※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

広島県を拠点に、鉄骨加工から建設、住宅、さらには農業まで多角的な事業を展開する三和鉄構建設株式会社。ミサワホーム四国での営業経験を経て家業へ戻った代表取締役社長の中島裕一朗氏は、先代から続く地域貢献の精神を大切に守りながら、次世代に向けた組織改革を進めている。新たな評価制度の構築やDX推進などがその取り組みだ。祖父への感謝と恩返しを原動力に、地域で一番ワクワクする会社を目指す中島氏に、各事業の強みや今後の展望を聞いた。

大手ハウスメーカーから家業へ 現場で学んだ働く人の苦労

ーーまずは、大学卒業後のキャリアについて教えていただけますか。

中島裕一朗:
もともと住宅関係の仕事に興味があり、大学卒業後はミサワホーム四国に入社しました。実は実家の会社についてはあまり意識しておらず、家で仕事の話をされたこともありませんでした。しかし、ミサワホーム四国での仕事に区切りがつき始めた4年目の頃、現会長である父から「帰ってくるならこのタイミングだぞ」と声がかかったのです。そんな父の言葉に背中を押され、「そう言ってもらえるのであれば」と家業へ入ることを決意しました。

ーー家業に入った後はどのような経験をされたのでしょうか。

中島裕一朗:
最初の1年間は、病院の建設現場に出向きました。当時は今のように労働時間が厳しく制限されておらず、夜遅くまで作業が続く毎日でした。そのような厳しい環境の中で、現場の方々がどれほど苦労して働いているかを身をもって理解できましたね。この現場での経験を通じて、さまざまな人との関わり方や顔と名前を覚えることの大切さを学ぶことができ、それが現在の経営基盤にも繋がっています。

独自の強みを持つ多角化経営と先代から引き継ぐ地域貢献

ーー現在展開されている事業の内容と、それぞれの強みについて教えてください。

中島裕一朗:
鉄骨加工、建設、住宅、そして農業が主な事業の柱です。売上高の半数を占める鉄骨加工では、極めて高い品質基準が求められる「Hグレード」の認定を受けており、地元の大型商業施設や金融機関などの鉄骨も手がけています。また、建設や住宅事業では、土地の提案から設計、施工までを一貫して行えるのが強みです。近年は資材価格が高騰していますが、独自の木造工法(テクノストラクチャー工法)を用いることでコストを抑えつつ、広い空間を持つ大型の建物を提案しています。

ーーなぜ、建設業と並行して農業などの異業種も展開されているのでしょうか。

中島裕一朗:
実は、農業や介護事業の展開は、先代から大切に引き継いできた「地域貢献」の一環なのです。弊社は地域とのつながりを重んじており、地元のお祭りに参加・協賛するほか、海ごみ清掃なども毎年行っています。加えて、自社の施設に無料の展示室を設け、地域の人が作品を発表できる場としても提供しているんです。

また、農業事業では現在レモンの栽培に力を入れており、今年の8月には自社の農園(サンワファーム)で育てたレモンの果肉や皮を贅沢に使った「わわわくんのアイススラリー(サンワファームのおのみちレモン味)」の販売を開始しました。これを自社の建設現場にも導入したところ大好評で、現場で働くスタッフの健康を守り、働きやすい環境づくりに一役買っています。

祖父への恩返しを胸に目指す「広島で一番ワクワクする会社」

ーー次世代に向けた組織づくりにおいて注力されていることはありますか。

中島裕一朗:
従業員が当事者意識を持ち、「自走できる人材」として活躍できるような評価制度の構築に取り組んでいるところです。これまでは明確な評価基準が見えにくかったため、現在は外部の専門家を交えつつ、役員や主力メンバーとともに1年がかりで新しい制度づくりを進めています。社員一人ひとりが自分のキャリアの道筋を描ける環境を整え、まるでゲーム感覚でレベルアップしていけるような、ワクワクする会社にしていきたいと願っています。

ーー組織改革を進める先にある、今後の会社の展望についてお聞かせください。

中島裕一朗:
将来的にはM&Aなど他企業との連携なども視野に入れつつ、まずはさらなる事業規模の拡大を目指す考えです。私自身、初代である祖父が貧しいながらも苦労して会社を立ち上げてくれたことに深く感謝しております。そのおかげでこれまで豊かな生活を送ることができていたという思いが強いため、祖父に喜んでもらえるような恩返しをしたいという野心を抱き続けてきました。これからも会社を大きく成長させながら、広島県内で一番ワクワクする組織をつくりあげていくつもりです。

編集後記

最も心に残ったのは、中島社長の言葉の端々に滲む、先人への深い感謝の念である。先代から受け継いだ地域貢献の精神を大切に守るだけでなく、自社製レモンを活用した熱中症対策商品の開発など、前例にとらわれない柔軟な発想力と実行力には驚かされた。「広島で一番ワクワクする会社」という目標の裏には、祖父への恩返しという確固たる野心がある。次なるステージへと歩みを進める同社の飛躍が楽しみでならない。

中島裕一朗/2009年にミサワホーム四国株式会社入社。2013年にミサワホーム四国株式会社退社。2013年に三和鉄構建設株式会社へ入社。建設事業部営業部勤務を任命。2016年に建設事業部営業部係長を任命。2017年に建設事業部営業部課長を任命。2018年に常務取締役就任。2019年に代表取締役社長に就任。