※本ページ内の情報は2026年8月時点のものです。

創業から300年以上の歴史を持ち、京都を代表する銘菓である「聖護院八ッ橋」を製造・販売する株式会社聖護院八ッ橋総本店。同社を牽引する代表取締役社長の鈴鹿可奈子氏は、幼少期から八ッ橋を愛し、家業を継ぐ決意をして経営の道を歩んできた。「お土産用だけのお菓子など存在しない」との信念のもと、地元の人々に愛される原点に立ち返るべく新ブランド「nikiniki(ニキニキ)」を立ち上げるなど、伝統を重んじながらも革新の挑戦を続けている。「味は伝統」という理念を胸に組織変革に挑む鈴鹿氏に、その歩みと展望をうかがった。

八ッ橋への愛と他社で学んだ「組織の根幹」

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

鈴鹿可奈子:
幼い頃からとにかく八ッ橋が好きで、中学生の頃には自分が会社を継ぐのだろうという意識を持っていました。これだけ好きなお菓子に携わる仕事に就けるチャンスはなかなかないと思い、その気持ちがブレることはありませんでした。家業を継ぐためには経営や経済を学んでおいた方がよいと考え、大学は経済学部に進み、アメリカへの留学も経験しています。

帰国後はすぐに弊社へ入社するつもりでしたが、父から「社会人としての基礎を他社で学んだ方がよい」と勧められ、信用調査会社に入社しました。そこで総務部に配属されたのですが、これが非常によい経験となったのです。備品管理から採用、人事系の仕事、インターンシップの受け入れまで幅広く担当する中で、当時の部長から「こうしたベースの仕事がなければ会社は絶対に成り立たない」と教わりました。その「総務とは何か」という教えは、今でも私の中に活きています。

ーー家業に戻られてからは、どのような業務に取り組まれたのですか。

鈴鹿可奈子:
最初の1年間は修行ということで工場に入り、商品の製造に携わるほか、手書きでの出勤管理や仕入れ関係など、総務のアナログな仕事も行いました。その後、経営企画室長というポジションに就き、商品や人事など、会社をよくするための改善案を幅広く提案するようになりました。特に注力したのが人事評価制度の改革です。前職で評価制度の重要性を学んでいたため、自社にも明確な仕組みを取り入れたいと考えたのです。

しかし、急に制度を変えてしまうと社員の生活に直接影響を及ぼしてしまいます。そのため、これまで会社を支えてきてくれた社員一人ひとりの生活を何よりも大切に考え、10年以上かけてゆっくりと変化させていく道を選びました。

また、こうした新しい提案を進める中で、「何を基準に判断すべきか」と悩む時期もありました。その際、父から常に言われたのが「うちの社風を考えて」という言葉でした。そこから見えてきたのが、弊社の核となる「味は伝統(どんな時代でも一番美味しい八ッ橋を作る)」という理念、そして「人と地元を大切に」という言葉です。これらがすべての判断のベースにあることに気づき、その重みを私自身もあらためて肌で感じています。

お土産からの脱却 新ブランド「nikiniki」に込めた原点回帰

ーー新ブランド「nikiniki」を立ち上げられた背景について教えてください。

鈴鹿可奈子:
一番の理由は、地元の方にもっと日常のお菓子として八ッ橋を楽しんでほしかったからです。京都外の方にはお土産としてたくさん召し上がっていただいていましたが、ふと気づくと地元の人たちはあまり食べていませんでした。そもそも「お土産用だけのお菓子」など存在するはずがありません。その土地で愛されているからこそ、持ち帰りたいと思っていただけるのが本来のお土産のあり方です。その原点に立ち返りたいという思いがありました。

そこで、八ッ橋がお土産物であるという固定観念を払拭するため、あえて聖護院八ッ橋総本店であることを一切感じさせない新ブランド「nikiniki」を立ち上げました。店構えも扉をなくして自由に入れるようにし、パッケージも八ッ橋を連想させない新しいデザインにしています。

ーー商品は本店で販売されているものとは違うのでしょうか。

鈴鹿可奈子:
見た目や合わせ方は違いますが、実は「nikiniki」で扱っている商品は、すべて聖護院八ッ橋総本店の八ッ橋・生八ッ橋と配合の比率まで完璧に同じものを使用しています。新しい可愛い形になることで、「これも八ッ橋?」と新鮮な驚きを持って食べていただけるようになりました。今では特別注文として結婚式の引き出物などに使っていただいたり、お客様が形や合わせる味をご自身でアレンジされた新しい食べ方をSNSで提案してくださったりと、確実に八ッ橋の輪が広がっているのを感じています。

