※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

50代からの女性向け雑誌として、国内トップクラスの定期購読者数約46万人を誇る『ハルメク』。出版不況が叫ばれる中、同誌を発行する株式会社ハルメクは、かつて非常に厳しい経営状態にあった。その状況からビジネス基盤を再構築したのが、代表取締役社長の宮澤孝夫氏である。理系出身で外部での経営を経て、ゼロから会社をつくり直した同氏。現在は50代向けのサービス強化やデジタル領域への移行に挑む。宮澤氏にこれまでの軌跡や顧客理解の手法、展望について聞いた。

厳しい経営環境からの再出発と会社をつくり直す3つの戦略

ーーまずは、貴社に入社されるまでの経歴についてお聞かせいただけますか。

宮澤孝夫:
私はもともと理系出身で、卒業後はシンクタンクで10年間ほどリサーチやコンサルティングに関わっていました。その間には留学し、経営学修士を取得しています。その後帰国してからは、より本格的な戦略策定に携わるために外部のコンサルティングファームへ移り、そこで4年ほど経験を積みました。

しかし、その中で分析や提案だけでなく「実際に組織を持って実行し、動かしてみたい」という思いが次第に強くなっていったのです。そこで実業を経験すべく、コールセンターのアウトソーシング事業を行う企業へ入社。同社には12年在籍し、最終的には社長を務めています。その後、次のキャリアを探していたところ、ご縁のあった投資ファンドから弊社の経営立て直しを任され、社長として入社いたしました。

ーー就任当時、貴社の経営は非常に厳しい状況だったとうかがっています。具体的にはどのような課題を抱えていたのでしょうか。

宮澤孝夫:
民事再生によってビジネスの動きが滞っており、取引先との関係も再構築が必要な状態であるなど、非常に厳しい経営状況でした。物流やシステムなども制限されて、通常の業務を行うことすら困難な環境だったのです。そこでまずは、私が取引先に足を運んで現状を説明して回ることからスタートしていきました。

ーー会社の立て直しのために、取り組んだ施策をお聞かせください。

宮澤孝夫:
会社の仕組みを抜本的に見直しました。創業者の才覚で成長してきた企業でしたが、組織として運営する仕組みに限界を迎えていたのです。そこで大きく分けて3つの改革を実行しました。

1つ目は、ビジネスモデルの再構築です。雑誌、物販、コミュニティ(講座・イベント)という事業のパーツは存在していましたが、それぞれの役割を明確に定義し直しました。雑誌は新規顧客の獲得とファンづくりに徹して利益を追わず、代わりに物販事業でしっかりと利益を出す構造に変えました。コミュニティはお客様との関係強化を目的とするなど、各事業のKPIを再設計したのです。

2つ目は、提供する価値と品質の向上です。たとえば雑誌では、毎月1,000人規模の満足度調査を開始し、すべての記事を評価して次の企画に活かす仕組みを導入しました。また、物販においても品質に関する明確な基準を設けました。

3つ目は、優れた外部ノウハウの導入と自律型組織への変革です。アパレルや物流など各分野の最適な手法を外部から積極的に取り入れました。同時に、トップダウンの指示待ち組織からの脱却を図り、組織や個人が自律的に動ける会社へと変わることに注力したのです。

ーー事業再建に向けて歩みを進める中で、特に苦労されたのはどのような点でしょうか。

宮澤孝夫:
取引先からの信用回復には苦労しましたね。民事再生手続きによって多大なご迷惑をおかけしたため、当初は厳しいお叱りの言葉を数多くいただきました。それでも各社へ何度も足を運び、頭を下げて回ったのです。とても大変な時期でしたが、相手の悔しい気持ちが痛いほど分かる貴重な経験となりました。こうした泥臭い歩みを経て、少しずつ関係を修復していきました。

信頼を第一に進化を続け女性のよりよい生き方を応援

ーー経営において、最も大事にされていることは何ですか。

宮澤孝夫:
「進化を止めないこと」です。経営環境やお客様のニーズ、競合、テクノロジーは絶えず変化していますから、立ち止まっていれば必ず衰退します。今は小さな改善でいい時期なのか、それとも「生物が海から陸に上がる」ような大きな進化が必要な時期なのか。その潮目の変化を見逃さないことを意識しています。また、弊社の最大の競争力はお客様からの「信頼」です。常に信頼を最優先に判断を下すこと、そして思い込みを捨てて「お客様を本当に深く理解すること」を何より大切にしています。

