※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

兵庫県神戸市内で最大規模の客室数とコンベンション施設を備える株式会社神戸ポートピアホテル。率いる代表取締役 社長執行役員の中内仁氏は、家業である同社を当初は継ぐつもりはなかったという。海外で経営やホテルマネジメントを学び、世界で通用する人材を目指していた同氏が、なぜ故郷の神戸に戻り、社長に就任することになったのか。阪神・淡路大震災という未曾有の危機から得た「人」への思い。要求水準の高い学会誘致が生み出すサービスの好循環。そして「宿泊」にとどまらない体験価値の創出まで、今後の展望に迫った。

「どこでも働ける人材に」海外での学びから家業への転換

ーーもともと家業を継ぐ意識はお持ちだったのでしょうか。

中内仁:
当初は自分が弊社を継ぐことはあまり考えていませんでした。私は兄弟の中でも次男だったので、継ぐ立場にはないと考えていたからです。ただ、小売業、外食ビジネス、そしてホテル事業と発展させていった父の姿はずっと見てきました。子どもの頃から父と一緒にレストランへ出かけ、父が他店の接客サービスや料理の質を熱心に視察・研究する姿を間近で見てきたため、人が喜ぶ接客サービスの仕事には自然と興味を抱いていましたね。

ーーそこから、どのような経緯で貴社へ入社されたのですか。

中内仁:
大学在学中からホテルで働くイメージを抱いており、卒業後は海外のホテルスクールへ留学したいと考えていました。父から「日本が今後どうなるかわからないから、どこでも働ける人間になった方がいい」と言われたことも、世界で通用する力を身につけたいと思うきっかけでした。ただ、アメリカの大学院に進むには1年間の実務経験が必要でした。そこで親に相談したところ、「うちなら色々な部署を経験できて、受験にも役立つのではないか」と勧められ、大学卒業後はまず弊社で1年間働きました。

その後、無事にアメリカの大学院のホテルスクールへ進学し、卒業後はそのまま現地のホテルに就職するつもりでいました。ところが、そのことを親に伝えると「帰ってこないのか」と言われたのです。兄が研究者の道に進んでいたこともあり、そのとき初めて自分が後継者として期待されていることに気づきました。ずっとお世話になってきた恩もありますし、「それなら戻らなければ」と帰国を決意し、香港での研修を経て、改めて弊社へ入社しました。

震災で痛感した「人がサービスをつくり出す」という真理

ーー経営において、最も大切にされている軸は何ですか。

中内仁:
父の「神戸の町にふさわしい、象徴となるホテルをつくりたい」という創業理念を維持・発展させることが根本にあります。それと同時に、ホテルを構成する従業員の皆さんが活き活きと働ける環境を整えることも欠かせません。このように「人」を重視するようになった背景には、阪神・淡路大震災の経験が大きく影響しています。当時、社長だった父は「ホテルを閉めずに事業を継続し、皆さんの雇用を確保する」と宣言しました。しかし、当時の神戸には仕事がなく、近隣都市との収入格差もあり、多くの従業員が離職してしまったのです。

震災直後、法人のご予約の多くはキャンセルになりましたが、「婚礼」だけはあまり減らず、実施されるお客様がいらっしゃいました。その後、半年から1年ほど経つと、「被災地への応援」という意味合いを込めて、全国支店長会議や大会などのご利用も戻り始めたのですが、当時は人員不足で十分なサービスが提供できず、お客様からお叱りを受けることもありました。「ホテルは人がサービスをつくり出す。人を大事にしなければ成り立たない事業だ」と痛感したのです。これが、働きがいを最優先とする現在の組織づくりの原点になっています。

