※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

福岡県を拠点に、各種機械装置の金属部品加工や装置の開発・組み立てを手がける株式会社SANMATSU。「小ロット製造代行サービス」を掲げ、顧客のアイデアを企画段階から形にする提案型のものづくりで厚い信頼を集めている。代表取締役社長の田名部徹朗氏は、重工業メーカーや外資系金融機関を経て家業に入り、生産管理システムの刷新や独自の教育機関「三松大学」の設立など、次々と社内改革を断行してきた。既存の枠にとらわれず、生成AIの活用から宇宙産業への進出まで壮大なビジョンを描く同氏に、経営の舞台裏と未来への展望を聞いた。

異業種で培った経営者視点と基盤を活かす決断

ーーまずは、家業に入るまでのご経歴を教えていただけますか。

田名部徹朗:
もともと海外で働きたいという強い思いがあり、新卒では三菱重工に入社しました。三菱重工では念願だった海外業務も経験したのですが、そこで痛感したのが為替リスクの恐ろしさです。プラントのような大規模事業でも採算が為替変動に大きく左右される現実を目の当たりにしたのです。この経験から金融への関心が強く芽生え、1989年に米国シティバンクへ転職しました。そこではプライベートバンキング部門で資産運用や保全などを担当しており、さまざまなビジネスモデルや優れた経営者の思考に直接触れることができました。この経験によって「経営者視点」や企業分析力が自然と培われましたね。

その後1996年にSANMATSUへ入社することになるのですが、実は当初、家業を継ぐ意思は全くありませんでした。しかし、年齢を重ねても現役で活躍される多くの経営者と将来設計について深く対話するうちに、定年に縛られず自ら決断できる生き方に魅力を抱くようになったわけです。自身で事業を手掛けることを考えた際、「ゼロからの起業よりも、確固たる基盤がある実家の環境を活かしてみてはどうか」という助言もいただいたことも、家業へ入る後押しとなりました。

ーー入社後は、まず何から取り組まれたのですか。

田名部徹朗:
入社当時は明確な役割がありませんでした。そこで自らすべき役割を見出し、主に新工場の建設と生産管理システムの刷新を主導しました。当時のシステムは十分に活用されておらず、多品種少量生産の管理に欠かせない「単品ごとの生産計画・進捗管理、原価や利益」を把握できていなかったのです。工場建設では事業拡大を見据え「何をどうつくるか」を徹底重視し、ハード・ソフト両面から成長を支える新システムを構築しました。

「断らない姿勢」が磨く提案型ものづくりの強み

ーー改めて、現在の主力事業について教えてください。

田名部徹朗:
現在は、各種機械装置の金属部品加工や、装置の開発・組み立てを主力としています。その中で私たちが掲げているのが「小ロット製造代行サービス」というコンセプトです。これは、お客様が弊社をまるで「自社工場」の代わりのように使えるサービスで、一つからでも製造をお手伝いし、お客様のニーズに柔軟に対応しています。

ーー他社と差別化を図るための最大の強みは何だとお考えですか。

田名部徹朗:
ただ単に、図面通りにものをつくるだけではないという点です。「これをつくりたいが、どうすればよいか」という企画の段階から相談に乗り、お客様のアイデアを実際に形にしていく「提案型のものづくり」こそが私たちの最大の強みです。

そして、私たちは基本的にいただいた依頼は断りません。一見すると困難な課題を含んだオーダーであっても、それは私たちにとって新しい技術を学ぶ最高の「研究開発の場」になるからです。この姿勢を貫くことで培ってきた確かな技術力が、結果としてお客様からの信頼と安心感に直結しているのだと自負しています。

「三松大学」が育む物語のあるものづくりと求める人材

ーー社内の人材育成には、どのように取り組まれていますか。

田名部徹朗:
働く社員一人ひとりが、自分の仕事に「物語(やりがい)」を持てるものづくりを実現したいという思いから、独自の教育体系として社内に「三松大学」というものを設立しました。具体的な取り組みとしては、階層別や希望に応じた内外部の研修を体系化して、動画教材をオンデマンドで学べる環境を整えており、学んだ内容は到達度テストで確認し、人事評価とも連動させてモチベーションを高めています。