ーー事業を展開する上で、根底にある理念は何でしょうか。

宮澤孝夫:
弊社は「50代からの女性がよりよく生きることを応援する」という理念を掲げており、それが弊社の「事業そのもの」を表しています。新しいことを始めるときも、既存のサービスを見直すときも、この「よりよく生きることを応援できているか」を絶えず問いながら事業を進めるようにしています。

具体的には「情報」「物販」「コミュニティ」の3つを提供してきました。「情報」に関しては、不安や不便の解消だけでなく、同年代の考えに触れて前向きになれる内容を発信しています。「物販」は、50代からの女性特有の体型の変化やニーズに合った商品を開発していく領域です。そして「コミュニティ」では、講座や旅行などの体験の場を提供し、お客様同士が交流できる機会をつくっています。

130万人のファンを創る顧客理解と商品開発

ーーシニア市場における、貴社の強みや独自性はどこにあるとお考えですか。

宮澤孝夫:
最大の強みは、応援してくださる「ファン」であるお客様が非常に多いということです。年間で1度以上購買されたお客様だけでも約130万人いらっしゃいます。そしてもう一つは、「お客様をきちんと理解する」姿勢です。かつて、お客様を理解したつもりになり、想像で雑誌や商品をつくって支持を得られなかった反省がありました。だからこそ、思い込みを排除して徹底的にお客様の声を聴き、理解することを事業の基盤に置いています。また、紙の雑誌やカタログ、その他実店舗から新聞広告、TV、WEBまで、多様な顧客接点を持っていることも強みだと考えています。

ーー商品開発においてのこだわりをお聞かせください。

宮澤孝夫:
「徹底的にお客様を理解してつくること」です。アンケートやグループインタビューはもちろん、おせち料理の場合は、実際にお客様を集めて試食・評価していただき、その声を商品に活かしています。

さらに、単に良いモノを提供するだけでなく、それを使った「ライフスタイルを提案する」ことを重視しています。たとえば洋服なら「体型をカバーする機能性だけでなく、どんな場面でどうコーディネートして着るか」という提案まで含めてお届けしています。品質管理にも力を入れており、海外の生産工場まで直接足を運んでの確認も怠りません。これらの取り組みの結果、返品やご意見の割合は極めて低い水準を維持できています。

プレシニア層へのアプローチと「体験価値」の創造

ーー次なる成長に向けて、現在注力されている新しい取り組みを教えてください。

宮澤孝夫:
今は「海から陸に上がる」ような、大きな進化が求められる時期だと捉え、社内では「構造改革」と呼ぶ大きな変革を進めています。その最大のテーマが、プレシニアと呼んでいる50代向けサービスの強化で、中核となるのがインターネット上で情報を提供する『HALMEK up(ハルメクアップ)』というサービスです。

これまでに何度か挑戦と検証を重ね、今回は新たな形での取り組みとなります。以前は動画視聴などを定額制サービスとして提供していましたが、インターネット上の情報に対する課金ハードルは高いと判断し、無料での提供へと大きく転換しました。これが最近の大きな変革です。

ーー物販やイベント事業における構造改革の方向性についてお聞かせください。

宮澤孝夫:
物販においては、「総合通販型から専門物販型へ」と大きく方針を転換しています。これまでは多様な商品を良質な品質と手頃な価格で提供することで支持をいただいてきました。しかし、物が溢れる現代において、無難な商品では選んでいただけません。どのような世界観や意図を持った化粧品や下着なのか、明確な個性を持たせることが求められています。

同時に、物販もイベントも高付加価値な品揃えを強化しています。たとえば、海外の著名な歌劇場の日本公演チケットを販売したところ、12万6千円ものチケットがすぐに完売に至りました。本当に価値があると判断した「特別な体験」には出費を惜しまない方が多くいらっしゃいます。体験価値の重要性が上がっているため、今後はイベント事業の規模もさらに拡大していく予定です。

デジタル領域への移行と購読者拡大に向けた中長期ビジョン

ーー5年、10年先を見据えた中長期的ビジョンをお聞かせください。

宮澤孝夫:
将来的にはデジタル領域への移行を見据えた事業展開を描いています。その鍵となるのが、新たにターゲットとして重視している「50代のプレシニア層」です。現在の中心顧客である60代後半から70代の方々は、デジタルのみのサービスにすると離れてしまう可能性があります。そのため、今は紙とインターネットの両方を組み合わせ続ける必要があります。

