※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

過去に一度経営破綻し、赤字が続いていた徳島のプロ野球独立リーグ球団。その再建を託され、2016年に代表取締役へ就任したのが南啓介氏である。南氏自身もかつては単身オーストラリアへ渡り、現地のチームでプレーした元野球選手だ。徳島県人口約67万人、野球人口(小中高大)約2,000人と決して環境に恵まれているとはいえない徳島県において、南氏が率いる同球団は13年連続でドラフト指名選手を輩出し続けている。数ある球団の中で結果を出し続ける背景には、南氏が選手として自らの力で道を切り拓いた海外での強烈な原体験と、選手に対する独自の教育方針があった。選手に自立を促すマネジメント手法や地域を巻き込む球団経営、そして世界とつながる球団へと発展していく今後の展望について、南氏に話を聞いた。

月給300ドル野球ができる環境を整えて学んだ「自立」

ーーまずは、これまでのご経歴を教えていただけますか。

南啓介:
弊社に入る以前は、MBAを取得するためにオーストラリアへ留学しました。アメリカ等に比べて費用が安く、スポーツ枠でのビザが取得しやすかったことが理由です。現地では野球チームの入団テストに合格してプレーしていましたが、当時の月給はわずか300ドル程度でした。

ーー現地ではどのような生活を送っていたのですか。

南啓介:
当然それだけでは生活が成り立たないため、自ら仕事を探して生活費や学費を稼ぐ必要がありました。そこで、自らお好み焼きを焼いて販売する商売を始めたり、ツアーガイドのアルバイトをしたりしました。週に4日は野球をして、残りの期間は仕事という生活を通じて、野球をして勉強もする環境を地道に整えていったのです。

ーー厳しい生活の中で、どのように野球を続ける環境を切り拓いたのですか。

南啓介:
現地の子どもたちに野球を教える機会があり、そこで教えていたお子さんのご家族である、日本法人の現地企業の社長様から、スポンサー支援をいただく機会に恵まれました。学生時代は学校が環境を与えてくれていた側面がありましたが、このオーストラリアでの経験を経て、「環境は誰かに与えられるものではなく、自分でつくるもの」という強いマインドを培うことができました。

お客様姿勢を徹底排除 地域を巻き込む「愚直な実践教育」

ーー2016年に現在の球団代表に就任された経緯をお聞かせください。

南啓介:
前職ではアスリート個人のマーケティングやマネジメントに携わっており、チームビジネスや地域スポーツの可能性に強く惹かれるようになっていました。そんな折、赤字続きだった現在の球団からお声がけをいただいたのです。

当時は出資者も疲弊しきっており、チームを残すか解散するかという瀬戸際の状況でした。地元の方々だけでの立て直しが困難な中、私に白羽の矢が立ったのです。チームの存続を大前提としつつも、最悪の場合は解散というメスを入れる覚悟を持って代表取締役に就任しました。

ーーどのようにして13年連続でのドラフト指名選手輩出という実績につなげたのですか。

南啓介:
最大の要因は、選手たちの「お金をもらう(お客様)姿勢」を徹底的に排除したことです。就任当初は、「生活が大変なので給料を上げてほしい」交渉してくる選手もいましたが、大好きでやっている野球であり何が何でもNPBに行きたいと思っているという大前提がありましたので、辞めるという選択や球団を変えるという選択肢もあるという話もし、球団の在り方と価値を話ました。日本のスポーツ界は学校や周囲が環境を整えてくれることが多いですが、プロを目指す以上、その勘違いをなくす必要があったのです。アスリートたるもの、自らの価値をプレゼンして共感を生み、環境を自らつくり出す「自己PR力」を持つべきだと厳しく指導しています。

ーー自己PR力を高めるために、具体的にどのような指導を行っているのですか。

南啓介:
シーズンが開幕する前に、選手たちを3人1組にしてリストを渡し、地域企業へ営業に行ってもらっています。「最低でもポスターを貼ってもらう」「無理なら挨拶をして握手をしてくる」といった具体的なミッションを与え、自分たちの足で回らせるのです。現場に行けば、応援してくださる方もいれば、厳しい言葉をいただくこともあります。そうした多様な経験を通じて、地域社会における自分たちの立ち位置を知り、自らの価値を相手に伝える力を養う実践教育として徹底しています。

質の向上とセカンドキャリア支援で高める「球団の価値」

ーー選手が自ら営業を行う中で、スポンサー戦略に変化はありましたか。

南啓介:
現在は球団や輩出する選手の価値を高め、既存のスポンサー単価を上げる戦略へとシフトしています。以前はスポンサーの数を増やす方針でしたが、お互いに疲弊してしまうという課題がありました。そのため、現在は質の向上や奥行きを出すことを重視しています。私たちが提示する価値を理解し、その上で出資したいと思ってくださる企業様と、強固な関係値を築いています。

ーー選手の価値を高める取り組みは引退後のキャリアにも影響を与えているのでしょうか。

南啓介:
大きく影響していると感じています。当球団はプロ野球選手の育成だけでなく、引退後のセカンドキャリア支援にも注力しています。厳しい環境の中で対人関係や人間性を学んだ元選手たちは、企業へ入社した後も社内でトップクラスの営業成績を収めるなど、多方面へ活躍の場を広げています。彼らがビジネスの最前線で結果を出すことで、企業様との間に「また一緒にビジネスをしよう」という新たな関係性が築かれています。

世界とつながる球団への発展を見据え本物のエンタメを届ける

ーー最後に、球団としての今後のビジョンをお聞かせください。

南啓介:
ビジョンとしては、国内での実力の向上に伴い、海外も目指せるような、世界とつながる球団へと発展をしていくことです。たとえば、ここで育った選手が海外で活躍し、将来その選手が所属する海外のチームとインディゴソックスの試合を徳島で開催できたら素晴らしいですよね。

選手のレベルアップとともに、世界へ進む選手の輩出自体も決して不可能ではないと信じています。徳島県では長らくプロ野球の公式戦が開催されておらず、本物のエンターテインメントに直接触れる機会が限られているのが現状です。だからこそ、地域の方々に世界レベルの熱狂を肌で感じていただけるような、特別な価値と体験を自分たちの手で提供していきたいと考えています。

編集後記

「環境は自分でつくるもの」。異国の地で自らの力で道を切り拓いてきた南代表の言葉には、確かな説得力がある。プロを目指す20代の若者たちに野球の技術を教えるだけでなく、自らの足で営業に回り、価値を伝える「自立」を徹底して叩き込む。その愚直な実践教育こそが、厳しい地方都市の環境下で13年連続のドラフト指名という結果を生み出し続ける源泉だ。世界を見据える同球団が、今後どのような熱狂を巻き起こすのか、その飛躍に期待も膨らむ。

南啓介/1982年、京都府宇治市生まれ。2001年、関西創価高校卒業。2005年、近畿大学商経学部卒業。2005年に海外留学。2007年、ブルータグ株式会社設立メンバーとして入社。スポーツマーケティング事業に従事。2010年、同社取締役就任。2012年、株式会社Wood Stock社外取締役就任。2016年、株式会社パブリック・ベースボールクラブ徳島(徳島インディゴソックス球団)代表取締役就任。