要求水準の高い「医療系学会」がサービスの質を引き上げる

ーー貴社の事業の強みはどのような点にありますか。

中内仁:
神戸市内で最大の客室数と、数千人規模を収容できる大型コンベンション機能を持っていることです。加えて、医療系の学術会議(コンベンション)の誘致に注力している点も大きな強みと言えます。学会に参加される先生方は、大会の期間中にご自身の研究チームや同窓生などの「グループ」で、別途レストランなどで小規模な会食を開かれることがよくあります。そうした場で求められるお料理の内容やサービスへの要求スペックが、個人のお客様よりも高い傾向にあります。そこでターゲットを絞り、私たちの調理技術や接客スキル、提案力を徹底的に磨き上げます。その結果、個人のご宿泊客にも高度なサービスを還元できるという好循環が生まれるのです。また、大規模な学会を神戸に誘致することは、町の経済活性化にもつながると考えています。

ーー学会の誘致は、具体的にどのように進めているのでしょうか。

中内仁:
すぐ隣にある神戸観光局と連携して活動しています。観光局はさまざまな学会の情報を持っており、次回の大会長がどなたになるかといった詳細も把握しているので、そうした情報をもとに一緒に提案書を提出したり、営業に出向いたりするわけです。また、すでに当ホテルをご利用いただいた学会に対しても、継続してご指名いただけるよう、観光局と協力しながらアプローチを続けています。

DX推進と新たな体験価値の創出で神戸の町を元気に

ーー直近で新たに取り組まれていることはありますか。

中内仁:
旅行業法に基づく旅行業も取り扱えるように整備し、自社でツアーを企画・募集しています。神戸や兵庫の歴史を巡るツアーや、瀬戸内海の玄関口として香川県の小豆島へのフェリーと宿泊をセットにしたプランなどです。ホテル事業の枠を超え「ただ泊まる」だけでなく、神戸の町を元気にする体験価値を創出し、提供していきたい。それが、これからの時代に求められる私たちの役割だと考えています。

ーー最後に、今後の展望や注力テーマについてお聞かせいただけますか。

中内仁:
大きく3つあります。

1つ目は、DXとAIの推進です。すでにAIコンシェルジュの導入や、客室のスマートテレビから館内の混雑状況を把握できるシステムなどを進めています。こうした取り組みは業務効率化やお客様の利便性向上はもちろん、これからの時代を担う若手人材の採用と育成においても必須の条件だと考えています。

2つ目は、神戸空港の国際化を見据えたインバウンドの開拓です。アジア圏を中心に海外の旅行博へ積極的に出向き、現地の旅行代理店に直接アプローチをかけています。2030年の国際線の定期便化に向けて、個人のご宿泊だけでなくインセンティブツアーなどの団体需要もしっかりと取り込んでいく方針です。

3つ目は、自社のノウハウを活かした施設運営受託です。多額の投資を伴う不動産所有にこだわらず、人材と運営ノウハウを提供して収益を得る手法を取り入れることで、よりスピーディーで幅広い事業展開を目指します。

先ほども話した通り、私たちの根底には「神戸の町にとって象徴的なホテルであり続ける」という創業時からの志があります。これからも時代のニーズに合わせて設備やサービスをアップデートしつつ、ホテルという枠組みを超えて地域に賑わいをもたらしていきたいと考えています。そこに暮らす人々や働く人々が、この町をより誇りに思えるような社会づくりに貢献していきます。

編集後記

震災という未曾有の困難を経験したからこそ導き出された「ホテルは人がサービスをつくり出す」という中内氏の言葉には確かな説得力がある。市内で最大規模の客室数やコンベンション施設を備えながらも、その本質は常に「人」と「サービス」に向いている。医療系学会の誘致による接客技術の向上や、AIの積極的な導入、そして自社企画ツアーによる体験価値の創出。創業者の理念を継承しながら、神戸の象徴として新たな進化を遂げようとする同ホテルの挑戦に、今後も注目していきたい。

中内仁/1966年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学卒業。1989年、株式会社神戸ポートピアホテルに入社。副総支配人、取締役副社長総支配人などを経て、1999年、代表取締役社長総支配人に就任。2023年より現職。公益財団法人中内力コンベンション振興財団理事長、一般財団法人神戸観光局副会長、一般社団法人日本ホテル協会常任理事、一般社団法人神戸経済同友会常任幹事、神戸商工会議所副会頭を兼任。神戸へのMICE誘致に注力。