※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

固定価格買取制度の導入以降、日本の再生可能エネルギー市場は急成長を遂げてきた。いま電力システム改革や規制緩和が進む中で問われているのは、発電した電力をいかに収益へ結びつけ、その価値を最大化するかだ。その転換期に、AIを活用したソフトウェア技術を武器に存在感を高めているのがTensor Energy株式会社である。同社の代表取締役社長を務める堀菜々氏は、生物学専攻の研究者志望から営業職を経て、未経験で電力業界へ飛び込んだ。キャリアの転機、3つの事業の強み、そして2030年に売上高100億円を目指す組織づくりまで、その軌跡を追った。

研究者志望から一転 飛び込み1,000件で学んだビジネスの原点

ーーまずは、キャリアのスタートについてお聞かせいただけますか。

堀菜々:
ファーストキャリアは、何よりも早くビジネス経験を積むために入社したリクルートです。私自身、大学では生物学を専攻しており、もともとアメリカ留学を経て大学院へ進学した後に研究者になるつもりでした。しかし、その留学先で研究の現場を目の当たりにして考えが変わったのです。研究を続けるには、スポンサーをどう見つけるかという資金調達が必要不可欠です。そこでまずはビジネスを理解するために、圧倒的な場数を踏めそうなリクルートへの就職を決意しました。

ーーリクルートでは、どのような業務を経験されたのでしょうか。

堀菜々:
入社後は情報誌『ホットペッパー』の営業部門に配属され、街の飲食店に一軒一軒飛び込み営業を行っていました。延べ1,000件ほどは回ったと思います。見知らぬ相手とどうやって接点をつくるか、現場で試行錯誤を繰り返し、ぱっと店内を見渡して課題を瞬時に読み取る能力が鍛えられましたね。

実は同社で働く中で、数カ月経った頃には既に転職を考えていました。顧客のニーズを理解するだけでなく、自分自身でより大きな商材をつくっていくような仕事がしたいという思いが強くなったからです。映画が好きだったこともあり、リクルートの後は映画をPRする仕事に就きました。しかし、当時は映画館の形態が変化していく過渡期だと感じ、さらなる次の道を模索するために退職しました。

東日本大震災で経験した「停電」 未経験から電力の道へ

ーー次の道を模索する中で、電力会社とはどのようにして出会ったのでしょうか。

堀菜々:
大学時代のインターンでお世話になった、エネルギー経済学の専門家で戦略コンサルタントとして活躍していたアメリカ人と再会したことがきっかけです。彼のクライアントが日本の電力会社だった関係で声をかけてもらいました。その矢先、東日本大震災が発生し、人生で初めて停電を経験します。当時、ドイツなどでは再エネが増えていましたが、この出来事を機に、日本の電力のあり方も変わっていくだろうと確信しました。

ーー電力業界へ参入された当初は、どのようなお仕事に携わっていたのですか。

堀菜々:
まったくの未経験から、まずはアナリストとしてキャリアをスタートさせました。当時入社した「PHOTON Consulting」では、再エネが長期的に電力に与える経済的な影響を調査するため、太陽電池の材料メーカーや蓄電池メーカーへ直接電話でアポを取り、工場へ視察に行くなどして必死に知識を吸収する毎日でした。その後はコンサルタントとして海外の企業による日本の新規市場開拓や、日本企業による海外市場開拓に向けた戦略策定から実行の支援を行う中で、日本での発電事業の立ち上げの実行支援に携わり、そのまま転籍することになり、発電事業の立ち上げを5年間行いました。その後、少し違う切り口で、より技術側を強化したいという思いから、現在の会社の立ち上げに至りました。

「3つの事業」で電力の価値を最大化する

ーー現在の貴社の事業モデルについて教えてください。

堀菜々:
現在、日本の電力業界は大きな転換期を迎えています。かつては大手の電力会社が、発電から送電、販売までを一括して行う「垂直統合」が当たり前でしたが、電力システム改革や規制緩和が進んだことで、現在ではさまざまな事業者が発電所を所有・運営できるようになりました。

また、太陽光をはじめとする再エネは、天候によって発電量が左右されます。そのため、停電などを防ぐには「電気をつくる量(供給)」と「消費する量(需要)」のバランスを常に保つ必要があります。

