※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

大阪市福島区の中央卸売市場で、95年の歴史を持つ水産仲卸の株式会社三恒。もともとは干物や塩鮭を中心としていたが、時代の変化とともに取扱品目を拡大し、現在では鮮魚から冷凍品まで水産物全般を網羅している。同社を率いる三代目の三上正剛氏は、広告代理店での経験を経て28歳で代表取締役に就任。市場の仲卸という枠にとどまらず、製造や小売、EC事業、さらには食育イベントの開催など、次々と新しい挑戦を続けている。伝統ある家業を継ぎ、「食水産の総合会社」へと進化させる三上氏に、独自の経営戦略と業界の未来への思いを聞いた。

異業種で培った「売る仕組み」と家業への早期合流

ーーまずは、家業に入られるまでのご経歴を教えていただけますか。

三上正剛:
私は小学生の頃から社長になりたいという夢があり、いずれは家業を継ぐ意思がありました。そこで父と相談して、まずは総合的なビジネススキルを身につけようと考え、大学卒業後は多様な経験ができる広告代理店へ就職しました。入社後は大阪のオフィスに配属され、大手メーカーの販売促進などを担当しています。

具体的には企画から営業、請求書の発行、さらには自ら現場へ足を運ぶ市場調査まで、利益を出すために自分でできることは何でもやり、キャンペーンの景品を提案するために自らメーカーに電話をして仕入先を開拓したこともありました。この「いかに商品が売れる仕組みをつくるか」を考え抜いた経験は、商売の基本として現在の経営に大いに活きています。

ーーその後、実際に貴社に入られた経緯はどのようなものでしたか。

三上正剛:
当時の代表であった父が、体調を崩したことがきっかけです。広告代理店に入社して2年目の頃、父の体調が芳しくなく、先行きが非常に不安な状態であることがわかりました。そのため、もともと考えていた家業に戻るタイミングを前倒しすることを決断したのです。また、自身の結婚なども同様に早めて身辺を整えたうえで26歳のときに入社をしました。

待ちの姿勢を打破し自ら価格と価値を創造する仲卸へ

ーー代表に就任されてからの事業展開や貴社ならではの強みをお聞かせください。

三上正剛:
代表には28歳のときに就任しましたが、就任後の大きな事業展開として、市場においてあえて「フリー在庫」を持つことに注力し、それを弊社の強みとしてきました。私たちは中央卸売市場で水産物の仲卸を行っていますが、近年は取引先である小売店などの大型化が進み、単品だけでは勝負できなくなりました。そのため現在では水産物を全般的に扱っています。

今の市場は、事前に入った注文に対して商品を分ける作業が主流です。しかし弊社では、国内外から希少性のあるものや面白いものを集め、自社で在庫として抱えています。これにより、市場に足を運んでくれたお客様へ、他にはない商品をいつでも提供できる体制を整えています。

ーー市場での強みを活かして現在新たに取り組んでいる事業はありますか。

三上正剛:
卸売業の枠にとどまらず、自社製造によるオリジナル商品の開発に加えて小売事業にも注力しています。百貨店での専門店展開やECサイトでの販売などがその一例です。卸売業は価格決定権を相手に握られがちですが、小売の販売経路を持つことで、自分たちで価格を設定できます。また、EC事業で培った見せ方や販売促進のノウハウは、卸売の現場でお客様へ商品を提案する際にも大きく役立っています。

裁量の大きさと人間力の育成が若手の活躍を生む

ーー小売やECといった新たな挑戦を支える、貴社の社風についてお聞かせください。

三上正剛:
社員の人間的な魅力を高めることに注力する、活気ある社風が特徴です。これまで社員には、売上高を厳しく追求するよりも人間として正しいことを判断基準にし、誠実な商売を貫くよう伝えてきました。現在は若手を中心としたメンバーが活躍しており、彼らには数千万円単位の決裁権を委ねています。自分で買い付け、自分で販売していくという裁量の大きさは、仕事の責任とやりがいに直結していると考えているからです。

ーー市場という環境ならではの、働き方の魅力はどのような点にありますか。

三上正剛:
家族との時間をしっかり持てる環境が、大きな魅力ですね。朝が非常に早く、かつ深夜に起きて早朝から働く生活になるため、最初は抵抗を感じるかもしれません。しかし、早く仕事が終わる分、子どもが幼稚園や学校から帰ってくる時間には家にいることができます。私自身も子どもが3人いますが、まだ小さかった頃は毎日のように一緒に遊んだり、夕飯をともにすることができました。市場という環境だからこそ、実現できる働き方だと思っています。

命に感謝し文化を次世代へつなぐ 「食水産の総合会社」へ

ーー水産物という命を扱う業界として、今後伝えていきたい思いは何でしょうか。

三上正剛:
動植物への「いただきます」という感謝の心と、日本の食文化を次世代に残していくことです。私たちは動植物の命をいただいて商売をしているからこそ、この素晴らしい文化を伝えていく使命があります。その一環として、市場の有志とともに「ざこばの朝市」という食育イベントを年4回開催しており、15年ほど続けた現在では1万人規模の方が来場されるまでになりました。子どもたちに魚に触れ、美味しいものを食べてもらうことで、地域への恩返しと食育を続けていきたいと考えています。

ーー最後に、貴社の今後の展望をお聞かせください。

三上正剛:
誠実な商売の文化を、次の100年へとつないでいくことです。今期、創業120年になる老舗の鮮魚屋と、水産加工メーカーの2社から事業を譲り受けました。これにより鮮魚部門が大幅に強化され、量販店や機内食といった新たな販路も広がっており、2026年8月には大阪市此花区の西九条に海鮮丼と干物を提供する飲食店「鮮魚旬菜 いただき〼 / ITADAKI」をオープンしました。

2030年の創業100周年に向けて売上高50億円という目標は掲げていますが、数字そのものが目的ではありません。新しく加わった仲間とともにしっかりと理念を共有し、命への感謝を忘れず、食水産の総合会社として歩みを進めていきます。

編集後記

最も印象に残ったのは、伝統的な市場という現場にいながら、既存の枠組みを軽やかに越えていく三上氏の力強いエネルギーだ。あえて在庫を抱えて独自の価値を提案する姿勢や、若手への大胆な権限移譲からは、現状に満足せず常に前を向く革新的な意志を感じた。その挑戦の根底には、命への感謝と「人間としての正しさ」を重んじる揺るぎない誠実さが息づいている。新たな仲間を迎え、「食水産の総合会社」へと進化を遂げる株式会社三恒。誠実な商いの心を受け継ぎながら、次の100年に向けてどのような未来図を描くのか、そのさらなる飛躍が楽しみでならない。

三上正剛/1973年大阪市生まれ。株式会社三恒に入社後、水産仲卸の現場で経験を積み、2001年28歳の時に代表取締役に就任。大阪市中央卸売市場を拠点に、仲卸、EC、加工、小売、飲食事業を展開。「日本の食文化を未来へつなぐ」を使命に、魚食文化の普及や食育、業界の活性化にも注力している。