※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

圧倒的な空間デザインと質の高いサービスで独自の地位を築く株式会社スターフライヤー。2022年に代表に就任した町田修氏は日本の航空業界の第一線で長年キャリアを積んできた人物だ。コロナ禍による厳しい経営環境で傷ついた組織を立て直すため、同氏は「原点回帰」のブランドプロジェクトを打ち出し、さらには、年齢にかかわらず挑戦を評価する新人事制度の運用や、約1000万人規模の商圏を持つ台湾を中心としたアジアへのグローバル展開など、次々と新たな一手を打っている。独自のブランド価値をいかに磨き上げ、選ばれ続ける企業へと進化していくのか、同社の戦略と今後のビジョンに迫る。

仕事の価値をきめ細かく見極める 現場で培った「相手を納得させる力」

ーーまずは、ビジネスパーソンとしての原点をお聞かせいただけますか。

町田修:
原点は大学卒業後に全日本空輸株式会社へ入社し、最初に配属された大阪の空港での旅客カウンター業務、そしてその後のグランドハンドリング業務にあります。入社して最初の2年間は空港の旅客カウンターという最前線で過ごし、お客様との関係構築や接客業の基本を深く学びました。

その後担当したのが、飛行機を専用車で牽引するなどの駐機中に様々な作業を行うグランドハンドリングの契約関連業務です。ここでは細かな契約料金の積算から、物事を論理的に組み立てて考える方法まで、実務を通して多くのことを吸収しました。その後も経営企画やパイロット関連の業務など、航空会社にとってまさに中核となる領域を一つひとつ積み上げてきており、現在の私のビジネスパーソンとしての基礎をつくってくれたと感じています。

ーーそれらの業務は現在の経営にどのように活かされていますか。

町田修:
仕事の価値を細かく見極め、論理的に相手を納得させる交渉力として活きています。グランドハンドリングは、高度な技術や安全への配慮が求められる業務から機内の清掃まで多岐にわたり、それぞれの仕事の違いが契約料金の差となって表れます。当時、海外の航空会社が日本へ乗り入れる際、私は受託料金の積算および交渉の最前線を任されていました。当然のように、相手からは「少しでもコストを抑えたい」とシビアな値下げ要求が突きつけられます。

しかし私は、感情や感覚に頼るのではなく、「この業務にはこれだけの専門技術が必要であり、日本の現在の人件費水準を踏まえれば、この費用が適正である」と、細かなファクトとデータを一つひとつ緻密に積み上げました。単なる価格交渉ではなく、私たちが提供する仕事の「価値」を客観的かつ論理的に説明し尽くした結果、最終的に相手を深く納得させることに成功したのです。

最大のライバルから弊社のトップへ「原点回帰」のブランドプロジェクト

ーー貴社の社長就任の前後で、会社に対する印象に変化はありましたか。

町田修:
外から見ていた印象と中に入ってからの印象にギャップはほとんどありませんでした。全日本空輸などで経営企画に携わっていた頃、私は弊社を「ブランドを重視する一番手ごわい会社」だと評価していました。ブランドの重要性を深く理解して立ち上がった企業だと感じていたからです。実際に社長に就任してみても、社員たちが弊社のブランドに対して強い思いと誇りを持っていることを再認識し、私の見立ては間違っていなかったと確信しています。

ーーコロナ禍での社長就任にあたり、最初に取り組まれたことは何でしたか。

町田修:
就任当時の2022年は減便や出向などの影響により、社員が自信をなくしている時期でした。そのため、何かを新しくして大きく変革するのではなく、自分たちの原点を見つめ直して再スタートを切ることが最優先の課題だと強く感じていました。

ーー具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか。

町田修:
2024年に、総務人事部が中心となって「スターフライヤーを愉しもう」という全社員参加型のワークショップを実施しました。コロナで様々な取り組みが中断してしまい社員どうしの関係性が薄れてしまいましたが、それを取り戻すことが目的でした。それを受け継ぐ形で、2025年から原点回帰を掲げた「ブランドプロジェクト」を立ち上げました。創業の心を再確認し、自分たちの原点に立ち返ろうということです。

私がプロジェクト責任者となり、スターフライヤーブランドへの強い想いを持ち、熱意をもって語れるメンバーを社員の中から厳選してプロジェクトを構成しました。彼らがパイロットや客室乗務員、カウンター、コールセンターなど、部署をまたいで横断的に社員を集め、対話を重ねていきました。具体的には、「自分たちのブランドとは何だったのか」「何を大切にしてきたのか」を話し合い、それぞれの思いを共有してもらったのです。その結果、「他部署はこういうことを考えているのか」という気づきが生まれ、社内の連携が非常に強固なものになりました。周囲からも社員の顔が明るくなったと言われるようになり、大きな手応えを感じています。現在はさらにステップアップし、会社だけでなく「自分自身の行動にブランドをどう結びつけるか」というテーマでプロジェクトを進めているところです。

部署間連携が生むホスピタリティとベストプラクティスの全社共有

ーーブランドプロジェクトによる部署間の連携はどのような効果をもたらしていますか。

町田修:
各部門がスムーズに連携し、円滑な対応ができるようになりました。弊社では、自社のスタイリッシュなブランドイメージをいかにホスピタリティへ乗せていくかを重視しています。現在では、お客様が事前にコールセンターへ相談した内容が空港のカウンターへ引き継がれ、さらには機内の客室乗務員にまでしっかりと共有される体制が整っています。いただいたご要望が現場の隅々まで通じており、お客様に何度も同じ事情を説明するストレスを感じさせないことは、期待を超えるサービスに直結します。実際、こうしたきめ細やかな対応により、お客様からお褒めの言葉をいただく機会がこの1年で非常に増えました。