そこで私たちは、AIなどを活用して電力の価格や供給量を高精度に予測するソフトウェアを開発しました。このソフトウェアを核に、発電事業者の方々が「どのタイミングで、どの市場に、どのくらいの電力を供給すれば最も経済的メリットを得られるか」を判断できるよう支援しています。3つの事業を通じて、電力市場で収益を生み出し、再エネの「価値」を最大化することが私たちのビジネスモデルです。

ーー「3つの事業」の具体的な内容について詳しくお聞かせいただけますか。

堀菜々:
3つの事業はすべて、私たちが開発したソフトウェアを基盤として「電力とお金を最適に運用する」という根本的な目的を共有しています。一方で、サービスを提供するお客様はそれぞれ異なります。1つ目は「電力AI事業」です。これは、私たちが開発したソフトウェアそのものを、大手の発電事業者や「アグリゲーター(複数の発電所を束ねて電力市場で取引を行う事業者)」へ提供するビジネスです。すでに1000基以上の発電所への導入実績があり、現在は既存のお客様の期待にさらに深く応えていくフェーズに入っています。

2つ目は「アグリゲーター事業」です。電力AI事業では、システムを“提供”していましたが、こちらでは、私たち自身がアグリゲーターとなり、お客様に代わって電力取引を行います。規模は小さくても、発電所を所有しているオーナー様が多数いらっしゃいます。現在は、全国で発電所をつくっている「EPC企業(発電所の設計から資材調達、建設工事までを一貫して担う企業)」様などとパートナーシップを築き、発電所をお持ちのお客様の課題解決に注力しているところです。

そして3つ目は「再エネ投資事業」です。私たちのソフトウェアには、日々の電力取引の成績や投資リターンを管理する「アセットマネジメント(資産管理)機能」が備わっています。この事業では、私たち自身が資金を管理するアセットマネージャーとなり、発電所の取得から日々の運用、資産管理までを一貫して担っています。自社のシステムを最大限に活用し、発電所という資産の価値を自ら高めていくビジネスだといえるでしょう。

異業種の知見が交わる組織と売上高100億円への挑戦

ーー事業拡大に伴い、現在の貴社ではどのような人物を求めていますか。

堀菜々:
弊社は現在20名ほどの組織ですが、今後は中途採用を強化し、月に1〜2人のペースで雇用を進めていく予定です。これまでは電力業界経験のある人を採用してきましたが、今は対象をもう少し広げており、強い思いや情熱がある方、業界の複雑さをおもしろいと感じる知的好奇心のある方を求めています。

実際、今いるメンバーのバックグラウンドは多岐にわたり、大手化学メーカー出身者は相手先の意思決定プロセスに深く貢献し、不動産業界出身者は発電所をどこにつくるかといった視点をもたらしてくれています。多様なメンバーがいる中で、年齢に関係なく本気で議論できるフラットな組織環境であり、20代などの若手も働きやすい職場です。

ーー最後に、今後の展望をお願いします。

堀菜々:
電力業界の変革期の中で、明確なビジョンを残していきたいと考えています。数年以内には海外市場への展開も視野に入れており、2030年には売上高100億円を目指しています。現在の10倍のスピード感で事業を拡大し、持続可能な電力を届ける世界をともにつくり上げていく仲間をお待ちしています。

編集後記

研究の道を志す中でぶつかった「資金」という現実的な壁。それを打破するために飛び込んだ営業の世界から、全くの未経験であった電力業界の最前線へと駆け上がった堀代表のバイタリティには、ただただ圧倒されるばかりだった。震災の夜に感じた停電の不安から、「次世代に持続可能な電力を残したい」という揺るぎない信念が芽生え、それが今、精緻なAI技術という確かな形となって社会を支えようとしている。年齢や経歴の垣根を越え、純粋に理想を追い求めて熱く議論を交わすプロフェッショナル集団。複雑な電力市場の課題を鮮やかに解き明かしていく同社が、これからどんな未来の景色を見せてくれるのか、その飛躍が心から楽しみだ。

堀菜々/2007年に国際基督教大学卒業後、株式会社リクルートに入社。2011年に再エネ業界へ転身し、PHOTON Consultingで再エネ関連事業の立ち上げや市場開拓を支援。2016年にはShift Energy Japanの創業に参画し、再エネ事業を推進。2021年、Tensor Energy株式会社を共同創業し、代表取締役社長として太陽光発電と蓄電池を活用した発電事業の運用最適化を支えるAIクラウドサービスを展開している。