しかし、10年後には社会全体がデジタル中心に移行しているはずです。そこで、そのときになってから動くのでは遅いという考えのもと、今からインターネットを活用し、働き盛りで忙しい50代の方々を対象としたビジネスモデルを構築しています。50代の方はおしゃれへの挑戦意欲も高く、上の世代とは関心ごとも異なります。そのため、50代のライフスタイルに合わせた専用のコンテンツづくりに注力していく方針です。

ーー『ハルメク』の購読者を、さらに増やすための戦略についてうかがえますか。

宮澤孝夫:
私たちは論理的に「まだ購読者を増やせる」と考えています。ターゲットとなる対象年齢の女性の中で、ハルメクの認知度はまだ約半分にとどまっているからです。満足度調査の結果は高く、コンテンツや商品力には自信を持っています。つまり、まだ情報を届けられていない残り半分の女性に知っていただければ、必ず購読者は増えると見込んでいます。

しかし現状は、新聞の購読者減少などで情報を届ける手段が減っているという課題があります。そのため、インターネット広告での認知拡大を進めており、さらには大手書店にバックナンバーを置かせていただくなど、実店舗での接点も増やしています。その他、ハルメクの商品が買える店舗の出店も進めていきます。あらゆる手段で顧客接点を広げているところです。

ーーそうした数々の挑戦を支える、社内の組織づくりについてお聞かせください。

宮澤孝夫:
会社の方向性を定めるのは社長の役割ですが、その後は組織が自律的に正しい方向へ行動し、進化し続ける状態が理想です。その実現において中核を担うのがマネジメント層であるため、彼らの能力やスキル強化に注力しています。

具体的には、研修の充実に加えて柔軟に挑戦できるキャリアパスの機会を拡大しました。もともと弊社は年功序列や性別、過去の経歴を区別しない非常に公平な環境です。ただ、以前は「特定の役職に一定期間いなければ昇格できない」というルールが存在しました。現在はこの制限の期間を短縮するとともに、新しい役割へ次々と挑戦できる柔軟なキャリアパスを整備しています。配置や昇格をフレキシブルにすることでマネージャー層が育ち、ひいては組織全体が進化していくと考えているのです。

ーー最後に、読者へ向けたメッセージをお願いします。

宮澤孝夫:
現在、日本の女性の半数は50歳以上となっており、そうした方々が前向きに生きるお手伝いをする弊社の事業は、社会的な意義が深いものだと考えています。年齢を重ねれば、不安な感情も当然出てくるはずです。しかし、それを乗り越えて積極的によりよく生きていただくためのサポートを、私たちはこれからも続けていきたいと思っています。

今後も情報、モノ(物販)、コト(体験)を通して豊かな時間を提供していき、「ハルメクは自分たちの役に立つ」といっていただけるよう、常に挑戦と進化を続けてまいります。これからの展開に、ぜひご期待ください。

編集後記

厳しい経営状況から、強固なビジネス基盤を再構築したハルメクホールディングス。『ハルメク』を国内トップクラスのメディアへと押し上げた宮澤社長の言葉には、徹底した顧客目線と、現状に甘んじない強い危機感が宿っていた。「お客様をわかったつもりにならない」「進化を止めない」。これらはビジネスの基本であると同時に、実行し続けることが最も困難な命題でもある。しかし、同社が幾多の試練を乗り越え、今なお多くの読者から熱狂的な支持を集めている理由は、まさにその基本を愚直なまでに追求し続けているからに他ならない。プレシニア層という新たなターゲットの開拓や、デジタルと体験価値の融合。ハルメクが描く未来の設計図は、シニア層だけでなく、これからその世代を迎えるすべての人に寄り添い、確かな希望を見せてくれるはずだ。

宮澤孝夫/1956年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、1982年に株式会社野村総合研究所へ入社。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院でMBAを取得し、ボストン コンサルティング グループを経て、1996年に株式会社テレマーケティングジャパン(現株式会社TMJ)へ入社。2003年に代表取締役兼CEO、2009年に株式会社ハルメク(旧いきいき株式会社)代表取締役社長に就任。2018年に株式会社ハルメクホールディングスを新設し、代表取締役社長に就任。現在に至る。