※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

現在、地球温暖化に伴う酷暑や干ばつにより、農作物の深刻な被害が世界中で相次いでいる。この課題に対し、植物が本来持つ環境ストレス対抗メカニズムを解明して挑むのがアクプランタ株式会社だ。同社の代表取締役である金鍾明氏は、理化学研究所などで先端研究を行い、植物が乾燥を感じると体内で酢酸をつくり出して耐える仕組みを解明。この発見をもとに、外から希釈した酢酸を与えるだけで高温や乾燥下でも植物が枯れずに生き残る製品「Skeepon」を開発した。研究者だった金氏が起業を決意した経緯から、製品の強み、そしてアフリカでの海外展開の展望まで、話をうかがった。

分子生物学からスタートした研究開発 植物が生き残るための「お酢」の発見

ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせいただけますか。

金鍾明:
私は幼少期から生物学者を目指しており、長崎大学の水産学部で学んだのちに、奈良先端科学技術大学院大学で分子生物学の基礎を修めました。その後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の研究所に所属し、エピジェネティクスの研究に携わってから日本へ帰国しています。以降は理化学研究所に入所し、植物をテーマに15年間にわたり研究員を務めてきました。

ーー植物の研究を進める中で、どのような発見がありましたか。

金鍾明:
植物は乾燥を感じると体内で酢酸をつくり出して耐えている、ということです。移動できない植物は過酷な環境ストレスに対抗するメカニズムを備えています。その解析を進める中でこのシステムを突き止めたのです。この研究成果は、のちに『Nature Plants』などの学術誌にも掲載されています。

その後、当時共同研究を行っていた妻との議論から、「外から希釈したお酢を与えてみたらどうだろう」という着想が生まれました。そこで実際に試してみたところ、極度の乾燥下でも植物が枯れずに生き残るという明確な効果を実証できたのです。

ーーそこから研究者として道を極めるのではなく、起業を決意された動機は何でしたか。

金鍾明:
自らの手でスピード感を持って社会実装するためです。当初は大学の教員や研究者として研究を深めていくキャリアを考えていましたが、息子のサッカー仲間のお父さんであるパパ友との出会いが転機となりました。

彼は起業家であり外部企業でヘッドハンターも務めていたのですが、たまたまご自宅へ遊びに行った際、私の研究成果について話したところ、「それはすごい。なぜ起業しないのですか」と言われたのです。そこで初めて、私の中に起業の選択肢が生まれました。折しも地球温暖化の深刻化によって現場で使える技術が求められていた背景もあり、大きく心が動きました。何十年後かではなく今まさに使える技術であるならば、最も理解している私自身が会社を立ち上げ、一刻も早く社会に届けるべきだと決意し、2018年の創業に至りました。

費用対効果と安全性を両立 全国の農家へ広がる製品の力

ーー起業後は、具体的にどのような製品を開発されたのでしょうか。

金鍾明:
植物に与えることで、乾燥や高温に対する強い耐性を付与する「Skeepon」という製品です。この製品の大きな強みとして、高い費用対効果と作業の省力化があり、水で500倍に薄めて苗の時期などに1回散布するだけで約3ヶ月間も効果が持続します。特別な機材は一切不要で、普段お使いのジョウロなどでそのまま散布できます。また、科学的な作用メカニズムが明確に解明されており、人体や動物、環境に悪影響を及ぼさないという高い安全性も特長です。

ーー高い実用性と安全性を持つ製品ですが、国内での導入実績はいかがでしょうか。

金鍾明:
現在、世界中で深刻な問題となっている地球温暖化の影響で、乾燥や熱波による農業への被害が拡大しています。そうした背景もあり、昨年からJA全農(全国農業協同組合連合会)で扱っていただけるようになり、全国の農家さんで導入が進むようになりました。

昨年、群馬県では、ある農家の方から「試しに使ってみたところ、周囲の農地が酷暑で全滅している中でうちの畑だけが生き残りました」という嬉しいお声をいただきました。その成果が口コミで周辺の方々にも広がって徐々に認知されてきており、確かな手応えを感じています。

ウガンダから広がる海外展開 食料問題の解決と生活水準の向上へ

ーーこれからの事業展開において、どのようなビジョンを描かれていますか。

金鍾明:
今後はアフリカなど海外への展開に注力していきます。日本では主に販売用の農作物を育てていますが、アフリカの方々は自ら生活を成り立たせるために作物を栽培することが主です。例えばウガンダではコーヒー栽培が盛んであり、現地で実験したところ弊社の技術が非常に高い効果を発揮しました。キャッサバやジャガイモ、米、トウモロコシといった主食にも効果は絶大です。干ばつから作物を守ることで、彼らは日々の食料を確保できるだけでなく、余剰分から新たな収入を得られるようになります。その結果、子どもを学校に通わせる余裕が生まれるのです。

実際、最初にお会いした時は古びた服を着ていた農家の方が、再会した際には立派な真新しい作業着を着ておられました。生活水準の向上という目に見える成果があり、事業の意義を強く実感する瞬間です。

ーー現地への導入や普及に向けて、どのような枠組みで取り組んでいますか。

金鍾明:
現地の方々が無理なく導入できるよう、ウガンダでは政府と連携した仕組みを構築しています。具体的には、ウガンダ政府や国立農業研究機構(NARO)、現地の農業協同組合などとタッグを組み、弊社から安価で提供した製品を国が買い上げ、政府の補助金を適用する体制を整えました。これにより、零細農家の方々でも費用負担を抑えて購入することが可能になります。

私たちの目標は単なる利益追求ではなく、現地の人々が自走できる環境を構築し、社会課題を根底から解決することに尽きます。新しい発見を社会実装し、世の中で困っている人をどれだけ救えるか。その一点に集中し、これからも世界中へ技術を届けていきます。

編集後記

先端科学の真理を追究した末に導き出された「希釈したお酢」というシンプルな解。金氏との対話で何よりも胸を打たれたのは、自身の見出した技術をいち早く社会実装し、地球規模の危機から人々を救おうとする純粋な熱量だ。気候変動による農業への打撃は、世界共通の切実な痛みである。日本の農地を守り、アフリカの農家の生活水準をも向上させるアクプランタの挑戦は、未来への大きな希望となるだろう。研究室から世界へ羽ばたく同社の軌跡を、これからも追い続けたい。

金鍾明/1968年、大阪府生まれ。奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科卒業(バイオサイエンス博士)。米国UCLA分子生物学研究所にて博士研究員を経て、理化学研究所植物科学系研究センターにて研究員として15年勤務。2018年、アクプランタ株式会社を設立して代表取締役に就任。東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授を兼任。