ーー現場で生まれた成功体験は、組織全体へどのように共有されていますか。

町田修:
月に1回経営情報を発信する場で、お客様からいただいたお褒めの言葉を必ず紹介しています。さらに、そうしたポジティブな声を一覧できる社内アプリを導入し、ベストプラクティスを全社で学び合える仕組みをつくりました。

たとえば、バンクーバー在住のお客様が乗り継ぎのトラブルに直面した際、弊社のカウンタースタッフの対応に感動し「これからも使わせてもらう」と言ってくださった事例もあります。個人の能力に頼るだけでなく、組織全体としてホスピタリティを高め、お客様の期待値を常に超え続けることが私たちのブランドを形づくっていくのです。

20代の挑戦を後押しする環境と世代を超えたオープンなマーケティング

ーー社員の挑戦を促すためにスタートした新たな人事制度についてお聞かせください。

町田修:
2024年度から、これまでの年功序列からジョブ型に近いグレード制度へ移行を図りました。年齢にかかわらず、自らチャレンジして成果を出せば早期に上のグレードへ上がれる仕組みを構築したのです。弊社のブランドの根底には「挑戦していく文化」が息づいています。そのため、新しい人事制度を通じて社員の挑戦を後押しし、努力がしっかりと還元される環境を整えました。もちろん、挑戦には責任が伴い、結果を出すことも求められます。運用が3年目に入った現在では、業績の回復とも相乗効果を生み、社内でも新しいことに挑戦しようとする機運がこれまで以上に高まってきました。

ーー大手の航空会社にはない貴社ならではの魅力はどこにありますか。

町田修:
最大の魅力は「成長スピードの速さ」です。会社の規模が比較的小さいからこそ、努力して結果を出せば大手航空会社に比べて早くキャリアアップできる環境が整っています。20代から裁量を持って働きたい方には、非常に魅力的な職場だと思いますね。整備士などの専門人材の確保は業界全体の課題ですが、弊社の強固なブランドや、訓練体制に魅力を感じて入社する20代の人材も多く、非常に頼もしく感じています。

ーーZ世代などの20代に対するマーケティング戦略はどのようにお考えですか。

町田修:
感性です。20代向けのマーケティングは、上の世代が押し付けるのではなく価値観の近い同世代の社員に考えてもらうべきだと考えています。世代間の価値観の違いは必ず存在するため、私たちが20代の感性をすべて理解することは困難です。だからこそ、権限を委譲し、彼らの発想を活かす柔軟でオープンな姿勢を大切にしています。私が無理に主導するのではなく彼らに任せることで、よりリアルで心に響くメッセージが発信できると信じています。

「アジアの中の九州」を体現する台湾市場を起点としたグローバル展開

ーー貴社が目指す今後のビジョンについてお聞かせください。

町田修:
昨今の円安などの状況を見据え、国内市場だけでなく台湾を中心としたアジアへの国際展開を加速させていきます。私たちが保有する航空機は航続距離に制約があります。そのため、成長著しいアジア市場へと焦点を絞って戦略を進めていく方針です。その第一歩として、約1000万人規模の巨大な商圏を持つ台湾市場に対し、集中的にマーケティングリソースを投下して弊社のブランド認知を飛躍的に高めていきます。

ーー最後に、今後のスターフライヤーをどのような企業へ成長させていきたいですか。

町田修:
私が香港に駐在していた頃に強く実感した「アジアの中の九州」という視点が、今後の大きな指針となっています。本社がある九州という土地柄は農産物の輸出などを通じてアジア市場を強く意識しており、日本という枠組みを超えた密接なつながりを持っています。だからこそ私たちも単なる日本の航空会社に留まらず、アジアと九州を結ぶ架け橋としての役割を担う企業へなっていきたいですね。

台湾をはじめとするアジアの方々には、弊社の機内食やきめ細やかなホスピタリティといった独自のブランド価値を高く評価してくださる土壌があります。「アジアの中の九州」という視座を持ち、私たちが海外のお客様へ新しい価値を提供し続けていくことこそが、これからのスターフライヤーがさらなる飛躍を遂げるための重要な鍵になると考えています。

編集後記

町田氏のしなやかなリーダーシップと、組織全体に息づくホスピタリティの温かさだ。黒を基調とした機体デザインや全席レザーシートといった洗練された空間に、部署間の壁を越えた現場の連携が見事に融合し、期待を超えるサービスを生み出している。また、Z世代へのマーケティングを「同世代の若手に任せる」と語るオープンな姿勢からは、次代を担う人材を心から信頼し、挑戦を後押しする熱量が伝わってきた。「アジアの中の九州」という壮大な視座を持ち、かつて「最も手ごわい」と評した自社のブランド力をさらに研ぎ澄ます姿に、世界の空へ向かって飛躍する確かな未来を見た。

町田修/1964年、福岡県出身。東京大学法学部卒業。全日本空輸株式会社に入社以降、米州室マネジャー兼ロサンゼルス支店マネジャー、財務部副部長、スカイネットアジア航空株式会社(現株式会社ソラシドエア)常務取締役、ANAウイングス株式会社取締役、全日本空輸香港支店長などを歴任。2022年6月に株式会社スターフライヤー代表取締役社長執行役員に就任。