さらに、九州大学の教員を外部講師として招いたり、安川電機様とプロトタイプ機械の性能試験を共同で行ったりと、産学・企業間連携にも力を入れています。大学から実験設備の製作を受託するなど、最先端の研究に直接触れる機会も豊富です。こうした外部の高度な知見を社内に取り入れる仕組みがあるからこそ、お客様に「三松に任せれば安心だ」と思っていただける技術力が担保できているのです。

ーー技術を高め合う環境の中で、どのような人材に仲間になってほしいと思われますか。

田名部徹朗:
好奇心旺盛で、新しいことに自ら手を挙げて取り組む積極性のある方ですね。何にでも首を突っ込んでいくような、前のめりな姿勢を大いに歓迎します。弊社には、多様な技術や経験を持つ方が存分に活躍できる環境が整っていますので、ぜひその環境を活かして挑戦してほしいと思います。

生成AIの活用と宇宙産業へ向けた壮大なビジョン

ーー今後、貴社が向かう先や注力していくテーマについてお聞かせください。

田名部徹朗:
既存の枠にとらわれない「ものづくりの更なる進化と領域拡大」を目指していきます。具体的には、現在の金属加工事業にとどまらず、お客様の工場全体の自動化やロボット化に向けた周辺装置の開発を牽引するビジネスを育てていく方針です。

また、工場の自動化ビジネスにおいては、万が一のトラブル時にすぐ駆けつけられる「物理的な距離の近さ」が安心感に直結します。そんな製造業ならではの「距離の壁」を越え、“遠くのお客様を、すぐに対応できる近くのお客様にする”ため、将来的にはご依頼の多い首都圏や関西への拠点展開も見据えています。

ーー領域拡大を進める上で、業務の効率化にはどのように取り組んでいますか。

田名部徹朗:
社内で「生成AIの大活用」を掲げています。セキュリティがしっかりと担保されたクローズドAIを導入し、これまで膨大な時間を要していた見積もりなどの業務を大幅に効率化する予定です。これにより、社員がより創造的な提案活動や、お客様との本質的な対話に注力できる環境をつくり出していきます。

ーー最後に、社長ご自身がこれからの事業の先に見据えている夢はありますか。

田名部徹朗:
私は「ガンダム世代」ということもあり、夢の延長線上にある宇宙産業への挑戦に胸を躍らせています。宇宙という過酷な環境での居住空間や建築に、現在の技術をグレードアップさせて挑むという壮大なビジョンです。

当社は私を含め、根っからの「新しいもの好き」が集まる組織です。だからこそ、これまで提供してきた「製造代行サービス」の枠組みにとらわれず、そこで培ってきた確かな技術と柔軟な発想力を、宇宙という未知のフィールドでも大いに活かしていけるはずだと確信しています。自分が手掛けたものが目に見える形で残り、社会の役に立つ、それこそがものづくりの醍醐味です。最終的には、こうした挑戦的なものづくりを通じて、多くの人に喜びと感動を届けたいですね。日本のものづくりの明るくワクワクする未来を強く信じています。

編集後記

SANMATSUのものづくりに対する深い情熱と飽くなき好奇心を肌で感じた。特に胸が躍ったのは、「ガンダム世代」としての夢の延長線上にある宇宙産業への挑戦だ。宇宙という過酷な環境での居住空間や建築に、現在の技術をグレードアップさせて挑むというビジョンは、日本のものづくりの明るくワクワクする未来を強く感じさせる、非常に熱量の高い展望であった。働く社員一人ひとりが「物語」を持てる環境をつくり出し、自らも壮大な夢を語る姿には、日本の製造業が持つ無限の可能性が詰まっている。現状に甘んじず、さらなる高みへと進化を続ける同社の歩みがどのように結実していくのか、期待も大きく膨らむ。

田名部徹朗/1964年、福岡県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。1987年、三菱重工業株式会社入社。1989年、米国シティバンク勤務を経て、1996年、家業の株式会社三松(現株式会社SANMATSU)入社。2010年、代表取締役就任。同社は半導体装置から農業機械まで多品種少量の部品加工・組立にロボット自動化装置などの開発も行う「小ロット製造代行サービス会社」。2018年9月、九州大学と提携し、リハビリロボットの開発を行う株式会社メグウェルを設立。代表取締役に就任。