100年先を見据える「味は伝統」の理念と未来への課題

ーー貴社の事業の強みや、商品づくりにおけるこだわりをお聞かせください。

鈴鹿可奈子:
私たちの強みは、何と言っても「味」です。原料にこだわり、私たちが一番美味しいと思う八ッ橋をつくり続けています。味の決め手となるにっきは、刺激が少なく風味が豊かに感じられるものを厳選しています。

また、生八ッ橋だけでなく、元来の焼いた八ッ橋のバリエーションが非常に豊富なのも特徴です。絵柄や文字をのせる型刷りを行ったり、特別注文に臨機応変に対応したりできるのも弊社の強みです。コーヒーを練りこんだものや砂糖掛けをしたものは味の種類も抹茶や生姜、わさびなど豊富です。ただ八ッ橋であれ生八ッ橋であれ、すべての商品づくりにおいて、「まあまあ美味しい」というものは絶対に出しません。

流行に乗って「これをつくったら売れるだろう」と思うものがあっても、100年、200年先を見据えて「まあまあ」ではなく「絶対に」美味しいものか吟味し、商品化するかどうかを判断します。ずっと愛してくださっているファンの方を裏切るようなことはせず、徹底した「味は伝統」の意識を持っています。

ーー最後に、今後の注力テーマと未来への展望をお話しいただけますか。

鈴鹿可奈子:
現在注力しているテーマは大きく3つ挙げられます。1つ目は、次世代の幹部へのバトンタッチを含めた「人材育成」です。弊社は現在40代の層が少なく、世代が空いてしまっているため、次の世代へどんどん業務を任せていくよう促しています。また、時短勤務の導入など、時代に合わせた柔軟な働き方の実現も進めています。

2つ目は、「ブランディング」の強化です。指名買いをしない若い層にも商品を届けるため、若手を含めた全社員対象のSNS対策委員会を作り、デジタルツールを活用した発信とリアルタイムな顧客反応の収集に力を入れています。

そして3つ目が、「工場の生産性向上やDX」への注力です。将来的な人材不足や建物の老朽化を見据え、機械で代替できる部分は機械化を進めています。ただ人員を削減するのではなく、機械に任せられる部分は任せ、人間は私たちらしい手の込んだ商品づくりに注力するという「棲み分け」を目指しています。

社長になってからは財務面も見るようになり、より地に足のついた経営を意識するようになりました。しかし、目先の短期的な課題解決ばかりに注力すると、長期的な視点を見失いがちです。そのため、足元の無駄を省き着実な改善を行いながらも、「八ッ橋を作り続け、会社を存続させる」という本来のゴールを見失わないよう、短期と長期のバランスを保つよう努めています。

また、未来に向けた取り組みとしてフードロス問題にも注力しています。製造過程でどうしても出てしまう、味は同じでも形が悪い端の部分などを活用し、アイスキャンディーに練り込んだり、デニッシュパンにしたりといった工夫を重ねてきました。単に「端材です」とそのまま販売してしまうと、硬くなったり味が落ちたりしてしまい、お客様に「八ッ橋ってそんなに美味しくないな」と思わせてしまう恐れがあるからです。だからこそ、何か付加価値をつけて、さらに美味しく召し上がっていただけるように取り組んでいるのです。

小学校2年生になる娘が「将来、八ッ橋屋さんになりたい」と言ってくれているのですが、娘たちの世代に、会社だけでなく暮らしていく社会や地球環境もしっかりと残していく責任があると感じています。

300年という歴史は、継ぐにあたって決して足かせにはなりませんでした。むしろ、「nikiniki」のような新しいプロジェクトを見守ってくれた社内外の温かさなど、歴史があるからこその強みだと実感するばかりです。歴史は私たちの最大の武器と言っても過言ではありません。これからもその強みを活かしながら、時代に合わせた進化を続けていく所存です。

編集後記

幼少期からの「八ッ橋愛」を原動力に、老舗の暖簾を守りながらも大胆な改革を進める鈴鹿氏。他社での経験で培った組織の土台に対する深い理解と、20年かけて人事制度を変革する実直さが、同社の安定した経営基盤を支えている。「お土産用のお菓子など存在しない」という本質的な問いから生まれた「nikiniki」の成功は、伝統という強力な武器を現代の文脈で再構築した見事な手腕の証だろう。「まあまあなものは出さない」という妥協なき姿勢の先に、娘世代へと受け継がれる100年後の新たな同社の姿が見えるような気がした。

鈴鹿可奈子/京都市生まれ。京都大学経済学部経済学科在学中、カリフォルニア大学サンディエゴ校エクステンションにてPre-MBA取得。卒業後、信用調査会社勤務を経て、2006年、株式会社聖護院八ッ橋総本店に入社。長い歴史と伝統の味を守り受け継ぎながらも、新しい商品づくりに日々努めている。2011年に新ブランド「nikiniki(ニキニキ)」を立ち上げた。現在、代表取締役社長。京都府教育委員会委員。