく形が王道です。しかし私は、美容業界の経験が全くない「素人」としてこの世界に飛び込みました。だからこそ、経営と現場の運営を明確に分離するという、業界でも珍しい体制を築くことができたのだと思います。

弊社の本部メンバーは、多くが異業種から来た人間です。運営を担う美容師の現場とは異なる背景を持つため、分かり合うのが難しい瞬間があることも事実です。だからこそ、共通の目的や相互理解のもとで、互いを尊重し合う風土をどう作っていくかを大切にしてきました。トップダウンだけでなく、運営サイドへの権限移譲を進め、彼らを支援するルール作りにも奔走しました。以前に比べて、コミュニケーションの質・量ともに劇的に改善したと感じています。

ーー本部と現場が連携していくうえで、何を重要視していますか。

坂井孝輔:
実績やデータ、つまりKPI(重要業績評価指標)を徹底的に管理することです。様々な意思決定の場においては、特定の「大きくて目立つ声」が、あたかも現場の総意であるかのように評価されてしまうことがよくあります。しかし、事実とは全く違うケースも少なくありません。一つの意見としては尊いものですが、それだけを事実と受け止めてしまうと、経営判断を誤ってしまいます。

だからこそ、人事の採用データからマーケティングの媒体運用、もちろん財務データに至るまで、かなり細かく数字を追いかけています。冷たいデータ管理に聞こえるかもしれませんが、客観的な事実と現場の声をきっちりと融合させ、相互理解を深めるための取り組みなのです。

また、制度を整えること一つとっても、その過程は試行錯誤の連続です。朝令暮改は当たり前で、朝決めたことをその日の午前中に改めるようなことすらありました。常に組織としての「成長痛」を抱えながらもがいてきました。しかし、この痛みを「乗り越えれば楽になる」とポジティブに捉えられるメンバーが増えてきたことは、組織としての大きな強みですね。

美容のインフラを目指す 顧客に選ばれ続ける独自の強み

ーー現在展開されている事業内容と、貴社ならではの強みを教えてください。

坂井孝輔:
弊社は直営やフランチャイズ、グループ会社を含めて現在80店舗超を展開する美容室チェーンです。最大の強みは、どこまでいっても「組織力」で勝負している点です。かつてのドラマに端を発したカリスマ美容師ブームや、今のSNSでの個人集客など、この業界はどうしても「個」に注目が集まりやすい性質を持っています。しかし私たちは、新卒メンバーや多様な価値観を持つ中途採用メンバーがそれぞれの強みを持ち寄り、「個人の力だけでなく、Ashantiという組織だからこそ結果が出せる」という環境を実現しています。

事業の根底には、創業当時から大切にしている「毎月でも通いやすい価格帯で、安心して通えるお店」という考えがあります。私はよく「ユニクロさんのような美容室業界のインフラ」と表現しているのですが、多くのお客様の美を支える存在でありたいのです。そうした観点に立つと、チェーン展開である以上、お店ごとのクオリティがバラバラであってはいけません。お客様のご要望にお応えする中でのコンセプトの違いは店舗ごとにあってしかるべきですが、「いつでもどこでもAshantiらしいクオリティ」を提供し続けること。この共通認識を組織全体で持ち、実行できていることこそが、私たちがお客様から選ばれ続ける理由だと考えています。

早期育成の「半年デビュー」と次の10年を見据えたブランド再定義

ーー人材育成においてはどのような取り組みをされていますか。

坂井孝輔:
「アカデミー」という早期育成機関を立ち上げました。美容業界は離職率が高く、その背景にはアシスタントとしての下積み期間の長さがあり、通常2年から3年、長ければ5年以上かかることもあります。その間に夢を諦めてしまう人が少なくありません。

そこで通常なら何年もかかる練習を、1日8時間の業務として集中して行い、最短半年でスタイリストとしてデビューできる仕組みをつくりました。これにより従業員の意欲を高め、確かな技術を持った人材を継続的に現場へ送り出しています。もちろん新卒だけでなく、多様な価値観をもつ中途採用も引き続き積極的に行っていきます。

ーー今後の事業展開に向け、特に注力されているテーマは何でしょうか。

坂井孝輔:
現在進めている「ブランドの再定義」です。美容室のコンセプトは抽象的になりがちで、提供価値がお客様に伝わりにくいという課題がありました。次の10年を見据え、内装設備や使用する薬剤、価格帯などをブランドごとに明確に再定義し、お客様にしっかりと発信していきます。これが中長期的な成長を牽引する重要な柱になると位置づけています。

成長痛を乗り越え安心と期待を提供できる組織へ

ーー組織のさらなる成長に向けた新たな施策をお聞かせください。

坂井孝輔:
設立10期の節目を迎える2026年の秋から、「次世代リーダー育成制度」を開始します。これまで会社は、常に「成長痛」を抱えながら規模を拡大してきましたが、次の10年を生き抜くためには現状のままでは通用しません。その進化をリードする存在を育てるべく、デビュー2年目以降の若手から参加できるリーダー育成プログラムを構築しました。現場には、大きな可能性を秘めながらもまだ日の目を見ていない人材が必ずいます。そうした若手の才能を積極的に引き上げ、まずは次世代を見据えた現場の底上げ、そして世代交代のバトンを繋いでいきたいと考えています。

ーー最後に、読者の方へメッセージをお願いいたします。

坂井孝輔:
弊社が求めているのは、「チームとして活躍できる人」です。美容業界には、一部の層だけが注目される風潮がいまだにあります。しかし「個」の力がそれほど強くなくても、協調性を持ち、多様性を認め合える方であれば必ず力を発揮できる場所があります。

美容師という夢を叶える前に辞めてしまう人や、現在不安を抱えている人もいるでしょう。諦める前にぜひ一度、私たちの取り組みを覗きにきてほしいですね。これからも、お客様にとっても従業員にとっても、「Ashantiに通えば、Ashantiで働いていれば、新しい期待感を持てる」という存在であり続けたいと思っています。

編集後記

「おもちゃ箱のようなワクワク感」。そう語る坂井氏の言葉からは、未完成な組織だからこそ味わえる事業づくりの過程を心から楽しむ姿勢が伝わってきた。感覚や属人的なスキルに依存しがちな業界にあって、客観的なデータを用いて本部と現場の対話を生みだすアプローチは極めて論理的だ。個人の力だけでなく、組織の力で業界に新たな風を吹き込もうとする株式会社Ashanti。常に成長痛と向き合いながら、進化を続ける同社が、次の10年でどのような期待を具現化していくのか、その軌跡を追い続けたい。

坂井孝輔/1979年、兵庫県出身。同志社大学法学部卒業後、経営コンサルティング業界にてキャリアを重ねた後、2022年に株式会社Ashantiに入社。店舗管理本部長、専務執行役員を経て、2025年、代表取締役社長に就任。現場に寄り添いながらも、持続可能かつ成長性の高い経営モデルを志向し、美容業界全体の価値向上に貢献することを目指している。